【アーキビスト認証特集】
昭和女子大学大学院アーキビスト養成プログラムの概要と展望

昭和女子大学大学院
野口 朋隆

はじめに
  昭和女子大学大学院生活機構研究科生活文化研究専攻(以下、生文専攻と略称する)では、2022年4月からアーキビスト養成プログラムがスタートし8名の大学院生が受講した。これは、国立公文書館による認証アーキビスト資格要件の一部(認証アーキビスト審査規則第3条第1号イ知識・技能等)が大学院でも取得できるように「認証アーキビスト審査細則」第2条における「大学院修士課程の科目」を生文専攻でも設置したことによる。本稿では生文専攻においてアーキビスト養成プログラムを取り入れた経緯と今後の課題について述べることにしたい。なお、本稿の内容については、拙稿「昭和女子大学大学院におけるアーキビスト養成プログラム導入の取り組みについて」(『記録と史料』33号、2023年)、および牧野元紀との共著「昭和女子大学大学院アーキビスト養成プログラムの取り組みについて」(『日本歴史学協会年報』38号、2023年予定)と重複する部分があることを予め断っておく。

アーキビスト養成プログラム設置の経過
  生文専攻は、大学内の組織において人間文化学部歴史文化学科を基礎学科としており、一部、他学科の教員が含まれるものの、ほぼ歴史文化学科の教員が所属している。このため、生文専攻に所属する教員の専門は、歴史学(日東西)、美術史(日西)、地域史(モンゴル史)、芸能史(民俗)、地理学、文化財保存学といった、人文学を中心として隣接分野を横断しているところに特徴がある。こうした状況においてアーキビスト養成プログラムの準備がスタートしたのだが、実は生文専攻で導入する前に、学部でアーキビストを育成するためのアーガイブズ学を導入することが検討されていた。しかし学部については、国立公文書館を始め学会や社会において議論が大学院教育ほど進んでいないことに鑑みて、ひとまず棚上げをして、大学院でのアーキビスト育成およびアーカイブズ学の導入を検討することとした。こうした学内における機運を創り出した背景として、まず学科では、すでに定年退職していたが、紙文化財を専門領域としていた増田勝彦先生(元東京文化財研究所)の存在をあげることができる。また、当校の理事長・総長(当時)であった坂東眞理子先生は、かつて国立公文書館次長を務めており、かつ同じく当校の監事(当時)であった山崎日出男先生(現理事長)は同じく国立公文書館理事を務めていたことから、アーキビスト養成プログラムやアーカイブズ学を設置するための理解があったことが大きい。
  さて大学院へアーキビスト養成プログラムを導入するにあたって、生文専攻では従来からの2年制コースとともに、2021年4月から、社会人を対象として修士課程を1年間で修了する1年制コースを設置していた。このためアーキビスト養成プログラムにおいても、企業や自治体などで働く社会人が1年制コースへ進学することが想定された。そこで、生文専攻としては、企業アーカイブズにも注目して、実際に企業において取り組んでおられる方々に協力を仰いでヒアリングを行って情報収集を行うとともに方向性を定めていった。生文専攻は研究機関であるとともに教育機関でもあることから、大学院生の需要や要望にも積極的に応えていく教育的義務があると考えた。

アーキビスト養成プログラムの概要
  こうした経緯のもと、次に生文専攻に設置するアーカイブズ学の関連科目に関する検討を重ね、2018年12月に国立公文書館が作成して公表した「アーキビストの職務基準書」の内容も加味して決定していった(科目名については後述する)。さらに同館アーキビスト認証担当の職員の方々とも相談をしながら「認証アーキビスト審査細則」に学校名が記載されることを目指した。
  ここで設置した科目は、アーカイブズ理論、アーカイブズ史料論、アーカイブズ情報論、アーカイブズ演習、アーカイブズ実習、歴史文化研究ⅠG(西洋のアーカイブズ)の計6科目12単位である。特徴として二点あげておきたい。まず一点目に生文専攻では現場で通用するアーキビストの育成を目指し、科目群にアーカイブズ実習を組み込んだ。国立公文書館、東京都公文書館、武蔵野市立武蔵野ふるさと歴史館、横浜開港資料館などの協力を得て実習を実施している。二点目にヨーロッパの公文書管理を体系的に学ぶ科目を設置したということである。これは先に列挙した科目群の内、歴史文化研究ⅠG(西洋のアーカイブズ)となるが、アーキビストに関して先進的な取り組みをしているイタリアやドイツといった国々のアーカイブズに関する知識を学ぶことで、どのように日本の社会に適用していけるか否かも含めて考える科目を設置して最先端のアーカイブズを学ぶプログラムとした。また選択科目である生活文化特定研究ⅠBでは、実際にイタリアの公文書館を訪問することで日本との比較などを考える科目も設置している。
  こうした科目を受講した院生に対しては、アーキビスト養成プログラムでは、修了時に「昭和女子大学認定アーキビスト(1級)」を付与することにした。これは、科目履修によって国立公文書館における認証要件の一つである「イ.知識・技能等」をクリアしても認証アーキビスト資格が得られないことから、受講者にとってプログラムを受講したことの証であるとともに受講すること自体のモチベーションを維持してもらいたいためである。

アーキビスト養成プログラムの現状
  生文専攻では、2023年3月、6名の修了生(内アーキビスト養成プログラム修了者5名)を送り出し、同年4月現在、大学院生は2年制10名(2年4名、1年6名)、1年制17名となっている。学んでいる分野は上記の教員の研究分野とも重なり、実に様々である。また1年制の社会人大学院生の職歴も多様だが、アーカイブズ学およびアーキビスト資格を必要としているという点では一致している。また2年制は内部進学者が多いのだが、学部に設置したアーキビスト養成課程で学んだアーカイブズ学を踏まえて、より高度な研究を進めていくことになり、また1年制の社会人大学院生の場合は、自身の仕事において必要となったアーカイブズ学を展開していくための知識を深めていくことになる。
  次に、生文専攻アーキビスト養成プログラムの特色についてだが、プログラムの6科目12単位を取得することになるものの、修了要件として院生は必ずしもアーカイブズ学で修士論文を作成する必要はない。これは生文専攻の教員が公文書、古文書、映像記録、アート、文化財など、多様な専門的基盤を有していることから、これを生かす形での修士論文作成および制度設計とした。
  まず2年制の院生の場合、すでに学部教育において日本近世史や日本美術史などを専攻しており、この延長に大学院が位置付けられている。このため自身の専門を持ちながらアーキビスト養成プログラムを受講するのである。この点、アーキビストを養成するためのプログラムであることを考えると忸怩たる思いがあるものの、大学院という教育研究機関における現実的な対応と考えている。次に1年制については社会人が対象であり、認証アーキビスト資格の取得を目指している場合、実際の職場で発生した問題に対応するためにアーキビスト養成プログラムを受講するため、2022年度においてもアーカイブズ学で修士論文を作成する院生もいた。もっとも、こちらのコースは1年間で修了するため、現実的には学部時代に書いていた卒業論文を延長して、もしくは同じ専門分野で修士論文を執筆することを選択する院生もいた。
  さらに進学者の中には司書資格を持ち、実際に図書館に勤務しながら日々の仕事のなかでアーカイブズ学・アーキビストの必要性を認識して進学してくる院生もけっして少なくない。図書館と文書館、司書とアーキビストは同じ種類の史資料を扱う場合も多いことから隣接分野として互いに同じ問題を抱えていることも多い。それから学芸員として勤務している院生もおり、MLA連携の一環として三者を教育現場においても密接につなげていくことはアーキビストの裾野を広げ社会的認知度を高め上でも重要と考えている。

将来に向けて
  アーキビスト養成プログラムを受講する大学院生は、日本史や考古学などの専門分野を持っている他、アーカイブズ学を専門とする大学院生もいる。また学部から進学してきた院生の他、図書館司書、学芸員、民間企業などに勤めている社会人院生もいる。こうした中で、生文専攻としては、教育の中での独自性と汎用性を考えながら、アーキビスト養成プログラムを作り上げていく必要があると考えている。このためには、大学院科目として、博物館、美術館、図書館、文書館それぞれの利点を生かしながら共通の問題を考えるMLA連携を始め、民間企業においてアーカイブズ的な諸問題を解決していくための企業アーカイブに関するカリキュラムを設置していきたいと考えている。現在の日本において、アーキビストやアーカイブズ学に対する社会的認知度はけっして高いとは言えない。しかし人々がこれまで蓄積し日々発生している公文書や記録類を選別・保存・管理していくことの重要性を認識していく上で教育機関が果たす役割は極めて重要という認識のもと、これからも社会で活躍するためのアーキビストを育成するための教育を続けていきたい。