技術の進歩

国立公文書館
理事 山谷 英之

  現在50代半ばの私が物心ついた頃には、テレビは白黒とカラーの番組が混じっていた憶えがかすかにある。その後、すべての番組がカラーになり、ビデオデッキが普及して録画が可能になった。1990年前後から、地上波に加えて、衛星放送(BS、CS)も始まって、有料ではあるが、チャンネル数も格段に多くなって、番組の幅も豊かになった。近年は、インターネット技術が普及してネット経由でもテレビと遜色がない映像を見ることができるようになっている。これらは、映像技術や情報通信技術の進歩がなせることであろう。
  さて、サッカーワールドカップカタール大会は、日本代表が強豪国を破って決勝トーナメントに進出したおかげで大いに盛り上がったが、本大会への出場を決めるアジア最終予選で話題になったことがある。従来、アジア最終予選の日本戦は会場の国内外を問わず、すべて地上波でのテレビ中継が行われていたが、今回のアジア最終予選のテレビ中継は日本での開催試合のみで、海外での試合は有料のネット配信のみになってしまった。これは、放映権料が高騰して、地上波テレビ局が対応できず、(資金に余裕のあるなどの理由で)有料ネット配信メディアが放映権を獲得したためであるようだが、長年「テレビは無料で見られる」ことに慣れてきた層やインターネットに精通していない層には残念なことであったであろう。ワールドカップの本大会でも、テレビ放送された試合数はかなり減って、ネット配信メディアでの中継が多くなった。今回は、日本戦はテレビ放送が行われたし、ネット配信メディアが無料開放したこともあり、それ程問題にはならなかったが、次回が同じとは限らない。
  もう1つ例を挙げると、日本ではマイナー競技であるが、私はアメリカンフットボールを見るのが好きであり、アメリカのプロリーグであるNFL(National Football League)の試合もテレビでよく見てきた。放送は、NHK-BSが30年ほど中継を行っていて、それを見ていたが、2020年度をもって終了してしまい、有料のCS放送の中継か、ネット配信のみになってしまった。(理由は、先述したサッカーワールドカップと同様と思われる。)今は、有料のCS放送の中継を見ているが、これがなくなると、ネット配信に頼ることになる。私は、老後の楽しみもかねて主要な試合はビデオテープやディスクに録画して残しているのだが、ネット配信を録画する一般的な方法はないようで将来を危惧している。
  以上の話を、多少強引にまとめると、技術の進歩で通信手段が多様化したために、(もちろん、番組数が増加したり、映像のレベルが上がったりするといったことがあるのだが)、無料で見ることができていたものが有料になったり、録画ができなくなったりして、一部分ではかえって不便になったということが言えまいか。少なくとも、技術の進歩で私個人のライフスタイルには合わなくなってしまったものがあるとは言え、技術の進歩が必ずしもプラスばかりではないということである。
  最近の情報通信技術の進展により、この四半世紀で文書のデジタル化が進展してきた。これまで、日本では千年以上に渡って文書保存の主要な方法であった紙による保存からデジタル文書による保存に世界的にも軸足が移りつつある。ただし、デジタルによる文書保存にも、記憶媒体の耐用性や使用ソフトの利用可能期間の問題、真正性確保(改ざん防止など)など様々な課題が指摘されており、デジタル化ですべてがうまく行くというわけでもないようである。
  情報通信技術の進歩という事象は、今後の公文書管理にいかなる影響を及ぼすのであろうか。