公文書館におけるメタバース活用の可能性についての私見

国立公文書館
公文書専門官 風間 吉之

1.はじめに
  折に触れ、メタバースという言葉を見聞きする機会が増えているのではないだろうか。その考え方自体は極めて新しいものではないが、特に、メタバースへの注力を標榜し、令和3年10月にIT業界におけるガリバー企業の1社であるFacebook社が社名をMeta Platforms社と変えた頃より、「メタバース」という語を目にする機会が急増したように感じる。これは海外でのことばかりではなく、日本国内でも、ゲームやエンターテイメント業界における当該技術の活用をはじめ、企業や地域コミュニティでの活動への展開が進められ、医療分野での活用の試みが行われるなど、社会の様々な場面での活用に向けた取り組みが広がりつつあるようにも思われる。
  しかし、国内の公文書館・文書館やそのコミュニティでそれほど話題にはなっていないのではないだろうか。本稿では、公文書館に比較的近い存在である、公的機関でのメタバースに関する取り組みについて取り上げ、公文書館におけるメタバース活用の可能性について私見を述べたい。なお、本稿を通して紹介しているURLのほとんどは執筆時(令和4年12月)に確認したものである。

2.メタバースの紹介
  メタバースという言葉に耳慣れない人もいるかと思う。ここではメタバースがどういったものであるかについて簡単に触れたい。なお、メタバースの詳細についてはすでに多数出版されている論述論考や書籍を参照されたい。
  メタバースは、インターネット等のコンピュータネットワーク上に構築された仮想空間(仮想的に実現された世界)の中で、具現化した自身(アバター)を操作して、同空間上に実現したアクティビティを体験したり、また、他のアバターとコミュニケーションをとったりすることができる仕組みである。これは、オンラインゲームで複数の利用者が共同して活動する場に留まらず、「現実社会の活動がメタバース上でも再現されて」[1]いるものである。例えば、メタバース上にある会場で、自動車メーカーによる新車発表会[2]や、コンサートイベント[3]を体験できるコンテンツが提供されている。また、金融に関する情報提供等金融機関の機能に関連した検証も進められている[4][5]。ほかに、総合病院における患者への対応を意識した取組みもある[6]。
  上記において、現実社会の活動がメタバース上でも再現されているものと紹介したが、これらは、現実社会の活動の再現に際して、現実社会における制約に沿って再現(もしくはコンテンツを構築)するものであり、デジタルツイン[7]と呼ばれる。また、メタバースでは、デジタルツインに留まらず、現実社会の活動を仮想空間でしか成しえない機能を付加する形で拡張するもの[8]もある。

3.公的機関とメタバース(メタバース上で活動する先行例)
  本稿執筆時(令和4年12月)において、インターネット上の検索エンジンで「メタバース 文書館」「metaverse archives」と検索しても残念ながら文書館やarchivesでの活用例を検索結果に見ることはない状況にある。そこで、広く公的機関を公文書館に近しい存在であると考え、国内の公的機関におけるメタデータに関する取り組みをいくつか紹介する。
  なお、上記において、検索エンジンでの検索結果に表れないと書いたものの、例えば、2023年に開催予定のICA Congress Abu Dhabiで現在発表論文を募集しており、その対象トピックのひとつに「メタバースが意味するもの (Implications of the Metaverse)」を挙げている。メタバースはarchivesにおける関心の対象のひとつとなっているのではないかと思われる。

  ・東京国立博物館(エウレカトーハク!◉89)
  メタバース空間上に開設した「バーチャル東京国立博物館」において、独立行政法人国立文化財機構東京国立博物館、独立行政法人国立文化財機構文化財活用センター、凸版印刷株式会社により、2023年1月から3月まで、日本博事業の一環として公開の東京国立博物館創立150年記念バーチャル展示。同館が所蔵する国宝89件を仮想的に紹介。

図1 エウレカトーハク!◉89 https://virtualtohaku.jp/eurekatohaku1089/

  ・東京大学(メタバース工学部)
  工学や情報の学びの機会や工学キャリアに関する情報の多様な人々への提供を目的。工学分野におけるダイバーシティ&インクルージョンを基本コンセプトとする新しい学びの場ならびに工学キャリアに関する情報を提供することを目指し、年齢、ジェンダー、立場、住んでいる場所などに関わらず、すべての人が工学や情報を学べる教育システムの構築を進めるとしている。特に、工学や情報の魅力を女子中高生に伝え、DX(Digital Transformation)人材育成のダイバーシティ推進の加速化を標榜。

図2 東京大学メタバース工学部 https://www.meta-school.t.u-tokyo.ac.jp/

  ・埼玉県さいたま市(さいたまルーム)
  さいたま市と株式会社日本旅行によるメタバースを活用した行政サービス提供の実証実験。メタバース上に構築された「さいたまルーム」で、同市のPRや取組活動の情報発信、マイナポイント事業に関する広報を実施。市の職員がアバターで利用者からの質問への受け答えを行う「マイナンバーカード・マイナポイントに関する広報」を行うコーナーも開設。令和4年9月27日(火)から令和4年11月26日(土)までの期間限定で実施。

  ・東京都(デジタルツイン実現プロジェクト)
  東京都が抱える、気候変動の危機、首都直下型地震への備えといった多岐に渡る課題の解決と都民のQOL(Quality of Life)向上を目指して、サイバー空間とフィジカル空間の融合によるデジタルツインを産学官一体で実現するもの。さらに、東京都がデジタルツインの社会実装の先駆けとなり、国内外他都市への波及を狙っている。

図4 東京都デジタルツイン実現プロジェクト https://info.tokyo-digitaltwin.metro.tokyo.lg.jp/

  このほか、関連する国の取組として、経済産業省は令和3年、仮想空間に関連する事業に参入する事業者が直面しうる諸課題及び今後の仮想空間市場の展望を整理し、結果を取りまとめた、「仮想空間の今後の可能性と諸課題に関する調査分析事業」報告書を公表したほか、令和4年には、クリエイターの観点でのWeb3.0[9]やメタバース空間における法的論点の調査・整理等を目的とした、「Web3.0時代におけるクリエイターエコノミーの創出に係る調査事業」を開始している。総務省では、メタバース等の仮想空間の利活用に関して、利用者利便の向上、その適切かつ円滑な提供及びイノベーションの創出に向け、ユーザの理解やデジタルインフラ環境などの観点から、様々なユースケースを念頭に置きつつ情報通信行政に係る課題を整理することを目的として、「Web3時代に向けたメタバース等の利活用に関する研究会」を開催し、係る議論を進めている。また、国土交通省では、まちづくりDXの一環として、3D都市モデルのデータ整備、オープンデータ化等の取り組みによる、デジタルツイン実装モデル「PLATEAU」というプロジェクトを立ち上げ、当該データを使った様々な領域におけるソリューション開発や、あるいは民間企業のサービスに取り入れてもらったプロダクト開発(ユースケースの開発)を推進している。
  このほか、「地方創生」「DX」をキーワードに様々な自治体等でメタバースを用いた活動に取り組んでいる[10]。また、隣国ではあるが韓国のソウル特別市では、一部の公共サービスについてメタバースでの提供を開始したとの報道もある[11]。興味をお持ちの方は確認されたい。

4.公文書館とメタバース
  公文書館におけるメタバースの活用について考えるに当たり、改めて公文書館が有する機能を振り返ってみると、文書・資料の移管・受入、保存管理、利用提供、展示、そしてそれらに付随する諸機能があると考えられる。これらにおいて、紙文書等の物理的に有形なもの扱いは当然メタバースになじまないが、無体物である電子文書等の移送・受入や当該行為に係るデータの交換はメタバース上でも可能である。特に、それぞれの機能において、現在行われている、電子メールや電話、電子会議システムによるコミュニケーションの面で、メタバースは、アバターを通したテキストベースの(文字情報による)コミュニケーションだけではなく、音声の交換(対話)が可能であること、電子メールや電話、電子会議システムでできることはおよそ可能であることからも、その有用性は検討に値するものと思われる。
  また、所蔵資料の利用提供についても、電子文書等であれば、メタバース上での提供という点において、現在のデジタルアーカイブの提供形態(インターフェイス)と技術的には大きな差はないものと考える(12)。資料についてのレファレンスもメタバース上で可能である。展示については、これも電子文書等であれば、すでにメタバース上で展示を行っている博物館や美術館、ギャラリーがあり、その実現は技術的に可能である。
  これらを踏まえ、メタバースを活用した公文書館のモデルについて、以下に試案を示す。

図5 メタバースを活用した公文書館のモデル案

  上記はこれまでの来館利用者への対応窓口をメタバース上に展開するものであり、また、そのほかの館内業務のうち、現在もインターネット等を用いて行われることがあるものもメタバース上で行うことを想定したものである。但し、所蔵する紙文書の閲覧への対応や利用審査に係る作業といった物理的な対応が求められるもののほか、館内での作業が前提となる管理業務はリアルな公文書館内で行うものとし、両者の特性を意識して、メタバース上でできるものはメタバース上で展開し、そうでないものはリアルな館内で対応するとしている。

  この案は、電子文書や電子化文書の扱いを中心とし、紙媒体等の扱いが少数派となる、少し先の将来における対応の形を模索したものである。しかし、この案によるメリットに以下のようなものがあるのではないかと考える。

  ・働き方改革への対応(就業場所の柔軟な選択が可能、通勤からの解放等)
  ・多様な組織の在り方の実現
  ・館業務の業務継続性(災害に対する強靭さ)の向上

  一つ目の「働き方改革への対応」は、メタバースを中心とした業務展開を実現した場合、利用者業務や館運営その他の事務で物理的な対応がどうしても必要であるものを除いたものはメタバース上での対応が可能であるため、メタバース上で対応可能な業務に従事する者は、極論ではあるがインターネットに接続可能な環境であれば、働く場所を問わず活動することが可能である(13)。この点から、通勤が不要になる等、職員のワークライフバランスの改善に寄与するものとなる可能性があり、いわゆる、働き方改革の実現に貢献可能なものであると考える。二つ目の「多様な組織の在り方の実現」は、メタバースを活用することで、様々な場所が活動拠点となりうる、いわば地理的な自由度が増す。このことが、公文書館職員の就業時間をより柔軟なものとし、公文書館におけるサービスの提供時間を見直す因子として考えることができるのではないだろうか。三つ目の「館業務の業務継続性の向上」は、仮想空間であるメタバース上で多くの業務を展開することから、必要となるコンピュータシステムが複数地域に分散して構成されたクラウドコンピューティング(14)によるシステム基盤上に実現されたメタバースを用いる場合、組織の拠点がある地域が被災したとしても、その影響を受けることなく、メタバース上に展開した業務を継続して実施できるようにすることが可能である。

  上記メリットとして挙げた点は電子文書や電子化文書の扱いを中心とした公文書館に限定されずに、係る点を課題とする館においては検討可能な考えではないだろうか。言うまでもなく、電子文書や電子化文書の扱いを中心とした公文書館であれば、今後はメタバース上でのサービスを主として展開すれば、施設の遠方にいる利用者等来館での利用に障壁のある利用者へのサービス拡大にもつながると考えられる。しかし、従来の公文書館でのサービスを継続したままメタバースによるサービスを導入することは係るコストの増大を招くことになる。このことからも紙媒体等による物理的なサービスを主とする場合や利用者層の多くがインターネットの活用に不案内である等その導入にネガティブな面が大きい場合といった、導入のメリットが薄い間は慎重な検討を要するものと思われる。

  また、現状でメタバースの導入を考えるに当たり、所蔵資料に含まれる著作物に係る著作権や著作隣接権等の権利関係や利用者の本人確認が必要な場合はその手法など、技術的な要素以外に、運用の仕方について十分な考慮を必要とするものと思われる。

5.終わりに
  環境が変わるとそれまでできなかったことができるようになる可能性がある。何かを成すための前提が変わることによるものであるが、メタバースにおいてはVR技術の発展により、実現可能なサービスが変わってくる。例えば、キーボードに依らず、視覚による入力を支援する装置はすでに市販されているものがあり、そのほか障がい者支援の観点からVR技術に関する研究が複数の学会を通して発表されている。肢体不自由者や視聴覚障がいなどのバリアがあり、物理的な活動が制限される者に対し、必要とする機能を仮想空間であるメタバース上においてVR技術で補うことにより、メタバース上では健常者と変わらない活動をすることができる日が近くまできているのかもしれない。このことは障がいにより公文書館への来館、そしてサービスの利用が困難であった人など、これまで利用者として想定されることのなかった人が、新たに公文書館の利用者となりうることを意味すると考えることもできる。
  それぞれの公文書館では、いま直面している様々な課題があるのではないかと思われる。メタバースもそうであるが、新しい技術や話題になった技術は取り入れたとしても、先のこととなるかもしれない。しかし、直面する課題の解を求める際には関連する多くの情報を必要とするのではないだろうか。本稿がそのようなときのちょっとしたヒントになれば幸いである。

〔注〕
[1] 現在のメタバースの置かれる状況については次の論述に詳しく紹介されている。
  情報処理 Vol.63 No.7 (July 2022) p. e36 特集 メタバースがやってきた 2 メタバースの成立と未来  ―新しい時間と空間の獲得へ向けて― 三宅陽一郎
なお、情報処理学会の会誌「情報処理」の本編はオンライン版のみで提供されている。
情報処理学会電子図書館 https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/
[2] 【日産 サクラ】メタバース上で試乗できる!…史上初、VRで新型車お披露目
https://response.jp/article/2022/05/21/357421.html
[3] 5Gでフェスの雰囲気をお届け! フジロックをバーチャル体験できるアプリ
https://www.gizmodo.jp/2019/07/fuji-rock-app.html
[4] メタバースビジネスに向けた<みずほ>の取り組みについて~「バーチャルマーケット2022 Summer」への出展について~
https://www.mizuho-fg.co.jp/release/20220719release_jp.html
[5] ANAや三菱UFJ銀行、メタバースで提携 保険や運用相談
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC040Q90U2A101C2000000/
[6] 順天堂バーチャルホスピタル
https://www.juntendo.ac.jp/hospital/patient/virtual_hospital/
[7] デジタルツインは現実世界の射影としてのメタバースとして用いられる場合と現実世界のなかにある一つのコンテンツの射影として用いられる場合がある。前者がより本質的であり、後者はそこから切り取られたものとも考えられる。前者について次に詳しく紹介されている。
 情報処理 Vol.63 No.7 (July 2022) p.p. e11-e13 特集 メタバースがやってきた 2 メタバースの成立と未来  ―新しい時間と空間の獲得へ向けて― 三宅陽一郎
[8] XR の現状と今後の可能性
https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3839
パテント = patent / 日本弁理士会広報センター会誌編集部 編 74 (8), 7-14, 2021-08
日本弁理士会
現実世界とは異なるコンピュータネットワーク上の仮想的な空間で現実感(Reality)を表現する仕組みにVR(Virtual Reality, 仮想現実)やAR(Augmented Reality, 拡張現実)、MR(Mixed Reality, 複合現実)があるが、これらについて比較的平易にまとめられている。
[9] Web3.0についてはデジタル庁が開催するWeb3.0研究会の報告書にまとめられている。また、本報告書はメタバースにも触れており、Web3.0とメタバースの関係についてどのような考え方があるか知ることができる。
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/a31d04f1-d74a-45cf-8a4d-5f76e0f1b6eb/a53d5e03/20221227_meeting_web3_report_00.pdf
Web3.0 研究会報告書 ~Web3.0 の健全な発展に向けて~, Web3.0 研究会, 2022 年 12 月
[10] メタバースに関する会議や展示会等のイベントはたびたび開催されており、例えば、本稿執筆時では、Japan Empowerment Summit 2023(一般社団法人Metaverse Japan主催)が2023年2月2日に関係する国の機関や自治体、関連分野の専門家を集めて開催が予定されている。当該イベントに限ったものではないが、このようなイベントでも多くの情報に触れることができるものと思われる。
[11] 本件のみ2023年1月に確認、追記。
Seoul gov’t launches world’s 1st public services platform in metaverse, The Korea Times.
https://www.koreatimes.co.kr/www/tech/2023/01/133_343778.html
[12] 電子文書等の利用提供について、技術的な問題は多くないものと思われるが、特に利用制限のあるものの提供については、制度や運用の面における課題があるものと考えられる。このような課題に対しては、当面電子的な基盤に依らないとするなど、提供方法を切り分けるという考え方もできるのではないかと思われる。
[13] 言うまでもないと思われるが、セキュリティ面でのリスクを低減した行動が望まれるものであり、また、所属組織における規則等に抵触しない対応が求められるものである。
[14] クラウドコンピューティングについては以下のURLに詳しい。https://business.ntt-east.co.jp/content/cloudsolution/column-239.html