〔認証アーキビストだより〕
国立公文書館における「利用・普及」業務の経験から

国立公文書館 総務課
専門官(広報担当) 永江 由紀子

はじめに
  筆者は、平成22年度に国立公文書館に公文書専門員として採用され、展示やレファレンス業務に従事しました。平成30年度から総務課広報係に配属され、現在は専門官として当館の広報業務に携わっています。広報係では、年4回広報誌「国立公文書館ニュース」を発行していますが、筆者が最初に関わった広報誌の特集テーマが「記録を残し伝える仕事~アーキビストを目指す時代がやってくる~」[1]でした。当時はアーキビスト認証の開始前であり、有識者の先生方から一般読者向けに、アーキビストの仕事内容や国際比較などについて語っていただきました。アーキビストの存在や魅力を、どのように読者に伝えていけばよいか頭を悩ませたのが、広報係としての仕事のスタートでした。
  その後、当館において、平成30年12月に「アーキビストの職務基準書」[2]をとりまとめました。公文書管理法では、第23条において「利用の促進」が掲げられており、「国立公文書館等の長は、特定歴史公文書等(第十六条の規定により利用させることができるものに限る。)について、展示その他の方法により積極的に一般の利用に供するよう努めなければならない。」と定められています。この「利用の促進」に該当する職務内容と遂行用件として、「アーキビストの職務基準書」では、以下のように位置付けています。
  大分類「普及」>中分類「利用の促進」>小分類「展示の企画・運営」「デジタルアーカイブ等の運用・構築」「情報の発信(研究紀要・講座の企画等)」
  本稿では、これまで当館で筆者が主に携わってきた「展示の企画・運営」「情報の発信」のうち、特に印象に残っている事柄を紹介するとともに、アーキビストとしての「利用・普及」業務について考えてみたいと思います。

1.館外展示の経験から
  当館では、平成24年度に初めて他機関と連携した館外展示を実施しました。初年度は、以下の2会場で異なる内容の展示を行い、筆者は企画を担当しました。

国立公文書館所蔵資料展「公文書の世界 in京都」
  期間:平成24年12月8日~12月23日
  主催:当館、京都府立総合資料館
          (現:京都府立京都学・歴彩館)
  展示構成:
    Ⅰ 公文書に見る近代日本のあゆみ
    Ⅱ 災害と復旧の記録
    Ⅲ あれも、これも公文書
    Ⅳ 公文書保存にまつわる物語
    Ⅴ 国立公文書館所蔵資料にみる京都
国立公文書館所蔵資料展「国立公文書館が大阪大学にやってきた」
  期間:平成25年2月22日~3月9日
  主催:当館、大阪大学文書館(現:大阪大学アーカイブズ)、
          大阪大学総合学術博物館
  展示構成:
    Ⅰ 国立公文書館ってどんなところ?
    Ⅱ あれも、これも公文書
    Ⅲ 公文書にみる大阪
    Ⅳ 大阪大学の歴史と公文書
 

ポスター「公文書の世界 in 京都」

ポスター「国立公文書館が大阪大学にやってきた」


  館外を会場とする展示は初めてだったこともあり、内容はもちろんのこと、資料の見せ方など開催地の特性を活かした展示となるよう、準備と調整に多くの時間を要しました。展示構成は大きく、A.近代日本のあゆみを当館の代表的な資料でたどる(京都Ⅰ・大阪Ⅰ)、B.公文書に添付されている図面やモノ資料に着目する(京都Ⅲ・大阪Ⅱ)、C.国立公文書館所蔵資料のうち開催地にゆかりのある資料を紹介する(京都Ⅴ・大阪Ⅲ及びⅣ)コーナーに分けました[3]。
  これら2会場での展示では、出口付近に「お気に入りの資料に投票!」と題したパネルを設置し、展示観覧者に、シールやマグネットを用いて印象に残った資料に投票していただく試みを行いました。京都でも大阪でも1位になったのは「終戦の詔書」であり、上記構成のうちA.近代日本のあゆみを当館の代表的な資料でたどるコーナーが好評でした。企画者として、この結果は新鮮な驚きでもありました。
  両会場で展示していた「終戦の詔書」はレプリカであり、その旨を明示していました。また、展示構成のうちB.様々な公文書、C.開催地ゆかりのコーナーでは、文字資料だけではなく図面等も展示するなど、より観覧者に興味を持っていただけるよう工夫をこらしました。館外展示におけるこの投票結果から、公文書館に勤める職員が日常的に見慣れている資料(たとえ、それが複製であったとしても)に、観覧者の気持ちを動かす魅力が詰まっていることを再認識しました。
  その後広報係に配属されてからは、当館見学ツアーに参加いただくお客様などに対し、基本展示「日本のあゆみ」[4]のご案内を行う機会が増えましたが、館外展示を通じて得られた経験を忘れないよう、常に心がけています。館職員にとっては何度も説明している資料であっても、お客様の側からすると、初めて接する資料である可能性が高いことを念頭に置き、解説を行う場合はこれまで以上に意識するようになりました。教科書などで学んだ資料を目の当たりにして、原文で読む楽しさを味わったり、資料が書かれた当時の時代背景や人々の思いを想像してみたり…。国立公文書館だからこそ利用者に提供できる、貴重な経験や満足感とは何であるか、お客様をご案内するたびに自問自答しています。

クリアファイル平成

2.国立公文書館オリジナルグッズ「クリアファイル平成」販売の経験から
  次に、現在担当している広報業務で印象に残っている出来事について触れます。当館の広報係では、先に述べた広報誌や見学者のご案内に加え、メディア対応やオリジナルグッズの企画や販売も行っています。これまで当館では、特別展図録のほか、館の代表的な所蔵資料をモチーフとした絵はがき、明治~大正期の総理大臣の花押を配置したクリアファイルなどを販売してきました。
  こうしたなか、平成30年春の特別展の開催にあわせて企画した新商品のひとつに、「クリアファイル平成」がありました。当初、係内ではこの商品を特別視していなかったのですが、販売開始から2日で200枚を売上げ、その後も改元がニュースになるたびに売上が伸び、複数回の商品増刷やレジ対応など、過去に経験のない対応が必要となりました。インターネット記事やSNSを通じた情報拡散が先行し、これに続く形でテレビ番組や新聞等の取材も多くありました。当時は目の前の対応で精一杯であり、広報的(利用・普及の)視点からこのブームを冷静に分析できませんでしたが、状況が落ち着いた今、反省の意味も込めて振り返ってみたいと思います。
  まず、「クリアファイル平成」販売の最大の効果として、当館の存在を知っていただく機会になったことがあげられます。当館には、国立公文書館友の会会員をはじめとするリピーターの方々も多くいらっしゃいますが、当館の存在自体をご存じない方も未だ多いのが現状です。広報係では、親子・中高生・大学生向け見学ツアー、個人の方が気軽に参加できる「ふらっとツアー」などを開催していますが、これら参加者の半数程度は、当館に足を運ぶのが初めての方々です。認知度向上を常に意識し、不断の努力を重ねていく必要性を日々感じています。
  次に「クリアファイル平成」にまつわる反省点として、商品そのものだけに注目されてしまったということがあります。実際、当館入口でお客様の様子を見ていると、ショップでクリアファイルのみ購入し、そのまま帰宅されようとする状況を何度か目にしました。せっかく館内まで足を運んでくださっているのに、何とかして当館の魅力を伝えられないかと思案しました。入口付近に常駐している守衛・警備員の協力を得て、お客様への声がけも積極的に行いました。いきなり当館の所蔵資料について熟知し、使いこなす利用者になっていただくのは敷居が高いかもしれませんが、せめて展示資料を眺めてほしい、今後も館に足を運んで欲しいという願いを込めて、商品と一緒に次回の展示案内ちらしを同封したこともありました。取材をしてくださったメディア関係者に対しては、「平成(元号)の書」が寄贈という手続きを経て当館所蔵資料になった経緯や、「平成」の文字を書いた河東純一氏のこと(現在の国立公文書館ロゴも河東氏の書によるもの)などを伝え、当館業務も交えた興味深い記事となるよう情報提供を行いましたが、なかなか思い通りにはいきませんでした。
  こうした状況下におけるベストな対応とはどのようなものなのか、正直、自分の中でまだ回答がつかめておりません。今後、「利用・普及」活動に関心を寄せるアーキビストと議論し、また様々な立場の方からアドバイスをいただきたいテーマです。将来、ある出来事をきっかけに館への注目が集まった場合、タイミングを逸することなく、どのように当館の魅力を伝えていくべきか、常々考えていきたいと思います。

おわりに
  本稿では、筆者の国立公文書館での経験をもとに、「利用・普及」業務の一端について触れました。未だ試行錯誤の面も多くあり、成功体験を積み重ねること、各館の取組を共有すること、そしてチャレンジ精神をもって「利用・普及」業務にあたることなどが今後必要になると思われます。
  冒頭で紹介した当館広報誌の特集「記録を残し伝える仕事~アーキビストを目指す時代がやってくる~」において、森本祥子氏が、アーキビストはサービス業であり、その魅力は目の前の利用者に資料や情報を提供して喜んでいただけること[5]と述べておられたのが、今でも忘れられません。日々の業務は手探りで進むことが多い印象ですが、当館の「利用・普及」につながるよう、努力を続けていきたいと思います。
  当館広報誌「国立公文書館ニュース」では、令和4年度から新連載「アーキビストに聞く」を始めました。当館職員のほか、全国の公文書館等で勤務するアーキビストの皆様から仕事のやりがいなどについてうかがい、アーキビストの普及・啓発に努めています。本連載を通じて、将来アーキビストを目指したいと希望する学生・生徒が少しでも増えてくれることを期待しています。ぜひご一読ください。

〔注〕
[1]「国立公文書館ニュース」第14号(平成30年6月1日)特集
https://www.archives.go.jp/naj_news/14/special.html
さらに当館広報誌では、令和2年度に開始されることとなったアーキビスト認証に際し「公文書等の管理を支えるスペシャリスト~認証アーキビストの誕生で変わること~」の特集も組んだ。
「国立公文書館ニュース」第22号(令和2年6月1日)特集
https://www.archives.go.jp/naj_news/22/special.html
[2]「アーキビストの職務基準書」(平成30年12月27日)
https://www.archives.go.jp/about/report/pdf/syokumukijunsyo.pdf
[3]これらの館外展示の取組については、拙稿「国立公文書館における館外展示の試み」(独立行政法人国立公文書館『平成24年度アーカイブズ研修Ⅲ修了研究論文集』)で述べた。また、京都及び大阪で開催された展示の様子については、福島幸宏「「公文書の世界 in 京都」を開催して」(『アーカイブズ』第49号)、菅真城「「国立公文書館が大阪大学にやってきた」を開催して」(『アーカイブズ』第50号)に記載されている。
https://www.archives.go.jp/publication/archives/wpcontent/uploads/2015/03/acv_49_p34.pdf
https://www.archives.go.jp/publication/archives/wpcontent/uploads/2015/03/acv_50_p28.pdf
[4]明治から現代までの主な出来事を、当館所蔵資料(複製)でたどる東京本館の常設展示。当館HPに関連資料をまとめたポータルサイトを開設している。
https://www.archives.go.jp/exhibition/permanent_exhibition/
[5]前掲注[1]参照。