国立公文書館長講話~アーカイブズ研修Ⅰ受講者に向けて~

国立公文書館
館長 鎌田 薫

※令和4年8月22日に開催した「アーカイブズ研修Ⅰ」の国立公文書館長の講話の内容を載録したものです。

講話の様子

講話の様子

  皆さん、おはようございます。国立公文書館長の鎌田薫です。

  本年度のアーカイブズ研修Ⅰは、ハイブリッド形式での開催となりましたが、日頃から、国や地方公共団体の公文書館等において、歴史公文書等の保存や利用に御尽力いただいている皆様に多数御参加いただき、大変嬉しく、また有り難く思います。

  この研修は、歴史資料として重要な公文書等の保存や利用についての基礎的な知識を体系的に習得することを目指すものであります。個別の課題に関しては、高い知識・技能や豊富な経験をもつ講師による講義や事例報告、参加者の皆様に自ら考えていただく場としてのグループ討論などを通じて理解を深めていただくことになっておりますが、それらに先立って、私からは、今回の受講に際して、また、今後の業務を遂行する上でも、是非心がけていただきたい総論的な観点を幾つか指摘させていただきたいと思います。

  まず一つ目は、歴史公文書等は、積極的に国民・住民の利用に供していかなければならない、ということです。
  皆様の多くは何らかの形で行政に関わりを持っている方ですので、体験を通じて、行政機関・行政官にとって、先例が適切に記録・整理・保存され、適宜にこれを業務に利用できる環境が整っていると、効率的に行政を運用することができるというようなことを実感されていると思います。実際にも、我が国でも、他の多くの国と同様に、こうした必要性に答える目的で、かなり早い時期から公文書管理の体制が構築されてきました。
  平成21年の公文書管理法は、行政の適正かつ効率的な運用を図るだけでなく、国民の利用に供することの重要性を強調している点に大きな特色を有しています。
  公文書管理法第1条は、公文書等は「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るもの」であることに鑑み、歴史公文書等の適切な保存及び利用等を図ることによって、「その諸活動を現在及び将来の国民に説明する」という国及び独立行政法人等の責務が全うされるものとしており、同法第34条により、地方公共団体もこの趣旨にのっとることとされています。
  この公文書管理法の精神にのっとって、日常業務の中では、例えば以下のような点に留意してほしいと思っています。
① 公文書の評価選別に当たって、「当該行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証できるよう」にすること、
② 目録作成に当たって、当該資料を容易に検索できるようにするために、資料の中身を的確に示す簡潔明瞭な表題を付すこと、
③ 展示会の開催に当たって、企画内容や解説の充実等を図ることで、公文書と公文書館の意義や魅力を感じられるようにすること、
④ デジタルアーカイブ等において、他機関とのリンク提携等を積極的に進めることで、歴史公文書等の意義をより立体的・総合的に理解できるようにすることなどが、それであります。

  2つ目は、行政文書の作成者と公文書館等のアーキビストが緊密に連携を図る、ということです。
  基幹統計のデータ書き換え問題に端を発し、内閣府が各省の基幹統計の文書管理に関する点検を行ったところ、行政文書ファイル管理簿に記載されていないファイルがあったり、廃棄同意を得ずに廃棄された文書ファイルがあったりしたケースが相当数存在したことが明らかになりました。業務を遂行する担当者の行政文書管理・公文書保存に対する意識が希薄であれば、こうした不適切な処理がなされてしまうおそれが高くなってしまいます。また、先ほど申し上げた資料や文書ファイルにその中身を的確に示す表題を付すこととか、検索しやすい分類や整理をすることが文書作成段階で実現されていれば、行政官が現用文書を活用しやすくなることはもとより、公文書館等への移管やその後の保存・利用もスムーズに進んでいくことにもなります。とはいえ、行政文書の作成者は、業務遂行上の必要性や効率性を重視する傾向があります。他方で、アーキビストはこれに加えて、国民に対する説明責任、政策の検証、歴史的重要性などの視点を重視する傾向があります。両者の間には、公文書等の管理・保存に関する視点に若干の相違が認められますが、その双方ともが重要でありますので、公文書館の皆様方におかれても、行政機関側の文書主管担当と密接に連携し、相互理解を深めていくことが極めて重要であるという意識を持っていただきたい。

  3つ目は、公文書の電子化の進展に応じた管理の仕方を構築していかなければならない、ということです。
  今後紙の文書から電子公文書等への移行が一段進むと見込まれますが、電子公文書等の保存や利用に当たっては、長期保存フォーマットへの変換、メタデータ付与、不正アクセス防止など、紙の文書とは全く異なる管理を行うことが求められます。また、その手法等は、技術の進展に伴い今後ますます複雑化・精緻化していくものと思われます。今回の研修ではこれらの最新の動向について講義等が行われる予定ですが、当館としても今後の動きを常に注視し、最新の情報を取り入れて、関係者に広く情報提供をしてまいる所存ですが、皆様方におかれても、最新動向のキャッチアップや電子公文書等の保存業務構築の準備を率先して進めていただきたいと存じます。

  この公文書の電子化への対応をはじめとして、公文書管理の質をさらに向上させていく必要性は高まっております。それを支える専門的人材の養成が喫緊の課題であると言っても過言ではありません。
  今回の研修でも実務的内容を充実させる等の工夫を試みていますが、皆様方から見て今後の業務に実際に活かせる内容となっていたかどうか、研修終了後のアンケートの中でお声を聞かせていただきたいと思います。

  また、アーキビストの皆様の社会的認知度を高めるとともに、アーキビスト自身が誇りを持って職務を遂行していただけるようになることを期待して、当館では、令和2年度からアーカイブズ認証の取り組みを始めました。今回皆様が「アーカイブズ研修Ⅰ」を受講され、さらに、「アーカイブズ研修Ⅲ」を修了されますと、「アーキビストとして必要な知識・技能等」を体系的に修得していると認められ、その後の3年以上の実務経験、及び論文提出等による調査研究能力の確認により、認証アーキビストとなることができます。今回の受講を契機として、是非、認証の取得に挑戦していただきたいと思います。

  なお、本日午後の本館見学の際に、展示室もご覧いただく予定ですので、展示の在り方等について学んでいただくとともに、より良い展示の在り方等についての御意見を頂ければ幸いです。

  皆様方が本研修の受講により、アーカイブズ、アーキビストの使命や役割などの基本的事項をしっかりと理解していただき、今後各所属機関での実務経験を積み、できればアーキビスト認証を取得して、公文書等の適切な保存・利用等を実現する中核的な専門人材として様々な場で大いに活躍されることを期待して、歓迎と激励の挨拶とさせていただきます。