〔認証アーキビストだより〕評価選別業務とアーキビスト

国立公文書館 統括公文書専門官室
上席公文書専門官(評価選別) 小宮山 敏和

はじめに
  少し前に、自宅でブラッド・メルツァー著『公文書館員ビーチャー』上・下巻(オークラ出版、2016年)を見つけて、再度読んでみました。アメリカの国立公文書館を舞台としたミステリー小説という珍しいもので、レファレンス担当の職員が活躍し、また保存管理、修復、資料収集といったアーキビストの業務が登場します。実際の業務とどのくらい異なるのかは、アメリカのアーカイブズに詳しくないので定かではありませんが、そこで描かれたアーカイブズやアーキビストの姿からは、その業務規模の巨大さ、アメリカ社会でのアーカイブズやアーキビストの様相等を感じることができました。この小説がアメリカの社会の中で成立し受け入れられているところからも、アメリカ社会に溶け込んだアーカイブズの一端を感じているところです。
  転じて日本では、まだまだこのようにアーカイブズやアーキビストが社会的に理解され社会に溶け込んでいる状況とは言えないのではないでしょうか。今回は私の担当している評価選別業務に沿って、仕事の特性やそこで働くアーキビスト・専門職の専門性等をお話することで、アーキビストが果たしている役割等の理解を少しでも進めることができればと思います。

1.国立公文書館の評価選別業務の位置付け
  令和4年2月7日に、「行政文書の管理に関するガイドライン」(内閣総理大臣決定)[1]が全部改正されました。この改正されたガイドライン第7-1-(3)において、総括文書管理者は、保存期間満了時の措置を定める際に国立公文書館(以下「当館」という。)の専門的技術的助言を求めるものとし、助言の内容に沿って、文書管理者は保存期間満了時の措置の変更等の必要な対応を行うものとするとされています。また、それを受けて、同月10日、「行政文書の管理に関するガイドラインの細目等を定める公文書管理課長通知」(令和4年2月10日内閣府大臣官房公文書管理課長)[2]が各省へ通知され、必ず当館の助言を求めること、さらに、助言の内容に沿って、措置の変更等の必要な対応を行うこととされました。改正前は、各行政機関から内閣府に保存期間満了時の措置が設定されたリストが提出され、当館は内閣府からの依頼に基づいて内閣府に対して助言を行う形であり、内閣府を経由した間接的な助言という形でしたが、今回の改正により直接各行政機関に対して当館が助言を行う形となっています。さらに助言とは言え、助言の内容に沿って各行政機関では措置の変更等の必要な対応を行うことが今回の改正から追加されており、当館の機能が強化され、当館の行う助言の重要性がより高まり責任も重くなった形となっています。

2.評価選別業務とアーキビスト
  公文書館での評価選別作業においては、私見ですが、国であれば国民の要請に資するという観点、公文書等の管理に関する法律(公文書管理法)に則して考えると、利用者たる現在及び将来の国民の利用に資するという観点が意識されることになるのではないかと思います。特に将来の国民が必要とする文書については、現在に生きる我々が直接ニーズを把握することができず、選別し後世に残した文書が正解であったのかを確かめるすべはない中で、行政機関が文書の移管又は廃棄を設定しつつも、当館が専門的立場から助言を行い、将来の国民が必要とするであろう文書を担保していくという、極めて重要かつ難解な業務をこなしていることになるのだろうと考えます。
  このような、将来にも影響を及ぼす重要な業務を行っていく上で、アーキビストの特性や要素はどのような点にあるのでしょうか。
  私は以前、「当館職員の持つ特性の一つとしては、元々アーカイブズに移管された文書を利用者として研究等で活用していた職員も多く、アーカイブズで保存すべき文書、アーカイブズに文書が移管されたのち、どのように利用される(されている)のか等を良く理解していることが挙げられるのではないだろうか。」と述べたことがあります[3]が、もう少し詳しく述べてみたいと思います。私は歴史学を専攻していましたので、その立場からということになりますが、文書を利用して歴史学等の研究を進めていくと、残された文書等からわかることとともに、文書等がないことでわからないことも明確になってきます。こういった文書があれば、この時代やこの組織・地域のことがもっとわかるのに、という思いは、研究等に携わる方は幾度となく感じていることだと思います。この「こういった文書があれば」という思いは、アーカイブズでは残すべき文書に繋がっていきます。どのような文書、どのような資料群を残すことで、後世の歴史研究に、後々の「知りたい」に応え得るのか。その応えるための方法論の一つとして、歴史研究等の方法を応用することは有効であり、そのような方法論等を身につけ活用できることは、アーキビストの様々な特性の一つとして捉えて良いと思います。そのような特性を活かしつつアーキビストとしての体系的な知識や経験等を踏まえた専門性を発揮することが、利用者たる現在及び将来の国民の利用に資するという観点に繋がっていくものと思います。
  さらに、上記のように文書の評価選別をするためには、それぞれの専門分野を踏まえつつも、学術分野のみならず広く社会の動向にアンテナを張り巡らし知識や情報を蓄え、さらには利用者たる国民の立場ではどのように捉えられるのかを意識して、行政機関等と調整していく必要があります。ここで重要なのは、アーカイブズの立場からの観点、利用者の立場からの観点と行政機関の立場での観点では異なることを理解した上で、どのように制度官庁の内閣府や移管元である行政機関に伝えて理解を得るのかということなど、行政機関等と調整していく部分が大きな要素となります。当館のアーキビスト認証において、体系的専門的な知識のみではなく、業務経験を必須としている点も、このような所を重視している現れと捉えられるのかもしれません。

おわりに
  最後に、我が国のアーカイブズやアーキビストの置かれた状況はどのようなものでしょうか。アーカイブズ学会の登録アーキビストや当館のアーキビスト認証など、徐々に公的な側面を持った資格が創設され、外部からもアーキビストなるものが認識されはじめ、紙面等でもアーキビストという語句が散見されることも増えてきたところですが、社会的に認知されている存在かというと、まだまだ心許ない状況かと思います。また、アーキビストについても、かなり現用文書の管理に踏み込んだ形で公文書管理と結びつけられて語られることも多く、本来的な非現用文書の保存と利用におけるアーキビストの役割やアーカイブズの意義などについてはあまり触れられているとは言えないのではないでしょうか。これを社会的な認識の不足と取るのか、社会的な需要のギャップと取るのかは種々考えがあるのかと思いますが、日本のアーキビストとしてどのような形を取るにせよ、まさに前々号で村上淳子さんが述べているように[4]、「アーキビスト、アーカイブズという言葉が認知され、使い古された言葉となる日が来るまで」営々と業務を尽くして、社会に受け入れられていくように活動していく必要があるのではないかと思います。
  国民等の観点を汲み、現在・将来の利用者である国民等に如何に還元できるのか、それが、アーカイブズへの信頼とともに、将来的な利用を促し、社会に溶け込んだ公文書館に繋がる方法の一つたり得るのではないでしょうか。その重要な要の部分を担うのがアーキビストであり、専門職員が必要とされている部分なのではないかと思います。
  いつか公文書館やアーキビストが小説や映画等に登場することがあっても極々普通と思える日がくるほど、アーカイブズやアーキビストが社会に受け入れられ、あたりまえの存在となるように、日々の業務を進めつつ専門職としての質を高めていくことができればと思います。

〔注〕
[1] https://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/hourei/kanri-gl.pdf
[2] https://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/hourei/tsuchi1.pdf 同通知は令和4年11月14日に一部改正されている。
[3] 小宮山敏和「内閣府公文書監察室が行う各府省実地調査への国立公文書館職員の派遣について」『アーカイブズ』第73号、国立公文書館、R1.8.30
[4] 村上淳子「国立公文書館評価選別業務における認証アーキビストの役割について」『アーカイブズ』第84号、国立公文書館、R4.5.31