2022年国際公文書館会議国立公文書館長フォーラム・バーチャル対話について

国立公文書館 統括公文書専門官室
公文書専門員 長岡 智子

はじめに
  各国の公文書館等の連携を目的とする国際公文書館会議(International Council on Archives、以下「ICA」という。)は、毎年会員が一堂に会し専門的な意見交換等を行う場を設けてきたが、新型コロナウィルスの感染拡大にともない2020年度と2021年度は延期され、一部の会合がオンラインで開催された。本稿では、その一つ、国立公文書館長フォーラム(Forum of National Archivists、以下「(FAN[1])」という。)の「バーチャル対話」について報告する。

1.FANについて
  ICAの傘下にはいくつかの専門部会等があり、FANもその一つで、ICAに加盟する各国の国立公文書館の代表者で構成される。ICA憲章の定義によれば、アーカイブズ管理に関わる現代的課題に高度な戦略的対応策を構築し、それをもってICAの全会員に資することを目的とする[2]。FANは、執行委員会に代表を送ることを通じてICAの運営全般に関与しつつ、ICAの専門的・技術的プログラムの策定を担うプログラム委員会や、各専門部会と協働することとされている。その一方、FAN独自に課題の選択や優先順位付けを行うことができるという点で、ICAの執行部から一定の自律性を保っている。
  主な活動としてICAの年次会合等の期間中に意見交換の場を設けている他、各国の国立公文書館等による政策指針やガイドライン等の情報を随時ICAのウェブサイトで公表している[3]。
  2017年にイギリス国立公文書館のジェフ・ジェームズ館長がFAN議長に就任してから、同氏のイニシアチブで活性化が図られ、会合を年2回に増やすこと、主催会合を一般会員に積極的に開くこと等の取組が行われたが、前者については新型コロナの影響で実施が見送られている。

2.バーチャル対話について
  2021年は、前年から延期となっていたアブダビ(アラブ首長国連邦)におけるICAの大会が再び延期されることが決まった。これを受けて、ジェームズ議長からFANの構成機関に呼びかけがあり、FANの主催でオンラインによる情報や意見交換の場を設け、これをICA会員に公開することとなった。当初、2022年2月に開催が予定されていたが、最終的に4月5日から7日にわたって、各国の取組に関する報告と対話による完全オンラインのイベントとして開催された。
  3日間の会期中に計6のセッションが設けられ、5大陸、19か国の約30機関から報告等が行われた。

2022年ICA FANバーチャル対話プログラム

  以下に概要を紹介する。
  第1セッション「新たな課題への妥当性・適合性を保つための変化」では、アーカイブズが時代の変化に合わせて変革を続ける必要性について意見が交わされた。カナダのレスリー・ウィアー国立図書館・公文書館長から、2026年に開館が予定されている同館の新しい公共サービス施設の紹介と、これにあわせて策定された2030年までの長期戦略計画、執行部等を対象とした転換期の組織管理に係る教育訓練等について解説があった。また、チリのエマ・デ・ラモン・アセベド国立公文書館長からは、1844年創立の同館において長く変えることが困難だった業務の在り方が、デジタル化をきっかけに大きく変わったことが述べられた。さらに、デイビッド・フリッカーICA会長は、時代に適合し続けるために意識することが必要な6つの社会的潮流として、ディスラプション(既存のものを「破壊」するような革新的イノベーションの意)、労働力、倫理、回復力、テクノロジー、脆弱性のキーワードを挙げ、これらを意識しつつ、アーカイブズが記録に基づき常に正確な情報を提供できる存在として信頼を確保していくことの重要性を指摘した。
  第4セッション「アクセス強化のためのリソースの統合」では、ヨーロッパにおけるアーカイブズ情報の共有に係る諸活動について報告があった。まず、アーカイブズ・ポータル・ヨーロッパ[4]のアルマン・アゲマ代表から、同ポータルが36か国、7,100機関の60万以上の資料群について、24カ国語で、機関情報、目録・検索手段、資料画像等を提供していること等が述べられた。次にオーストリアを中心に35か国の180会員を抱えるコンソーシアムの国際アーカイブズ研究センター(ICARUS)[5]について、カール・ハインツ共同創設者から、同センターの調査研究成果として公開されている3つのポータル・コンテンツ、すなわちMOM(勅許状を中心とした中世羊皮紙資料の翻刻・画像等)、Matricula Online(出生・婚姻・死亡届等、教会所蔵の登録簿)、topothek(写真等、地域の記録)等の紹介があった。さらに、チャールズ・ファルギアICAヨーロッパ地域支部議長から、アーカイブズの付加価値を高めるビジネスモデルの確立や利用者開拓など、アーカイブズの運営を経済的視点から捉えることを目的とした4か年プロジェクトの、ヨーロピアン・デジタル・トレジャーズについて、商品開発やメディア横断型の展示、中高生向け・高齢者向けのイベント企画等に関する説明があった。最後に、ザグレブ大学アーカイブズのブラッカ・レミ局長から、ヨーロッパの文化遺産の普及活動を主目的に実施しているEUクリエイティブ・ヨーロッパ・プロジェクトについて、前衛芸術に係るアーカイブズの構築等の実績を中心に報告がなされた。これらの活動の紹介を通じて、ヨーロッパ全体で文化資源としての歴史資料の共同利用が活発に行われている様子がうかがわれた。
  上記の他、第2セッション「デジタル化の政治学—古いイデオロギーの上に新しいテクノロジーを搭載する––」では、カリブ諸国のアーカイブズ機関が直面しているデジタル化支援プロジェクトにともなう諸問題について、第3セッション「古い問題を解決するための新しい技術」では、オーストラリア、デンマーク及びカナダの各国立公文書館から最近のデジタル化プロジェクトについて報告があった。
  最終日は、第5セッション「新しい環境に適応する記録・アーカイブズ管理」で日本のアーキビスト認証に関する報告(後述)に続き、ポーランド国立公文書館から電子公文書管理システムの構築について発表があり、第6セッション「国立公文書館のシステム更新のための共同アプローチ––フランスの例––」ではフランスの電子アーカイビング・ソフトウェアの開発に係る国立公文書館と政府機関の横断的協力について実務担当者から報告が行われた。
  以上の全セッションについて、ICA公式YouTubeで録画が公開されている[6]。

3.日本国立公文書館からの報告
  4月7日の第5セッション「新しい環境に適応する記録・アーカイブズ管理」で、「アーキビスト認証の開始までの経緯と、これまでの実績」と題して、当館の中田昌和理事(当時)が報告を行った。
  アーキビスト認証に係る取組について、これまで日本国内で色々な機会を捉えて報告を行ってきたが[7]、外国のアーカイブズ関係者向けにはこれが初めての機会となった。2019年10月にアデレード(オーストラリア)で開催されたICA年次会合において、「アーキビストの職務基準書」(2018年12月 国立公文書館)の作成を中心とした日本における専門職養成に関する報告を行っており、その後の展開に関する報告という位置づけともなった。
  本報告では、まず、日本におけるアーカイブズ専門職養成の歩みについて、1986年にICAの使節として来日したマイケル・ローパー氏による勧告書で、主要論点の一つとして専門人材育成の体制強化とアーキビストの地位確立の必要性が提言されていたことを紹介した。そして、その後の日本国内の関係者の努力により、育成については着実に状況が改善されてきたものの、社会的認知の向上や地位の確立が大きな課題として残っていたことに触れた。
  続いて、認証の開始に至る経緯と認証の仕組みについて、日本の雇用慣行ではいわゆるジョブ型雇用よりメンバーシップ型雇用が一般的で、公文書館等においてもその事情が当てはまること、そのメリットやデメリット等の説明を交えながら報告した。さらに、初年度と2年度目の認証結果について、人数や所属機関の類別、居住所による地域的分布、年齢層等に関する特徴を示した。
  最後に今後の展望として、認証要件の一つである知識・技能の修得に資するよう、高等教育機関との連携や当館を含む関係機関による研修機会の整備等を通じて、今後ともアーキビストの社会的定着に向け、この取組を進めていくことを述べて締めくくった。
  このセッションのライブ配信時の視聴者は約70人で、日本国内に加え、時差の影響があったにも関わらず、ヨーロッパ、東・東南アジア、アフリカ等からの参加者が見受けられた。質疑応答では、アーキビストからの反応はどのようなものだったか、2026年までに400人を認証するという目標に対して十分なポストがあるのか、年齢層が高いようだが若手の認証についてどう考えるか、ITや法律関係等、他分野からの人材獲得を困難にするという意味で認証の仕組みによって生じるデメリットはないか等の質問が出た。これらに対し、多くの申請があったことに国内アーキビストの期待の高さが窺えること、国内ですでに専門的実務に当たっている人が400を超えており、そういう専門家が資格を取って各地で活躍することが望まれると同時に民間や類縁機関への広がりも想定していること、年齢層については一定の実務経験を求めるためこのような結果になっているが若手参入に繋がる仕組みも検討中であること、認証の導入により採用が困難になるという問題はなく、現状ではまず専門性の社会的認知を上げ、アーキビストが活躍するための素地を作るのが大きな目標であることが述べられた。

おわりに[8]
  今回のFANバーチャル対話について、フリッカー会長が閉会の辞で、国のアーカイブズ機関に特有の課題について当事者が話し合うための場という、そもそものFANの設置目的に適っただけでなく、3日間の議論を通じてコミュニティの連帯を築くことができたのは大きな成果であり、各人が獲得した最新の専門的知見を日常業務に反映していくことが期待される、と総括した。
  ロシアによるウクライナ侵攻からほぼ1か月後という比較的早い時期に開催されたこともあり、各報告の冒頭などで同問題への言及が多く見られた。FANとしてこの問題に直接的な対応を行うというような方向性は示されていないが、ICAでは、遡って3月10日に臨時執行委員会が開かれ、ウクライナ支援の決議が採択されるなど、ウクライナ国内のアーカイブズ資料の保護とアーキビストの安全確保に向けて連帯を呼びかけている。2021年10月のICA憲章の改定に伴う改組で、FANと同格の「フォーラム」として、各国の専門職団体で構成される「専門職団体フォーラム(FPA)」が並置された。両フォーラムがアーカイブズを取り巻く課題に対する国際世論の形成や、問題解決に向けた諸活動において牽引力を発揮することで、憲章に定められた目的が果たされることになる。
  2022年度は、ローマ(イタリア)で3年ぶりに対面のICAの会合が開催される予定である。FAN主催のセッションもいくつか計画されており、National Archivistsが直面する課題について活発な議論が交わされることだろう。

〔注〕
[1] 略称のFANは、フランス語の「Forum des archivistes nationaux」の頭文字をとったもの。
[2] 2021年10月の総会で承認された憲章は、ICAのホームページで英仏2か国語で公表されている。FANについては第12条1項で定めている。英語版憲章は以下を参照。 https://www.ica.org/sites/default/files/ica_constitution_2021_eng.pdf(2022年7月20日アクセス)
[3] https://www.ica.org/en/fan-digital-resources(2022年7月20日アクセス)
[4] https://www.archivesportaleurope.net(2022年7月20日アクセス)
[5] https://www.icar-us.eu/en/(2022年7月20日アクセス)
[6] 録画は1か国語で提供されており、第1〜5セッションは英語(第5セッションの質疑応答は一部日本語)、第6セッションはフランス語。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLru9FNsjTJG4q56gQtH1OMo4Ya6I9nvm4(2022年7月20日アクセス)
[7] 当館のアーキビスト認証については、当館ホームページの以下を参照。
https://www.archives.go.jp/ninsho/index.html(2022年7月20日アクセス)
[8] この中で、ロシア連邦及びベラルーシの4つの国立公文書館の会員資格停止が決定され、ウクライナの正当な政府が満足のいく形で停戦が成立するまで、この措置が続くことになっている。また、専門部会等のレベルでは、類縁国際組織等と協力しながら支援活動が続けられている。決議書本文(英語)は以下を参照。
https://www.ica.org/sites/default/files/eng_resolution_in_support_of_ukraine_0.pdf(2022年7月20日アクセス)