〔認証アーキビストだより〕
国立公文書館における専門職員~これまでの業務経験から考える~

国立公文書館 業務課
課長補佐(利用審査担当) 栃木 智子

1.国立公文書館職員への道のり
  私が「アーキビスト」という職業があることを知ったのは、高校生の時でした。『公文書館への道』[1]と『史料館・文書館学への道』[2]という二冊の本を読み、公文書館とアーキビストについて初めて知りました。その後、大学・大学院へと進学してからは、日本近代史を専攻し、研究対象として県立の公文書館が所蔵している公文書を利用しました。また、幅広く様々な種類の文書に触れ、経験を積みたいという思いから、アルバイト等で大学の法人文書、民間の個人所蔵文書、企業文書も取り扱いました。災害で被災した歴史資料の保全活動にも携わりました。
  そのようにして学生時代を過ごしていた頃、平成20年に設置された「公文書管理の在り方等に関する有識者会議」[3]において、「公文書管理法」(仮称)制定に向けて国立公文書館の体制の充実・強化や文書管理の専門家の早急な養成と確保が求められたことを受け、国立公文書館公文書専門員の採用が現実化しました。博士課程在学中の平成21年に公文書専門員の募集があり、同年4月から国立公文書館に勤務することとなりました。
  令和4年度で、国立公文書館に勤務してから14年目となります。令和2年度には、認証アーキビストとして認証されました。私の業務経験は、決して多種多様とはいえませんが、本稿では、国立公文書館におけるこれまでの自身の業務経験から、国立公文書館において専門職員が果たす役割について考えてみたいと思います。

2.国立公文書館における業務経験
(1)公文書管理法施行前の業務
  平成21年度と平成22年度の2年間は、公文書専門員として、歴史資料として重要な公文書等の移管・受入れ業務、公開審査業務等に従事しました。平成21年7月1日に公文書等の管理に関する法律(平成21年法律第66号。以下「公文書管理法」という。)が公布されましたが、施行前の時期でしたので、公文書管理法施行前の仕組みに基づき、歴史資料として重要な公文書等の移管協議及び受入れ時の連絡調整等を行い、また、移管された公文書等の利用に係る審査を行いました。
  このほか、公文書管理法の施行準備に関する業務として、新たな移管基準及び審査基準の作成に向けた情報収集や調査研究、公文書管理法施行後の評価選別業務に関する業務フローの検討などにも携わりました。

(2)評価選別業務
  平成23年4月1日の公文書管理法施行後、令和元年度までの9年間は、評価選別担当として、主に行政文書のレコードスケジュールの設定と廃棄同意に関する専門的技術的助言に関する業務に従事していました。
  レコードスケジュールとは、公文書が作成された時に、その保存期間満了時の措置(移管又は廃棄)をあらかじめ設定することをいいます。レコードスケジュールは各行政機関が設定することになっていますが、それが適切に設定されているかどうかについて、国立公文書館は専門的技術的助言を行っています。また、文書を廃棄する場合は、内閣総理大臣の同意を得て廃棄されますが、その前に、本当に廃棄で良いかという確認が行われます。こちらも同様に、国立公文書館が専門的技術的助言を行っています。
  具体的には、「行政文書の管理に関するガイドライン」(平成23年4月1日内閣総理大臣決定)[4]で示された移管・廃棄の判断基準である「別表第2 保存期間満了時の措置の設定基準」を踏まえて各行政機関の行政文書管理規則において定められた判断基準と照らし合わせて、各行政機関から提出された行政文書のリストの記載内容を一つ一つチェックしていきます。
  この間、私は15の行政機関を担当し、行政文書のレコードスケジュール設定及び廃棄同意に関する専門的技術的助言を行いました。また、国立公文書館の事業計画に基づき、レコードスケジュール確認の数値目標が達成できるよう全体の進捗管理を行いました。

(3)利用審査業務
  令和2年度からは、利用審査業務に従事しています。国立公文書館に保存されている特定歴史公文書等は、利用に供することが原則ですが、公にすると個人や法人の権利利益を害するおそれがある情報や国の安全・公共の安全等に関する情報など、現時点では一般の利用に供するには適さない情報が含まれていることがあります。そういった情報について、具体的にどの箇所をどのような理由で利用制限するのかを審査し、一方で利用できる部分は利用に供することを主な業務としており、全体の進捗管理と業務配分も行っています。
  利用制限事由は、公文書管理法第16条第1項で規定されています。また、国立公文書館等が保有している特定歴史公文書等は、保存期間が満了しており、作成・取得から相当の年数が経過しているものが多数存在します。文書が作成・取得された当時や移管された当時は利用制限する必要があった情報であっても、時の経過やそれに伴う社会情勢の変化に伴い、利用制限の必要性が失われることもあり得るため、公文書管理法第16条第2項では、利用制限事由に該当するか否かの判断をするにあたっては、特定歴史公文書等が「作成又は取得されてからの時の経過を考慮する」とされています。
  具体的な審査は、「独立行政法人国立公文書館における公文書管理法に基づく利用請求に対する処分に係る審査基準」(平成23年4月1日館長決定)[5]に基づいて行いますが、特定歴史公文書等に記録された情報は多岐にわたっているため、情報の具体的性質、当該情報が記録された当時の状況、当該情報に記録されている個人のライフステージ等を総合的に勘案し、利用決定等を行う時点において、個別に利用制限するか否かを判断することが基本となります。

3.国立公文書館における専門職員の役割
  ここまで、国立公文書館における業務経験を紹介してきました。ここからは、その業務経験のなかで必要とされた知識・技能について、「アーキビストの職務基準書」[6]に示されている「基礎要件」及び「遂行要件」と照らし合わせながら見ていくことで、専門職員が果たす役割について考えてみたいと思います。
  「アーキビストの職務基準書」において、評価選別と利用審査の職務に共通する「遂行要件」は、「公文書作成機関の文書管理制度に関する理解」「公文書作成機関の歴史、組織・施策や作成文書に関する理解」「アーカイブズ機関における保存及び利用に関する理解」の3つです。これらはいずれも「公文書等の管理・保存・利用」に関する知識に分類されており、どの職務を遂行する上でも必要となる「基礎要件」として示されている「公文書等に係る基本法令の理解」「アーカイブズに関する基本的な理論および方法論の理解」とも重なるものと考えられます。
  評価選別業務においては、文書の内容に関する理解だけではなく、他の文書との関係や、文書を作成した組織の機能や業務活動といったコンテクストにも目を向けることが必要となります。利用審査業務においても、特定歴史公文書等に記録された情報の具体的性質を理解するためには、文書の内容だけでなくコンテクストに目を向ける必要があります。その意味で、「公文書作成機関の歴史、組織・施策や作成文書に関する理解」は職務遂行において不可欠な要素といえるでしょう。また、どちらの業務においても、考慮すべき多種多様な制度的枠組み、論点、保護すべき権利利益等があり、それらを総合的に勘案して判断をする必要があります。その判断を支える土台となるのが、「公文書作成機関の文書管理制度に関する理解」「アーカイブズ機関における保存及び利用に関する理解」であるといえます。
  ここまでに見てきた3つの遂行要件は、実務経験がなくともある程度は習得可能な知識であるかもしれません。しかし、様々な要素を考慮して総合的な判断を行うためには、実務経験を積み重ねたことによって得られる経験的知識も重要となるのではないでしょうか。評価選別業務は公文書等の保存期間満了時の措置の確認の繰り返しであり、利用審査業務は特定歴史公文書等に含まれる利用制限情報の有無の確認の繰り返しです。日々の業務を繰り返し、利用者や移管元機関と関わっていくなかで得られたいわば「感覚」のようなものをも活かして業務を遂行することこそが、専門職員の「腕の見せ所」であると考えます。
  また、国立公文書館における評価選別業務と利用審査業務は、両方とも公文書管理法の施行に伴い整備された基準に基づいて業務を行っていることが共通点としてあげられます。それらの基準は、公文書管理法施行前から積み重ねられてきた実績との連続性を保ちながらも公文書管理法に則したものとして作成されました。その基準は、どのような手順で作成されたのか。どのような考え方・根拠に基づいて作成されたのか。作成までにどんな議論が展開されたのか。現在の基準を所与のものとして無批判に運用するのではなく、その根底にある考え方を理解した上で業務を遂行し、また見直していく姿勢が専門職員には求められるのではないでしょうか。公文書管理法施行前に採用され、公文書管理法施行準備の一端に携わった一人として、そのための情報共有や情報発信に努めていくことが、課された宿題のようにも感じています。

〔注〕
[1] 岩上二郎『公文書館への道』(1988年、共同編集室)
[2] 安澤秀一『史料館・文書館学への道-記録・文書をどう残すか-』(1985年、吉川弘文館)
[3] 公文書管理の在り方等に関する有識者会議、https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/koubun/index.html(参照2022-08-15)
[4] 「行政文書の管理に関するガイドライン」(平成23年4月1日内閣総理大臣決定)、
https://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/hourei/kanri-gl.pdf(参照2022-08-15)
[5] 「独立行政法人国立公文書館における公文書管理法に基づく利用請求に対する処分に係る審査基準」(平成23年4月1日館長決定)、https://www.archives.go.jp/information/pdf/riyoushinsa_2011_00.pdf(参照2022-08-15)
[6] 国立公文書館「アーキビストの職務基準書」(平成30年12月)、
https://www.archives.go.jp/about/report/pdf/syokumukijunsyo.pdf(参照2022-08-15)