国文学研究資料館
教授 渡辺 浩一
1.アーカイブズ・カレッジの概略
国文学研究資料館(以下「国文研」という。)のアーカイブズ・カレッジは、1952(昭和26)年に文部省史料館によって開始された「近世史料取扱講習会」に淵源を持つ。その後、1987(昭和 62)年の「公文書館法」成立などをきっかけに、史料管理学研修会を開設し、公文書を含む記録史料の収集、整理、保存、利用等に関する専門的知識と技術の普及を目的として開始した。史料管理学研修会はアーカイブズをめぐる社会変化に対応しつつ、2002(平成14)年度から、運営・内容双方の面で大幅に再編し、名称も「アーカイブズ・カレッジ」に改めた。さらに、その後の研究の進展やアーカイブズを取り巻く社会状況の変化、とくに公文書管理法制定に向けた動きに鑑み、2008(平成20)年度から運営方法・講義内容などに変更を加えた。その後も、電子情報社会の進展といった状況の変化に対応して、カリキュラムを部分的に改善しながら現在に至っている。
アーカイブズ・カレッジは、6週間の長期コースと、1週間の短期コースからなる。
長期コースはアーキビスト養成に加えて研究能力向上も目的の一つとしている。カリキュラムは総論、資源研究、管理研究の三つからなり、それに加えて修了論文(12,000字程度)が義務付けられている。修了論文の審査に合格しないと修了できない。
総論(科目1,1週間)はアーカイブズの概念と歴史、アーキビストの社会的責任などについて総合的に学ぶ。資源研究(科目2,1週間)はアーカイブズ資源そのものの性質を研究し管理研究の基礎を形成する。管理研究(4週間)は、国文研所蔵の歴史資料を用いた実習も交えて、記録管理と評価選別(科目3)、記述編成の実践(科目4)、組織管理と社会貢献(科目5)、保存管理(科目6)というアーカイブズの実務に即した内容を学ぶ。国立公文書館・神奈川県立公文書館・放送ライブラリー・横浜開港資料館といった多様なタイプの資料保存機関にご協力いただいている。各科目の最後には総括討論を行う。以上のカリキュラム以外に指導教員を定めて修了論文ゼミを実施している。さらに、修了論文のなかの優秀作品については『国文学研究資料館紀要アーカイブズ研究篇』への投稿を薦め、アーキビストとしての研究能力の向上を図っている。受講者は大学院生が多い。
以上の内容は、認証アーキビストの要件である専門的知識の習得と研究能力の獲得に即応していると考えている。
短期コースは、実務的内容を中心とした上記カリキュラムの圧縮版である。こちらも修了論文(4,000字程度)が義務付けられている。日本各地で開催しており、開催地の資料保存機関の見学や開催地域の史資料保存活用に関する講義を含むことが特色である。受講者は資料保存機関や自治体史編纂組織の職員が多い。国文研が2020(令和2)年度から短期コースに地方開催予算を支出しなくなったため、その年度は東京で開催するとともにクラウドファンディングを実施し、2024(令和6)年度までの実施資金を得ることができた。受講者は、長期・短期ともに、それぞれ40名前後である。近年は受講者の専門や職場が多様化しており、大学院生の場合は日本史だけではなく美術・音楽・文学・文化人類学なども、現職者の場合は公的な資料保存機関だけでなく企業なども珍しくなくなってきている。
なお、アーカイブズ・カレッジは制度的には「研修」である。大学共同利用機関であって大学ではないため、国文研としては教育を行うことができない。大学院教育協力は大学共同利用機関の主要な4つのミッションのうちの一つではある。しかし、これに位置付けてしまうと、資料保存機関などの現職者が受講できなくなる恐れがあり、制度的には現状のままが実態に即している。
2.実質的な大学院教育協力
国立公文書館が認証アーキビスト制度を開始したことは、大学院の側の大きな動きを引き出した。すなわち、大学院の方でアーキビスト養成コースを設置し、その主要な専門的知識取得の場として長期コースを活用する、という形である。
例えば、一橋大学大学院社会学研究科は、以前からアーカイブズ・カレッジを単位認定していたが、2018(平成30)年度に国文研と連携協定を締結し、2019(平成31)年度に「アーキビスト養成プログラム」を開始した。同年に国文研が実験的に開始したアーキビストのインターンシップもこのプログラムのオプションとして位置付けられている。
中央大学大学院でも、2022(令和4)年度から「アーキビスト養成プログラム」が始まった。これは、国文研アーカイブズ・カレッジ(4単位)を必修として12単位の取得を必要とするものである。社会情報学専攻設置科目を取らないと必要な単位が揃わないという点で、現代社会に即応した仕組みになっている点、また八王子市公文書管理課へインターンシップ(10日間)に行き実務経験を積むこともできる点が特徴的かと思われる。
昭和女子大学でも、2022(令和4)年度から「大学院 アーキビスト養成プログラム」を開始した。アーカイブズ科目10単位が必要であり、独自のアーカイブズ科目が用意されているほか、国文研のアーカイブズ・カレッジの修了を選択することもできるとしている。さらに、昭和女子大学認定資格「アーキビスト養成プログラム修了認定書」を発行するという。
上記のような、大学院側の主体的なアーカイブズ・カレッジの活用に至る前提を最後に述べておきたい。
最初は、「史料館理学研修会」時代である1994(平成6年)年に、研修会を大学院の単位として認定することが開始された。当時は大学院が単位認定することが直接にはできなかったため、共同利用研究員の制度を活用し、学習院大学大学院および、お茶の水大学大学院と協定を結んで始めることができた。その後、1990年代後半に、大学の単位自由化という制度の変化に伴って、協定を結ばなくても、さらには特別共同利用研究員制度を利用しなくても単位認定ができるようになり、次第に単位認定大学院の数が増えていった。
現在は14大学院が単位認定している。既出の大学院以外に、東京大学大学院(文化資源学専攻)、駒澤大学大学院、京都府立大学大学院(短期も含む)、千葉大学大学院、國學院大學大学院、上智大学大学院、明治大学大学院、東洋大学大学院、日本女子大学大学院がある。
現在の方式は、①それぞれの大学院教員の名前で授業を開設する(これが一番多い)、②国文研教員が大学院の兼任教授として授業を開設し兼任教授が成績も付ける(東大)、③アーカイブズ・カレッジそのものを単位認定する(駒澤大)などと多様である。認定単位数も、6週間で2単位のところもあれば、12単位のところもある。
なお、国文研は、別の法人である総合研究大学院大学(博士課程のみ)に参加しているが、日本文学研究専攻であるためにアーカイブズ・カレッジ全体をそこに位置付けることはできない。ただし、2022(令和4)年度までは文化科学研究科が運営する学術資料マネジメント・プログラム(いわゆる上級学芸員コース)の1科目として「アーカイブズ学入門」が設置され、短期コースをこれに当てていた。しかし、総合研究大学院大学全体が一研究科になるという改組に伴いこのプログラムは2022(令和4)年度一杯で廃止となった。もっとも、日本文学研究専攻の基礎教育科目としての「アーカイブズ学入門」は残っており、制度的には総合研究大学院生は自然科学系であっても短期コースを受講すればこの科目として単位を取得することができる。
本稿の最後に展望を簡単に述べておきたい。全体としては、今後も公文書と民間資料のバランスのとれたカリキュラムを堅持する。長期コースについては、情報化・デジタル化・電子文書等に関係する授業を独立した科目とし、「アーキビストの職務基準」との整合性をより高める方向での改革が考えられる。短期コースは、認証アーキビストの更新の際の研修としても活用できると考えられるため、持続的な実施をめざす。