アーキビスト養成システムを確かなものにするために
~学習院大学の取組とアーカイブズ機関への希望~

学習院大学
准教授 下重 直樹

はじめに
  1987(昭和62)年の公文書館法の制定から30年以上が経過した。「公文書館専門職員」の配置義務を一部免除した附則第2項の撤廃を求める関係団体の取組も一世代をこえたことになる[1]。専門的な知識と経験の具体的な内容が『アーキビストの職務基準書』によって定まり、2020(令和2)年度からは認証制度もスタートした。公的な資格に対応した教育プログラムは、筆者の属する学習院大学以外にも着実にひろがりをみせている。共通の基盤に立つ教育と実践の場での研修を通したアーキビスト養成システムが整えば、くだんの附則撤廃と法改正のための立法事実が生じる。

1、教育カリキュラムの再編
  このような新たな段階を迎えるため、学習院大学大学院アーカイブズ学専攻では、認証制度のベースである職務基準書を教育の基本資料の一つとし、さらにデジタル社会の進展に対応できるように2021年度にカリキュラムの再編を実施した。開設から10年間の活動実績をふまえた見直しである。
  その主眼は、学部レベルでの教育が未成熟である日本の現状を直視し、入門の基礎となる「アーカイブズ学概論」を起点に、記録とアーカイブズを探究する「記録アーカイブズ研究」、管理のための知識と技法を学ぶ「アーカイブズ管理研究」を相互に関連させる従来の構成を維持しながら、新たな柱として「デジタルアーカイブズ」を位置づけた点にある。
  デジタル記録は具体的かつ持続的な管理行為によって認識(内容と構造の理解・評価)がはじめて可能となるものであるから、融合的な領域を創出した。「デジタルアーカイブズ演習」では情報科学、ことにAI技術までを視野に収めた実践教育をめざしている。
  さらに、アーカイブズの理論と実践の歴史を「経」とし、海外文献を素材に知のひろがりを「緯」として学ぶ理論研究を通して、指導的なアーキビストに欠かせない視座を養うことができるだろう。
  このような博士前期課程での学びを基盤に、後期課程は公的資格にも対応した教育プログラムを拡充していく研究教育者であるArchival Scientistを育てる場として位置づけ、両課程5年間を通したフルレンジの大学院教育を引き続き維持しながら、社会的な使命と期待に応えていきたいと考えている[2]。後期課程ではこれまでに8名のアーカイブズ学の博士号取得者を輩出した。

カリキュラム概念図

カリキュラム概念図

2、教育の「器」を整える
  実践的な教育を展開するためにはインフラの整備も欠くことができない。学習院大学では2023年4月の供用開始をめざして、新たな図書館と研究教育棟の複合施設(新東1号館)の建設が進んでいる。
  この施設には、汚損や劣化が進んだ状態の資料の受入れから保存のための一連の処置を、文書館とほぼ同様のプロセスで行うことが可能な「保存修復実習室」が設けられる。小規模ながら、荷解・受入室、修復作業室に実験設備を加えたもので、他の大学にはない特色の一つとなろう。
  同室に接続するかたちで、資料の整理作業やデジタル化ができる「史資料調査・作業室」が整備されるため、受入れから目録記述、そしてデジタルアーカイブ構築までを一貫してレクチャーする授業の展開も可能となる。また、学生が実際に素材を持ち込んで自身の研究や作業ができる環境も整う。

新東1号館(学習院ホームページより)

新東1号館(学習院ホームページより)

学生の紙資料補修トレーニングの様子

学生の紙資料補修トレーニングの様子


3、トータルなアーキビスト養成のために
  先進国のアーキビスト養成と比較して日本がまだ及ばない点の一つに、学部レベルでのまとまった教育がないことがあげられる。大学への進学にあたって、将来の職業としてアーキビストをイメージできる学生は極めて稀有である。これは進路指導にあたる高校の教師ですら同じだろう。
  別府大学文学部などでいくつかの先駆的な事例もあるが、学習院大学ではこれまでも総合基礎科目として「記録保存と現代」や「記録管理と組織」といった授業を設け、近隣の大学にも門戸を開いてきた。このような取組に加えて、2020年度より文学部史学科の必修科目として「アーカイブズ学概説」を設け、22年度からは学部のゼミナールにあたる「アーカイブズ学演習」を開講した。
  今後、「認証アーキビスト」を補助するポジションとして、「准アーキビスト(仮称)」といった新たな資格を拡充する検討が進んでいると承知している。その内容次第ではあるが、副専攻制度も活用するなどしてこれに対応する大学等の高等教育機関も増えていくことになろう。学部レベルから大学院での高度専門職をめざした教育、そして職業選択に至るまでの「入口」が整っていくことが期待される。
  欠かすことができないのは教材の開発である。教科書や新たな用語集の編さんも必要であるが、具体的な学びのために教科書を手に取る以前の問題として、まずはアーキビストなるものの存在を知ってもらい、将来のキャリアをデザインしていくための道標が欲しい。そのような問題意識のもと、筆者らはアーキビスト教育に関係する大学教員や研究者、さらに現役のアーキビストとともにガイドブックを作成し、授業にも活かしていくことにしている[3]。
  専門職の存立基盤として、その知識や技能の卓越性を支える陶冶がある。終始実務家であるアーキビストは大学等の高等教育機関のみで養成することはできず、国立公文書館をはじめとするアーカイブズ機関でのトレーニング、時にはアーカイブズプログラムを立ち上げようとしている自治体など他機関への出向や人事交流をも含め、チャレンジに満ちた継続的な学びも必要だ。
  もちろんリソースの面で限界もあろう。認証アーキビストがさらに順調に増加していくことになれば、リカレント教育のために大学等を活用する方法もある。はなはだ微力ではあるが、学習院大学大学院アーカイブズ学専攻も社会の公器たるべく、2008年の開設より続けてきた社会人学生の受入態勢をこれからも維持していく。

おわりに
  人材の育成と確保が課題となる過渡的段階では、アーキビストがはたらく場であるアーカイブズ機関と、教育機関との両者がビジョンを共有することが必要ではないだろうか。近年、認証制度の創設がかえって悪い方向に作用しまいか危惧される事態も生じている。非常勤職員ですら採用にあたってアーキビストとしての認証を受けていることや、実務経験を絶対条件とすれば、新卒者が参入する余地はなくなる。標準的な学齢から起算して、大学院修了直後にチャレンジできる場所がないというのは、教育から就業までの制度設計上の不備であろう。職能団体がない日本の現状では、こうした問題に光があてられることは残念ながら少ないように感じられる。
  そもそも労働力人口が減少するなか、若者がはたらきながら成長していくことができる分野は魅力的であり、発展性も期待できるように思われる。アーキビストをめざして受ける教育の内実が整い、専門職に相応しい処遇と報酬が確立し、人が「天職」として生涯の多くをささげることができるサイクルを生み出す。これによって公文書館法が制定された当時のような社会認識を転換させていくことがようやく可能となるのではないか。
  いずれのアーカイブズ機関も、自らの組織のことのみに専念して、限られた人材を奪い合うのではなく、教育機関とともに、国や社会全体のために未来のアーキビストを育てていく責務の一端を負っていることを改めて認識していただきたいところである。


[1]  公文書館専門職員の知識と経験の具体的な内容に未確定な部分もあり、その習得方法についても養成、研修等の体制が整備されておらず、人材の確保が容易でないことから、地方公共団体には当該職員の設置義務が特例として免除されてきた(「公文書館法の解釈の要旨」1988年6月1日内閣官房副長官施行通達)。
[2]  カリキュラムの詳細については、学習院大学大学院人文社会科学研究科アーカイブズ学専攻
ホームページを参照されたい(https://www.arch-sci.gakushuin.ac.jp/major/curriculum/)。
[3]  下重直樹・湯上良編『アーキビストとしてはたらく―記録が人と社会をつなぐ―』(2022年、山川出版社)