島根大学大学院人間社会科学研究科社会創成専攻
教授 小林 准士
准教授 清原 和之
はじめに
島根大学では、2021年度に大学院人間社会科学研究科を設置し、研究科内の社会創成専攻にアーカイブズ学分野を新設した。同時に、「認証アーキビスト養成プログラム」を開設し、同年6月、本プログラムは、独立行政法人国立公文書館が実施するアーキビスト認証において、「アーキビストの職務基準書」(2018年12月)で示されたアーキビストとして必要な知識・技能等を体系的に修得可能な大学院修士課程の一つとして位置づけられることとなった。本稿では、アーカイブズ学分野開設の背景と養成プログラムの概要について紹介し、今後に向けた展望を述べることとしたい。
1.アーカイブズ学分野開設の背景
島根大学大学院にアーカイブズ学分野を開設し、アーキビストの養成を始めることになった歴史的経緯をたどると、まずその端緒として安藤正人氏ら国文学研究資料館のスタッフが島根県立図書館所蔵の松江藩郡奉行所文書や松江藩家老三谷家文書の調査のために、1990年代以来、島根県へ頻繁に訪れていたという事情が挙げられる。その後、安藤氏が学習院大学大学院に開設されたアーカイブズ学専攻の教員となった後も、松江市内の文書調査に関わったり、島根大学と共同して島根県飯南町内の旧役場文書調査を実施したりしたことで、アーカイブズ学研究者と島根県との関わりが継続した。こうした交流の中で、島根県内各自治体の公文書や地域資料を保存する体制の不備が課題として歴史学等の関係者の間で意識されるようになった。
また2007年度から松江市史の編纂が始まり、同事業終了後に松江市に文書館を整備する構想が編纂開始当初から議論されていた。市史編纂事業は2020年3月に終了したが、その前年の2019年3月に「松江市文書館(仮称)整備構想」が策定され、地域においてアーキビストを養成する必要性が関係者のあいだで認識されるようになっていた。
ちょうどこの頃、国立公文書館がアーキビストを認証する制度が立案され議論が進められるようになっており、同館と高等教育機関との連携の必要性も取り沙汰されるようになっていた。一方、島根大学では人文社会科学研究科に代わる新たな大学院の設置構想の検討が2018年度から始まっており、これまでの大学院には無かった新たな学問分野の新設や人材育成機能の付与が模索されていた。
こうした状況認識や経緯を踏まえ、山陰地域の地方自治体における公文書管理条例の制定、文書館の設立、地域歴史資料の保全などを促進していくための措置として、新研究科でアーキビスト養成を図っていくことを島根大学の執行部に提案したところ、その趣旨が理解されアーカイブズ学教員の採用が認められることになった。
これにより2020年3月に清原和之がアーカイブズ学教員として島根大学に着任し、新大学院にアーカイブズ学分野を開設するとともに認証アーキビスト養成プログラムを設ける準備を進めた結果、2021年4月に人間社会科学研究科が無事開設されるに至った。
2.認証アーキビスト養成プログラムの概要
新研究科におけるアーカイブズ学分野についての紹介は別稿[1]に記したため、ここでは認証アーキビスト養成プログラムの概要を示したい。本プログラムは、2021年4月1日制定の「大学院人間社会科学研究科における認証アーキビスト養成プログラムに関する規程」において定められ、その目的を「公文書館等で活躍するアーキビストに必要な公文書等の評価選別・収集・整理・保存・利用・普及に関する知識・技能等を修得させること」(同規程第2条)としている。社会創成専攻は法政コース、地域経済コース、人文社会コース、健康・行動科学コースの4つのコースに分かれているが、どのコース所属の学生でも各コースの修了要件を満たし、かつ、本プログラムで定める所定の単位を修得すれば、修了認定を受けることができる。
プログラムを構成する授業科目は、情報法制論、アーカイブズ管理論特殊講義Ⅰ、アーカイブズ学理論特殊講義Ⅰ、アーカイブズ学特殊講義、アーカイブズ学特別演習A、資料保存論の6科目からなり、各科目2単位の必修12単位である。これらの科目が「認証アーキビスト審査規則」の別表1に示される「アーキビストとして必要な知識・技能等の内容」に合致しているかどうかについて、国立公文書館のアーキビスト認証担当と協議を行い、その後、アーキビスト認証委員会での承認を経て、最終的に、2021年6月4日国立公文書館長決定の「認証アーキビスト審査細則」第2条に、審査規則第3条第1号イに定める「大学院修士課程の科目」を提供するものとして本学のプログラムが加えられることとなった。また、プログラムの必修科目以外にも、アーカイブズ学関連科目として、記録管理領域に重点を置いたアーカイブズ学理論特殊講義Ⅱ・アーカイブズ管理論特殊講義Ⅱ・アーカイブズ学特別演習B、アーカイブズ機関等での実習を行うアーカイブズ学特別実習、近世・近現代史料の整理や活用について学ぶ記録史料学特殊講義Ⅰ・Ⅱ、等の授業を選択科目として設けている。
加えて、2022年度からは、社会人として活躍しながら認証アーキビストの資格取得を希望する者を対象として、科目等履修制度を利用した「認証アーキビスト養成プログラム社会人コース」を開設し、認証アーキビストの要件となっている必修12単位を修得できるものとしている。その他、学部4年次に大学院の授業を履修し、大学院に入学した際に単位認定の申請が可能な「早期履修制度」や、社会人向けのリカレント教育の一環として、学位取得を目的としないノンディグリーコースの「大学院特別履修プログラム」等、多様な学びのニーズに応じた各種制度を設けている。
3.今後の展望
本学の養成プログラムは修了年次に修了認定に係る申請を行うこととなっており、まだ修了認定者は出ていないが、令和4年度、把握しているところでは法政コースから1名、人文社会コースから2名、科目等履修生として1名の計4名がプログラムの科目履修を希望している。いずれも学内からの進学者であるが、プログラム修了に加え、資格取得には実務経験3年以上とアーカイブズに係る調査研究実績1点以上を要する点は、やや高いハードルと感じているようである。アーキビストに必要な知識・技能等を得た大学院修士課程修了者がスムースに専門職としてのキャリアを積み上げていけるよう、議論が進められている「准アーキビスト(仮称)」の設定を一教育機関として求めていきたい。
他方、本学では上述のように、認証アーキビスト資格取得を目指す社会人向けの履修制度も設けているが、大学院教育と並び、各関係機関での研修の機会も充実していく中にあっては、ますます大学での学び直しの意味が問われよう。その意義とは、現場での実務を理論的に問い直し、個別課題を総合的・多角的視点から捉えた上で、問題状況の的確な把握と課題解決に結びつける応用力や柔軟性を身につけられる点にあるものと考える。この点を踏まえ、社会人の方にも学びの機会の選択肢の一つを提供できればと思っている。
また、本学以外のいくつかの大学院課程でも新たなアーキビスト養成の取り組みが進められているようであり、「職務基準書」に基づく資格制度が整備されたことで、各々の養成課程で一定の共通基盤に基づく専門職の育成が期待できる。こうしたベースとなる教育環境の整備とともに、今後は、資格の更新を見据えた研修等の機会の提供や社会的・技術的変化に対応したカリキュラムの見直しも求められよう。各大学や関係機関・団体とも連携しつつ、日本社会にアーキビストが専門職として定着していくよう努めていきたい。
〔注〕
[1] 清原和之「島根大学における大学院課程アーカイブズ学分野の紹介―アーキビスト養成に向けた課題と展望―」『記録と史料』第32号、2022年、73-77頁。