大阪大学アーカイブズ
教授 菅 真城
はじめに
大阪大学アーカイブズ(以下「アーカイブズ」という。)は、2021年度(一部先行して2020年度)から、大学院文学研究科・法学研究科・経済学研究科の協力を得て、「アーキビスト養成・アーカイブズ学研究コース」(以下、「アーカイブズコース」という。)を開設した。2021年6月4日には、独立行政法人国立公文書館の「認証アーキビスト審査規則」第3条第1号イに定める「大学院修士課程の科目」を提供するものとして、「認証アーキビスト審査細則」第2条に加えられた。アーカイブズが主体となって、アーキビスト養成教育を行うようになったのである。なお、文学研究科は2022年度から人文学研究科に改組され、一部カリキュラムが変更された。
以下、このコースについて紹介するが、拙稿「大阪大学におけるアーキビスト養成教育について」『記録と史料』第31号(2022年3月)および「大学アーカイブズによる教育活動-大阪大学の事例紹介-」『大阪大学アーカイブズニューズレター』第19号(2022年3月)と重複があることをお断りしておく。
1 コース開設のきっかけ
アーカイブズコース開設の直接のきっかけは、アーカイブズ室長と担当理事とのアーカイブズの懸案解決のための交渉にある。この場で、アーカイブズが専門職としてのアーキビスト養成の機能を担うことが、専任教員の後継者養成に資することに鑑みて承認された。これは高等教育機関としての大学がアーキビストの養成に対して、より積極的に関与していくことが必要であると考えていた室長にとっても、望ましい方策であった。
それと同時期に、認証アーキビストの動きが起きていたのである。そうであるならば、大阪大学独自でアーキビスト養成を行っても意味がない。大阪大学のアーカイブズコースを学習院大学大学院と同じように、認証アーキビストの要件としなくてはいけない。こうして、国立公文書館と連絡を取りながら認証アーキビスト養成に持っていったのである。その際、いかに「アーキビストの職務基準書」をクリアするかが課題であった。「科目と審査規則別表1との対応関係」をどうするかは、最後の最後まで国立公文書館との詰めが残った。
2 コースの概要
アーカイブズコースの設置根拠は、大阪大学「アーキビスト養成・アーカイブズ学研究コース」要項(令和3年3月22日大阪大学アーカイブズ運営委員会制定)である。
この要項の別表1に、必修科目と選択科目を示している。文学研究科の人文科学研究科への改組に伴い、必修科目には変更がないが、選択科目は一部変更が生じた。
必修科目は、アーカイブズ学講義、アーカイブズ学演習、アーカイブズ・マネジメント論講義(以上、人文学研究科開講)、情報管理法、法政情報処理、著作権法(以上、法学研究科開講)である。各科目2単位、6科目12単位が必修である。このうち、アーカイブズ学講義、アーカイブズ学演習、アーカイブズ・マネジメント論講義、情報管理法は、アーカイブズコースのために新設した科目である。法政情報処理、著作権法はともに既存科目であるが、アーカイブズコースの必修科目に組み込んでもらった。コースの教科書として、大阪大学アーカイブズ編『アーカイブズとアーキビスト-記録を守り伝える担い手たち-』(大阪大学出版会、2021年)を刊行したが、実際には教科書というより副読本的な使い方をしている。
このうち、菅が担当しているのが、アーカイブズ学講義、アーカイブズ学演習、アーカイブズ・マネジメント論講義の3科目で学内非常勤講師の立場であるが、アーカイブズ・マネジメント論講義は菅一人では担当できない資料保存とデジタルの問題について、金山正子氏(元興寺文化財研究所)、古賀崇氏(天理大学)、櫻田和也氏(大阪市立大学)にゲストスピーカーの立場で参画していただいている。アーカイブズ学演習は、論文講読、大阪大学アーカイブズでの実習、学外アーカイブズ施設の見学の大きく三つから構成している。実習では、個人情報等、学生に見せるのが適当でない情報を含んでいる資料もあるが、工夫を凝らして、実際に資料に触れてもらえる場を提供している。学外施設の見学は、2021年度は大阪市公文書館と大阪府公文書館に受け入れていただいた。情報管理法(高橋明男法学研究科教授・前アーカイブズ室長)では、個人情報保護法、情報公開法、公文書管理法を扱っている。
選択科目は、人文学研究科7科目、法学研究科3科目、経済学研究科2科目で、いずれも既存科目である(いずれも2単位)。近世古文書の解読を始めとして、歴史学・法学系の科目がほとんどである。
上記のようにアーカイブズコースは科目履修であり、定員はない。
3 履修者の傾向
2021年度の履修者は、約10名である。そのうち、文学研究科日本史学専攻が過半で最多であり、他には、文学研究科の芸術系の学生もみられる。また、法学研究科の行政法の学生もいる。
履修生の多くが学芸員資格取得者(司書有資格者もいる)であり、博物館・美術館の学芸員志望者が多い。公文書館、博物館でアルバイト経験のある者もいる。法学研究科の学生は、市役所で文書管理を担当していた社会人学生であり、認証アーキビスト資格取得を目指している。
2021度は2名がコースを修了し、修了証を発行した。
2022年度の受講者は18名である(うち新規受講者14名)。今年度も人文学研究科日本学専攻日本史学専門分野の学生が多いが、情報学を専門とする学生の履修もみられる。なお、コース全体でなく、単独の科目履修者もいる。
4 大阪大学のアーカイブズコースの特徴
大阪大学のアーカイブズコースの最大の特徴は、教育組織でないアーカイブズが主体となって教育活動を行っていることである。そのため人文学・法学・経済学の3研究科の協力を得て教育活動を行うことになる。
履修生は、それぞれ専攻を持っている。アーカイブズ学専攻ではない。大学院でアーカイブズ学を専攻しなくても、単位を修得すれば認証アーキビストの要件となれるのが、大阪大学のアーカイブズコースなのである。教員養成に例えるならば、教育学部以外でも教員免許を取得できる「開放型」のアーキビスト養成といえるであろう。出口(就職先)は、本来の専攻で考えるのが筋であるが、アーキビストも選択肢に入れてもらえると幸いである。また、アーキビストとしての知識・技能が、アーキビストにはならなくともキャリア形成に寄与することが期待される。
そして、関西地区にはアーカイブズ学を体系的に学べる高等教育機関がない。大阪大学のアーカイブズコースは、関西地区におけるアーキビスト養成・アーカイブズ学研究の拠点たることを目指している。
5 今後の動向と課題
大阪大学では学際融合教育を推進しており、「大学院副専攻プログラム」を提供している。アーカイブズコースは、2022年度から大学院副専攻プログラムに採択された。履修生の増加やモチベーションアップが期待される。なお、副専攻プログラムの履修生は14名であり、全員が副専攻としているわけではない。
また、科目等履修生への対応も課題である。大阪大学には、「大学院科目等履修生高度プログラム」というのがあるが、この学内調整を進めている。なお。2022年度は、1名が科目等履修生として履修している。
この他に受けた問い合わせに、大学院に入学してアーカイブズ学を研究したいのだが可能かというものがあった。これは、「開放型」の弱点である。学習院大学のように、主専攻としてアーカイブズ学のどの分野でも研究できるわけではない。各研究科で合致したテーマを見つけなければならない。できるだけ本人の希望と合致させるべく、人文・法・経の3研究科に大学院入学の相談に乗る窓口教員を置いた。
おわりに
いわゆる「准アーキビスト(仮称)」については、国立公文書館のアーキビスト認証委員会において検討が進められているが、まだ結論は出ていない。実際に認証アーキビスト養成教育に当たっているものとして、大学院で単位履修した者には何らかの資格を付与することを望んでいる。それが、アーキビストとしての就職に作用すれば理想的である。
現時点で、認証アーキビストの要件になっている大学院教育課程は、学習院大学大学院人文科学研究科アーカイブズ学専攻、大阪大学アーキビスト養成・アーカイブズ学研究コース、島根大学大学院人間社会科学研究科認証アーキビスト養成プログラムの三つのみである。このほか、昭和女子大学大学院生活機能研究科生活文化研究専攻アーキビスト養成プログラム、東北大学大学院文学研究科認証アーキビスト養成コースも2022年度には認められる見込みという。全国各地に拡大することが期待される。大阪大学と同じく国立公文書館等に指定されている大学アーカイブズは、大阪大学の他に11大学ある。これらはいずれも教育機関ではないが、「開放型」認証アーキビスト養成ができるのは大阪大学と同じである。東北大学のコースは、国立公文書館等である史料館教員が先導したと漏れ聞く。大阪大学アーカイブズはそのフロントランナーとして認証アーキビスト養成プログラムの改善、認証アーキビストの輩出に努めていきたい。