『歴史公文書が語る湖国』を用いた学校連携事業

滋賀県立公文書館
歴史公文書専門職員 大月 英雄

はじめに
  2021年(令和3年)3月、滋賀県立公文書館(以下、「当館」という。)では開館記念誌『歴史公文書が語る湖国―明治・大正・昭和の滋賀県―』(以下、「本書」という。図1)を、滋賀県内に本社を置くサンライズ出版から刊行した。本書は、明治期から昭和期までの本県のあゆみについて、当館が所蔵する特定歴史公文書等を用いて紹介したもので、刊行以来、多くの皆様にご愛読いただいてきた。さらに2022年は、本県が誕生して150年の節目の年を迎えることから、子どもたちに本県の歴史をより深く知ってもらうため、本書を用いた学校連携事業を進めている。この取り組みは、現在進行中の事業であり、その成果はまだ見通せないところもあるが、ひとまず本稿では、これまでの経緯を中心に紹介することにする。

1 『歴史公文書が語る湖国』の刊行
  本書刊行のきっかけは、2018年1月から19年1月まで、滋賀県県政史料室(当館の前身)で企画された明治150年特別展「湖国から見た明治維新」である[大月2018]。この展示は、本県が所蔵する歴史的文書(歴史公文書等)の紹介を通じて、明治期の県政のあゆみを振り返る連続企画で、3か月ずつ全4回実施した。開催中に多くのメディアで取り上げられるなど好評を博したことから、翌19年春に展示図録などを1冊にまとめ、新たに設置される公文書館(20年4月開館)の開館記念誌として刊行することになった。同室では、2013年9月にびわ湖芸術文化財団の情報誌『湖国と文化』の連載記事をまとめた『公文書でたどる近代滋賀のあゆみ』(サンライズ出版)を刊行しており、その続編としての意味合いもある。
  本書第1部では、各章冒頭に「概説」として、明治150年特別展の図録等を配置している。ただし、構成の検討過程で大正・昭和期の内容も含めることになったことから、第5章は新たに書き下ろした。第1章「滋賀県の誕生」(明治元~10年)、第2章「文明開化と滋賀県」(明治11~21年)、第3章「白熱する滋賀県会」(明治22~26年)、第4章「相次ぐ災害と戦争」(明治27~44年)、第5章「大正から昭和へ」(大正元~昭和20年代)というように、明治期は概ね10年単位で章を区切っており、地方制度上の画期や時代像のまとまりを意識している。
  2013年刊行の前著では、16本の記事と15本のコラムで、本県のあゆみを様々な切り口から紹介したが、時系列的な並びを避けたこともあり、やや時代の流れが追いにくいという難点があった。本県の県史も、戦後には「昭和編」しか刊行されておらず、明治・大正期が手薄という課題を抱えていたため、本書では、明治・大正期を中心とした通史的構成を心がけたつもりである(職員手作りの「県史」)。
  第1部の各章後半部は、『湖国と文化』連載記事のうち、前著刊行後に発表したものを5,6本配置した。たとえば、第1章は「廃仏毀釈と文化財保護」「明治時代の城郭保存」「簿書専務の設置」「第二代県令籠手田安定」「近江商人と近江米」の5本で、いずれもこれまでの企画展のキャプション等がもとになっている。
  第2部では、当館情報紙『滋賀のアーカイブズ』の記事等をもとに、公文書館の利用案内や主な所蔵資料を紹介している。本書の最終的な目標は、当館の所蔵資料を読者に直接利用してもらうことにあり、公文書館の刊行物という特徴を意識した箇所でもある。
  そもそも、「歴史公文書」は、古文書や絵図等の歴史資料に比べ、一般の県民の認知度が低い。そのため本書では、資料写真をなるべく多めに用い、歴史公文書の具体的イメージを持ってもらえるよう心がけた。また、気になった資料は、すぐに利用請求できるように、全ての掲載資料に請求番号を付与している。

2 授業指導案集の作成
(1)作成の経緯
  筆者が学校連携事業を意識するようになったのは、2019年3月に制定された「滋賀県公文書等の管理に関する条例」第22条第2項において、特定歴史公文書等の「学校教育における活用」が明記されたことがきっかけである。同条項は、本県の条例の特徴的な規定として、庁内外にアピールしていたが、当館職員はみな教員歴もなく、制定段階で具体的なイメージがあったわけではなかった。
  そのような事業を検討する上で、大いに参考となったのは、2019年1月15~17日に国立公文書館の主催で行われたアーカイブズ研修Ⅱである。その年の全体テーマは、「公文書館等における普及啓発及び歴史公文書等の利用促進について」で、特に藤野敦氏(文部科学省)の講義「新学習指導要領における資料を踏まえた考察に向かう歴史学習」に触発されたところが大きかった。本講義では、平成29・30年に改訂された新学習指導要領は、歴史学習における「資料」の活用が大きなポイントであること、特に高等学校の「歴史総合」「日本史探究」に初めて「公文書館」の文字が明記されたことが紹介され、学校側のニーズも十分存在することを確認することができた。
  その後の研修では、「県政150周年記念事業」をテーマとした、模擬事業計画を作成するグループ討論が行われたが、筆者の班では、教育・文化機関との持続可能な連携体制の構築を目指すため、県内資料情報検索プラットフォームを構築する計画(5か年事業)を立てた。その具体例として、①文書館・図書館・博物館・大学等が所蔵する県政関連資料情報およびデジタル画像の提供、②当該資料を利用したトピック別コンテンツ(教材/授業事例など)を提案し、学校連携事業のイメージを膨らませることができた。
  そして、事業具体化の直接的なきっかけは、2021年3月の『歴史公文書が語る湖国』の刊行である。教育委員会に数部送付し、県内の中学校・高等学校への寄贈予定も知らせたところ、当館の古くからの利用者である幼小中教育課の久保田重幸参事(前公立中学校社会課教員)から、日頃から多忙な学校現場において、本書を送付するだけでは、なかなか手に取ってもらえない恐れがあるとの助言を受けた。その後、改めて館内で協議し、実際の授業でより活用しやすくするため、当館情報紙『滋賀のアーカイブズ』第12号として、授業指導案集を刊行することが決まる。実効性ある教材づくりのためには、現場の教員の協力が欠かせないことから、教育委員会を通じて6名の先生方に執筆を依頼し、日本近代教育史が専門の宮坂朋幸氏(大阪商業大学教授)にも、助言をいただくことにした。

図2 『歴史公文書が語る湖国』授業指導案集

図2 『歴史公文書が語る湖国』授業指導案集
(表紙は仮のもの。実際の刊行物はこちらから[2022年3月公開予定])

(2)授業活用研究会の発足
  こうして発足した『歴史公文書が語る湖国』授業活用研究会は、2021年5月28日に第1回目の会合を開催した。宮坂氏に「『歴史公文書が語る湖国』活用に向けて」と題して講演いただき、当館と教育委員会から事業の概要や、学習指導要領改訂の趣旨等を説明した。なるべく多様な授業に対応できるよう、本書の主な担当箇所(5章分)や授業の種類(「歴史学習」または「総合学習」)を振り分けた。第2回目(8月27日)と第3回目(10月26日)は、各委員が指導案の原稿を持ち寄り、率直な意見交換を行った。前者は中学校班と高校班に分かれて詳細に、後者は委員全員で全体の構成等を検討した。
  なお、研究会のなかでは、委員から資料写真を生徒のタブレット等から閲覧できるようにしてほしいとの要望が出された。当館では、2020年4月の開館時から、所蔵資料のデジタルアーカイブを公開しているが、神社・寺院の公的管理台帳である社寺明細帳や、明治期の村絵図である普請所調査絵図、県の法令等が綴られた県令達など、ごく一部の資料にとどまっている(22年2月現在は10,823件)。そのため、22年度からは、本書に掲載されている全資料を利用頻度の高いものとして、順次デジタル公開することも決めた。11月30日には最終原稿が提出され、22年1月まで当館が編集作業を担当。3月刊行の見込みで、本書と併せて県内の中学校・高校161校に配布を予定している。
  授業指導案集(図2)は、6章+「はじめに」「おわりに」で構成され、全16頁(1章1~2頁)からなる。歴史学習用4本、総合学習用2本を掲載し、宮坂氏には本書の授業活用の意義について寄稿いただいた。当初の予定では、本書本文(+写真)を用いた指導案を想定していたが、各委員が非常に意欲的で、多くの指導案において、一次資料の利用まで踏み込んだ内容となった。準備過程では、当館職員が関連資料の調査や、翻刻(活字化)などを行い、歴史公文書等に馴染みの薄い委員をサポートする役割を担った。指導案集を参考として、教員が実際に授業を行う際も、同様のレファレンスに応じる予定である。

おわりに
  以上のように、当館の学校連携事業において、教育委員会事務局や学校教員の協力を比較的スムーズに得ることができたのは、本書という活用しやすい素材を提供できたことが大きい。当館の所蔵資料の多くは、読み解くこと自体が困難で、単に資料の活用をうながしても、困惑してしまう教員がほとんどだろう。同書は、過去の展示図録や寄稿記事等をとりまとめたものであり、一次資料が読めなくとも活用が容易である。日頃の調査研究活動の積み重ねが、歴史公文書等の利用の幅を広げる上で重要といえる。
  また、これまでレファレンス等を通じて、多様な利用者と築いてきた人間関係も大きな助けとなった。今回は教育委員会事務局との連携だが、利用者との「縁」によって新たな事業が生まれることもある。公文書館職員は、単に資料を提供するだけではなく、利用者1人1人のニーズに丁寧に応えることの大切さを改めて実感している。
  これから社会的にも本県としても、ますます公文書館と学校との連携が求められるなか、今回の授業指導案集刊行はその初めの一歩である。1人でも多くの子どもたちに、当館の歴史公文書等を身近に感じてもらえるよう、今後とも様々な取り組みを行っていきたい。

《参考文献》
大月英雄「明治150年特別展「湖国から見た明治維新」を企画して」『アーカイブズ』69、2018年
・滋賀県県政史料室編『公文書でたどる近代滋賀のあゆみ』サンライズ出版、2013年
・滋賀県立公文書館編『歴史公文書が語る湖国』サンライズ出版、2021年