国際アーカイブズ週間2021について

国立公文書館 統括公文書専門官室
公文書専門員 長岡 智子

はじめに
  各国のアーカイブズ機関の相互連携と発展を目的とする国際非政府機関の国際公文書館会議(International Council on Archives、以下「ICA」という。)は、ユネスコの支援を受けて1948年に創設された。国や地域の公文書館を始めとするアーカイブズ機関、専門職団体、専門職教育機関などの加盟会員で構成される。
  ICAは、60周年にあたる2008年に設立記念日の6月9日を「国際アーカイブズの日」とし、アーカイブズに対する社会の関心を高めるための機会となるよう、各国のアーカイブズ機関に働きかけを行ってきた。2019年以降は、この日を挟む1週間を「国際アーカイブズ週間」として、さらに活動の拡大を図っている 。
  今年も6月7日~11日の5日間が「国際アーカイブズ週間2021(以下「IAW2021」という。)」に設定され、この期間を中心に世界各地で様々なイベントが催された。本稿では、それらのうち、ICAが主催したプログラムについて紹介する。

1.IAW2021のテーマについて
  ICAでは例年秋に国際会議を開催しており、2016年以降はその年の国際会議と「国際アーカイブズの日」について一体的に広報活動を展開し、両者に統一的な総合テーマを掲げてきた。IAW2021のテーマは、昨年アブダビで開催が予定されていた大会が新型コロナ感染症の影響で1年延期されたことにともない、前年のテーマ「知識社会に力を与える」と関連付ける形で、「Empowering(力を与える)」というキーワードがそのまま引き継がれ、「アーカイブズに力を与える(Empowering Archives)」とされた 。これは2021年から4カ年のICA戦略計画の標語でもある。
  また、今年はこの総合テーマのもとに次のような3つのサブテーマが設けられた。
    「アカウンタビリティと透明性」
    「連携とネットワーク構築」
    「ダイバーシティ(多様性)とインクルーシビティ(包摂性)」
いずれもICA戦略計画2021-2024の重点領域とされている分野である。

2.ICA主催の関連プログラム
(1)SNSキャンペーン(4月6日~6月11日)
  昨年に続き、SNS を活用したオンライン上の交流が企画され、TwitterやFacebook等にICA指定のハッシュタグ(#IAW2021、#EmpoweringArchives等)を付けて投稿することが呼びかけられた。また、IAW2021のキーデザインがダウンロード可能なテンプレートとして提供された。

ICA提供のテンプレートを利用して当館で作成した日本語版ポスター

ICA提供のテンプレートを利用して当館で作成した日本語版ポスター

  このキャンペーンはIAW2021の期間に先立ち4月初頭から開始され、週替わりで、総合テーマ及びサブテーマについて、英語・フランス語・スペイン語等の多言語で、バーチャルな意見交換が活発に行われた。

(2)オンライン・セミナー(6月7日~11日)
  今年も「ウェビナー(Webinar)」と呼ばれるオンライン上のセミナーがIAW2021の期間中に開催された。ICAの地域支部や分科会等が外部組織と共同企画したものが多く見受けられ、英仏西語が併用される形で運営された。また、それぞれの回がサブテーマのいずれかと関連付けられていた。

開催日 タイトル 共催団体等
 6月7日(月)  今年のウェビナー・シリーズ紹介   
 ブルーシールド国際委員会25周年記念講演  ブルーシールド国際委員会
 「アーカイブズに力を与える」
 透明性とアカウンタビリティ
 ラテンアメリカ・アーキビスト協会
 6月8日(火)  誰の物語を語るのか:
 新規専門職員がデジタル化戦略について語りあう
  
 6月9日(水)
 国際アーカイブズの日
 文化変容に力を与える:「タンダンヤ・アデレード宣言」の実施に
 向けた政府系アーカイブズの対応
 オーストラリア・アーキビスト協会、
 オーストラリア国立公文書館、
 ニュージーランド国立公文書館、他
 デジタルブリッジの構築:
 連携とネットワーク構築のためのデジタル化
 ユネスコ・アーカイブズ、
 英国ユネスコ国内委員会
 私がデジタル保存で知りたいことは…連携とネットワーク構築編  デジタル保存連合
 ALAセミナー#アーカイブズに力を与える  ラテンアメリカ・アーキビスト協会
 6月10日(木)  「ArchiLab」:アーカイブズ教育の中心にある協力関係   
 連携とネットワーク構築:
 公的セクター・民間セクター・専門職団体の各視点から
  
 6月11日(金)  アーカイブズと人権  国連難民高等弁務官事務所
 人工知能と多様性:アーカイブズの実践における転換点   

  この企画については昨年より回数が増えており、非英語圏の積極的な参加も得られたようである。これらのうち、いくつかはICAの公式YouTubeチャンネル等で録画が公開されており、その中で英語が用いられたセミナーから3つの内容を、以下、3で簡単に紹介する。

(3)IAW2021グローバルプログラム
  期間中に世界各国で開催された記念イベントの情報がICAで集約され、ウェブサイト上で公表された。例年、各イベントの開催地をデジタルマップで示す形がとられており、今年も当初はそのように予定されていたが、最終的に日付順の一覧表の形になった。
  昨年の実績と比較すると、登録内容が簡素化され、登録件数も昨年の134に比して83とかなり減少した。これは登録申し込み期間が比較的短かったことが影響しているかもしれない。他方、地域的な広がりや参加機関の多様性から、この取組みの目的が着実に果たされていることが見て取れる。また、いわゆる「ハイブリッド型」も含め、オンラインを用いた様々な形態のイベントが実施されており、制約の中で各機関において新しい形の試みが進んでいることもうかがえる。

3.IAW2021オンライン・セミナー内容の紹介
(1)誰の物語を語るのか: 新規専門職員がデジタル化戦略について語りあう
   ICAは就業後5年以内のアーキビストを対象とした新規専門職プログラム を設けており、このセミナーは同プログラム参加メンバー6名と、カナダ・オーストラリア・アメリカで活躍する現職のアーキビストが、デジタル化一般の課題や、デジタル化と多様性の問題等について、各人の業務や経験に係る事例紹介を織り交ぜながら意見を述べた。たとえば、デジタル化の優先順位としては必ずしも高くないことの多い先住民や移民等の周縁化された人々の記録について、その保存に積極的に取り組むことを組織的な重点領域としている機関の事例が紹介された。そこではデジタル化の主目的の一つが当事者にとっての記録へのアクセス向上にあること、メタデータの整備に際しても当事者の声を聴く等、周縁化された人々のコミュニティとの協力が不可欠であることなどが述べられた。また、差別の問題との関連では、過去にデジタル化し画像を公開している資料やその目録記述内容に、現在の基準では人種差別的とされる表現が含まれていると確認された場合、記述の修正や資料そのもののオンライン上の取扱いをどう行うか等の、実践的な経験が共有された。
  なお、同プログラムではセミナー開催日から7月末にかけて、アーカイブズ機関におけるデジタル化戦略が「誰の物語を語るか」にどう影響するか、アンケート調査を実施しており、その結果発表も待たれるところである。

(2)文化変容に力を与える:「タンダンヤ・アデレード宣言」の実施に向けた政府系アーカイブズの対応
  2019年のI C Aアデレード年次会合において先住民問題専門家グループが新設され、同グループ等の主催で同年次会合と連動して開催された先住民サミットにおいて、「タンダンヤ・アデレード宣言」が採択された。これは先住民とアーカイブズ機関の関わり方に関する指針を示したもので、本セミナーでは、この宣言を受けて具体的な対応に着手したオーストラリアとニュージーランドの国及び州立公文書館から、それぞれの取組みが紹介された。
  同宣言では、知の権威・財産と所有権・承認とアイデンティティ・研究及びアクセス・自己決定という5つの柱が立てられている。セミナーで紹介された事例ではアクセスや自己決定と深く結びついた課題への対応実績が示され、例えば公文書館の活動・運営に先住民の関与をより積極的に組み込むため、外部有識者グループの設置や先住民の専門職員の配置等の施策が挙げられた。また、アーカイブズ機関内部、政府機関関係者、一般利用者等の意識向上を図るために、記録の記述・アクセス・業者調達等の業務分野について多岐にわたるガイドラインを定めたオーストラリア国立公文書館の取組みや、専門職養成の教育機関における関係科目の導入を働きかけようというオーストラリア・アーキビスト協会の試みも紹介された。
  記録の開示を巡っては政府の記録作成者と先住民の間の調整作業がアーカイブズ機関に求められる等、対応途上の課題も示された。さらに新しい展開として、デジタル化の進展によって利用者への資料提供の形が変わる中、先祖から引き継いできた土地との密接な関係を重視する先住民に対しては、記録の原本を先住民居住地域において保存することが、収奪した権利の「返還」の意味を持ちうるということ、これが旧植民地・宗主国間の資料返還や共同利用をめぐる国際的議論と重なること等が述べられた。
  「タンダンヤ・アデレード宣言」 は日本語にも翻訳され、公開されている。

(3)私がデジタル保存で知りたいことは・・・連携とネットワーク構築編
  本セミナーは、昨年に続き、英国に拠点を置く国際非営利団体のデジタル保存連合(以下「DPC」という。)との共催で、デジタル情報の保存を担当する実務家による円卓会議形式で開催された。今回はサブテーマの一つである「連携とネットワーク構築」に焦点を絞り、イギリス、オーストラリア、オランダ、アメリカ、ウルグアイ、ナミビアなどで官民のアーカイブズ機関に勤める10人の専門家が意見交換を行なった。このテーマは昨年の議論でも取り上げられていたが、今回はより実践的な情報交換の場となった印象で、それには司会を務めたDPCのウィリアム・キルブライド事務局長による論点整理で、「デジタル保存」という行為の定義や、課題解決に必要な要素(技術・組織・資源)等を示したことも役立ったと思われる。
  参加者が多かったこともあり、何らかの結論に至るより個別具体的な経験の共有という側面が強く、質疑応答でその傾向は特に強かった。取り上げられたのは、組織内のタスクフォースや外部諮問会議や関係団体のコンソーシアム等、様々な会議体を組織・運営していくための手法や考え方、予算獲得のための上層部の説得方法、デジタル保存ソリューションの仕様のまとめ方など、現場ならではの内容であった。その意味で、このセミナー自体が貴重な連携のきっかけとなったといえよう。

おわりに
  今年も新型コロナ感染症拡大に伴い対面による国際的な集会が困難な状況が続く中、関係者間のコミュニケーションを図るためにも、ICAの執行部がIAWに力を入れたことがうかがえる。特に、オンラインの活用による国際的な連携の模索が続いていることは、日本でもこの一年の間に一般的に浸透してきたオンライン・セミナー形式のプログラムが手厚くなったことに、表れているといえよう。
  その一方で、初めての試みとして設けられた3つのサブテーマは、上述の通りICAの事業上・組織運営上の戦略的重点領域であり、それはICA内の各種分科会の動きからも見てとることができる。たとえば、多様性と包括性を重視する傾向は、この数年の間に、人権問題を取り扱う分科会が特定の課題対応を目的として設置される「専門家グループ」から、より常設的な「専門セクション」に格上げされたことや、先住民問題専門家グループが新設されたことなどにもうかがえる。今後とも、国際的なアーカイブズ界の動向を示すキーワードとして注視していく必要があるだろう。

〔注記〕
※以下のURLの最終アクセス日は、いずれも2021年8月18日である。
[1] ICAによる過去の「国際アーカイブズの日」及び「国際アーカイブズ週間」の取組みについては、中山貴子「世界の流れから――ICAによる連携の取組み」(『アーカイブズ』54号、https://www.archives.go.jp/publication/archives/wp-content/uploads/2015/03/acv_54_p01.pdf)、渡辺悦子「国際アーカイブズ週間2020について」(『アーカイブズ』77号、https://www.archives.go.jp/publication/archives/no077/9868)を参照されたい。
[2] IAW2021のテーマが発表された後にアブダビ大会は再度の延期が決まり、IAW2021終了時点では、2023年の開催が予定されている。
[3] ICAによる専門職の能力開発事業の一つとして2014年に開始したプログラム。毎年6人程度の初任者が選抜され、ニュースレターの発行、プロジェクトの企画及び成果の公表等が義務付けられる代りに、経験豊富なメンターの個別指導、ICA主催の国際会議への参加費の補助等、各種支援が受けられる。ICAの個人会員か機関会員の職員、あるいはICAに加盟している教育機関で学ぶ学生等に応募資格がある。詳細はICAのウェブサイト(英語)を参照。(https://www.ica.org/en/new-professionals-programme-overview