公文書等の評価選別~グローバルな視点から~

創価大学
講師 坂口 貴弘

はじめに
  アーキビストの専門的職務の具体例として、評価選別が挙げられることは多い。しかし、その方法論や基本原理について、日本では必ずしも議論が深まっていないのが実情である。また、評価選別においては必ずしもアーカイブズ機関の判断が最優先されるとも限らず、外部要因により左右される部分も大きい。だが、世界のアーキビスト達は評価選別に際して様々な方策や仕組みを生み出しており、それらを知っておくことが、各機関の実務の改善につながることもあるだろう。
  そこで本稿では、評価選別をめぐる議論の参考として、主にアメリカ合衆国における制度と動向を紹介する。その上で、日本の評価選別をめぐる課題についても論及したい。

アメリカの評価選別制度の特徴
  まず、アメリカの評価選別制度について、主要なポイントとなる点をまとめておきたい。これらの特徴は、他の欧米諸国でも一定程度は見出すことができるものといえる。
  第一に、「リテンション・スケジュール」(レコード・スケジュールともいう)というツールが評価選別の基礎にあるということである。リテンションとは「保存」を意味し、「1年保存」のような短期の保存から永久保存までを含む概念である。ここでいう永久保存とは、アーカイブズ機関での保存を指すことが多い。つまり、保存期間の設定とアーカイブズの指定は、別々ではなく一体的に行うことが基本となっている。これらの様々な保存期間を文書の種別ごとに一覧表(スケジュール)にしたものが、リテンション・スケジュールである。
  第二に、評価選別は文書管理担当者とアーキビストの共同作業ということである。欧米ではアーキビストの専門性が確立しているため、評価選別もアーキビストが全て行っているようなイメージがあるが、実際はリテンション・スケジュールを作成する文書管理担当者による判断の占める割合が大きい[1]。しかし、アーキビストは何もしないのではなく、リテンション・スケジュールの作成・改訂を支援し、承認する権限を有している。これは、アーキビストが専門職としての役割を果たすには、全体観に立って組織の文書管理制度を監督・支援することが不可欠という理由によるものである。
  第三に、「シリーズ」単位の評価選別が基本ということである。例えば、ある従業員の採用や福利厚生などの人事関連書類が一つにファイルされている場合を考えてみたい。この場合、従業員が何千人いたとしても、その人事ファイル全体を一体的に管理していれば、それらは一括して評価選別されることになる[2]。保存期間はこのシリーズ単位で設定され、リテンション・スケジュールに記載されることになる。
  第四に電子文書の評価選別であるが、とりわけ電子メールは、多くの人々が日常的にやりとりする最もポピュラーな電子文書であろう。組織全体で送受信される電子メールの総数は膨大であり、その評価選別を円滑に進めるための工夫が必要となる。そこでアメリカ連邦政府は、政府機関の特定の上級管理職のメールについては、内容を問わず15~25年後に全て国立公文書館へ移管するという方式を採用した(キャップストーン・アプローチといわれる)。つまり、電子メールの内容や部署ごとにシリーズと保存期間を分けるのではなく、運用のしやすさを重視して、連邦政府全体のメールに対して共通の保存期間を適用するという考え方である[3]。
  最後に、電子文書を確実に保存するためには、文書が保存期間を終えてから対策を練るのではいわば手遅れであり、文書管理システムの開発・導入段階から、アーキビストなどが積極的に関与すべきであるとされている[4]。

日本の評価選別制度の主な課題
  こういったアメリカ等の状況と比較した場合、日本の評価選別実務にはどのような課題があるのかについて、主に地方自治体の実情に踏まえて考えてみたい。もちろん、欧米のあり方がすべて正しいわけではないが、評価選別に関する課題を考えていく際には、一つの手がかりになるだろう。
  まず、保存期間の設定の時点で、将来アーカイブズへ移管される文書が指定されておらず、事後的な評価選別になる場合が多いのではないか。公文書管理法の施行以後は状況が変わりつつあるが、現用文書の保存期間はあくまでも業務上その他の理由のみに基づいて設定されており、それとは別の枠組みで歴史公文書等を指定する場合が多いと思われる。それは、既存の文書管理の仕組みにアーカイブズ制度が後付けされた日本の歴史的事情の反映でもあるだろうが、電子文書が主流になっていく今後においては、保存期間表の中にアーカイブズにおける永久保存を組み込んでおくべきだと考える。
  第二に、欧米と比べて、評価選別の単位が細かくなる傾向が強い。すなわち、簿冊などの単位や、その中の件名あるいは1点ずつの文書といった単位で選別が行われていることが多い。アメリカでは、評価選別の単位は基本的にシリーズという大きな文書群であり、簿冊や件名レベルでの評価選別はできるだけ避けるべきともされている。現実問題としても、大量の文書を短期間・少人数で評価選別しなければならない場合、あらゆる文書について細かい判断をしていくと、いつか破綻を来しかねない。全ての文書について同じ方式をとるのではなく、大きな単位で評価選別する文書と、詳細な検討が必要な文書とを区別していくことが望ましい。
  第三に、電子文書(電子メールを含む)が評価選別対象になっていない場合が多いのではないか。紙文書を管理しているだけでは、組織が保有している文書の全体を把握していることにはならない。組織のイントラネットや部署ごとの共有フォルダ、電子メールのシステムは、事実上の文書管理システムの機能を果たしており、これらが管理の対象外となっていれば、公式の文書管理制度がいかに完璧だったとしても不十分である。本格的なデジタル社会に向けた制度設計が進行しつつある今日、いよいよこの問題に真剣に取り組む必要がある。
  最後に、現用文書管理の改善やシステム開発に関与する権限がアーキビストに付与されていない場合が多いという点である。これは権限の問題だけでなく、公文書館が実は現用文書管理や情報システムと密接に関係する機関だということが、あまり認識されていないことにも原因があるだろう。これはアーキビストだけで解決できる問題ではなく、様々な立場の人々の知恵を結集するしかない。それには、まず我々アーキビストが、電子文書管理システムに対して視野を拡げていくことが欠かせないのではないだろうか。そのための機会として、各種の研修や認証アーキビスト制度が有効活用されることを期待したい。

〔注記〕
[1] Rhee, Hea Lim. Archival appraisal practice in U.S. state archives and records management programs. Archival Science. 2016, vol. 16, no. 2, p. 167-194.
[2] Retention management for records and information. ARMA International. 2015, 55p, (ARMA International TR 27-2015).
[3] Saffady, William. E-mail retention and archiving: issues and guidance for compliance and discovery. ARMA International, 2013, 105p.
[4] Stephens, David. Roderick C. Wallace. Electronic records management: new strategies for data life cycle management. ARMA International, 2003, p. 23-28.