認証アーキビスト制度

松岡 資明

   国立公文書館(東京・北の丸公園)のアーキビスト認証が今年6月、スタートした。アーキビストは、公文書管理法に謳う「民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」(第一条)である公文書などのアーカイブズ(記録資料)の価値を判断し、将来にわたって国民が利用できるようにする重要な役割を担う。このため、高度な知識、豊富な経験が不可欠であり、国立公文書館は外部の専門家の識見を得て、専門職として適格か否かを判定し、お墨付きを付与するというのが認証アーキビスト制度だ。今年9月1日から始まる申請期間(9月末まで)には、国や地方自治体の公文書館職員などの応募が見込まれるが、活躍の場は民間企業を含めて幅広いものになると期待される。
   諸外国と比較して、日本では記録に対する意識が希薄と考えられてきた。2007年に表面化した5,000万件に及ぶ持ち主不明の年金記録問題は、それを象徴する「事件」であり、この問題を契機として公文書管理法制定の機運が高まった。しかし、2009年度に法律ができ、2011年4月に施行となった後も、記録に対する意識の低さや文書管理の杜撰さはそれほど改善されていない。森友学園問題、自衛隊南スーダン派遣PKO部隊日報問題、桜を見る会の名簿廃棄など公文書にまつわる問題が近年、立て続けに起きたことをみても明らかだ。なぜ意識が変わらないのか、様々な要因が考えられるが、その一つとしてかねて指摘されてきたのがアーカイブズ専門職の不在、軽視である。
   国の公文書館も必ずしも手厚い体制を整えているとは言えないが、日本では、公文書館を設置する自治体がまだ一部に過ぎず、全国を見渡しても合わせて100に満たない。加えて公務員の定員削減が求められるなか、公文書館運営という特定の業務のために専門職員を配置するのは難しい事情もあった。専門性の高い職員を育成するための条件も整っていなかった。1987年制定の公文書館法には、専門職員を置かなくても良いとする附則がある。しかし、専門職員はおろか、職員の大半を出向者や非常勤職員、再雇用者が占める例も珍しくないのが現実だ。そうしたなかで、国立公文書館は20年以上以前から専門職養成など様々な取り組みを進めてきた。
   公文書館で働く専門職員を養成するための長期研修を1998年度から始めたほか、諸外国と比較して見劣りする国立公文書館職員の陣容を少しずつだが拡充し、専門職員増強に努めてきた。さらに2018年12月、アーキビストの「職務基準書」を策定した。一般社会になじみの薄いアーキビストとは、どのような仕事をする職業人で、職務をこなすにはどのような知識や経験が必要か、さらにその倫理観や基本姿勢はいかにあるべきかといったことを事細かに規定している。
   この職務基準書を基本に、アーキビストとしての専門性を有すると判断される人材に「認証アーキビスト」の称号を授与する。判定に当たるのは、「アーカイブズに関する実務経験及び専門職の育成・指導経験を踏まえた高い識見を有する」委員でつくるアーキビスト認証委員会(最大で7人)で、高等教育機関の科目を習得するか国立公文書館や国文学研究資料館などが実施している研修を修了し、3年以上の実務経験と、修士課程修了レベルの調査研究能力を備えていることが、申請に必要な条件(3要件)となる。
   申請期間は9月の一か月間。認証委員会は年内に書類審査を行い、来年1月には認証アーキビストが誕生する予定である。
   1971年竣工の国立公文書館は、建設から半世紀を経て老朽化が進むとともに書庫が満杯の状態。このため政府は新しい公文書館を、憲政記念館の立地場所(国会前庭)に建設する予定だ。現在、実施設計の段階にあり、2021年度から建設工事が始まる。完成は2026年度だ。新館の完成までに認証アーキビストを400人、認証アーキビストに準じる准アーキビスト600人の計1,000人を認証する予定だ。准アーキビストは官公庁などで長年、公文書管理の実務に携わってきた職員が対象の予定。また、アーカイブズ学を修めた大学院生なども准アーキビストになれ、実務経験を積めば認証アーキビストへの道が拓ける。具体的な要件などについては、認証委員会で検討を重ねていく予定。
   欧米にとどまらず諸外国ではアーキビストが公文書管理の場で活躍している。認証アーキビストの誕生は、遅ればせながら、日本でもアーキビストという職業が社会的に認知されるための第一歩となるだろう。しかし、この仕組みができれば直ちに社会に浸透していくかと言えば、それは全く違う。社会に認められるには様々な障壁を乗り越えていく必要がある。
   一つには、政策や企業経営において意思決定にかかわる人たち、例えば国会議員や企業経営者が記録の重要性について認識を新たにする必要がある。最近、しばしば耳にする言葉として「EBPM(Evidence-based Policy Making)」という言葉がある。証拠に基づいた政策立案である。2017年度の経済財政運営改革の基本方針(骨太の方針)に盛り込まれたのが始まりだ。主として経済的な統計指標を基にすることが多いが、数字にとどまらず多様な記録が残されていなければ証拠に基づく政策を論議することも不可能である。そうした意識をいかに醸成していくか。
   記録という行為自体も大きな変革の時期にある。紙から電子への転換である。国の公文書も新館完成の2026年度までに、原本が紙から電子になる。電子政府の取り組みに並行する形で各府省庁が進めてきた電算化も大きな転換を迫られるであろう。公文書管理も、紙を電子に置き換えるだけで済まないのは言うまでもない。
   さらに、新型コロナウイルスの感染拡大はこれまで見えなかった現実を白日の下にさらけ出した。デジタル化対応の遅れや縦割り組織の弊害によって、政策実行のスピードがいかに現実社会に対応できていないかという問題である。不透明性も依然、是正されていない。政策決定から実行に至るプロセスそのものを根底から再考していく必要もあり、公文書管理の在り方にも当然ながら影響が及ぶ。
   新時代のアーキビストは、こうした、日本が近代化150年の歴史のなかで積み残してきた、あるいは新たに生まれた諸課題が数多く存在していることを見据えておく必要がある。アーキビストの仕事は地味であり楽なものではない。知識、経験に加えて求められる資質があるとすれば、「間を取り持つ」、もしくは「繋ぐ」意識ではなかろうか。過去、現在、未来を繋ぎ、多様なコミュニティーの存在を視野に入れる。政府も企業も、新しい時代に適応しようと変化していくプロセスのなかで、アーキビストが果たす役割は極めて大きい。