令和元年度アーカイブズ研修Ⅱ A班グループ報告

東京大学文書館
秋山 淳子

はじめに
 本稿は、令和元年度アーカイブズ研修Ⅱグループ討論におけるA班の討議内容を要約したものである。班の構成を示すと、以下のとおりである。
 大貫摩里(日本銀行金融研究所アーカイブ)、秋山淳子(東京大学文書館)、三関堯(東京都公文書館)、吉村雄多(神奈川県立公文書館)、清水史彦(沖縄県公文書館)、黒田広之(山形県)
 それぞれの所属は、企業、大学、自治体と多様であり、一定の業務蓄積をもつ組織から、設置にむけ検討中のものまで、バラエティに富む構成員であった。そのため、今年度の研修テーマ「歴史公文書等の利用審査」に関する共通の実践的課題を見いだすことが難しく、まずはこうした各館状況の多様性を前提に、共通目的といえるアーカイブズ本来の「公開」機能に着目した課題設定を検討し、討論を進めていった。

1 課題設定:「公開すべき情報」への着目
 A班では、「利用制限」を論じるために、歴史公文書等の利活用を目的とする公文書管理法の精神に立ち返り、アーカイブズが「公開すべき情報」とは何か、という視点から前提条件を整理し、次の二点を確認した。
 第一は、特定歴史公文書等をはじめ、アーカイブズで保存し利用提供する記録は、本来ひろく利用に供することを目的に移管されたものであり、国民の利用請求権尊重の立場からも、制限対象は最小限とする方針である。班員から挙げられた事例や課題からは、具体的な制限範囲の設定を比較的広く捉える選択肢も挙げられたため、この点を再確認した。
 第二は、各館の所蔵する情報と、情報に記載される対象者との関係によって「公開すべき情報」が異なる場合を想定すべきだという点である。班員からの事例をもとに、多様なアーカイブズについて、所蔵資料から得られる情報と、そこに記載される対象者の関係を示したものが下図である。所蔵資料の公開により、記載対象者へ不利益等の影響が大きい、もしくは、部分的な情報からでも個人特定可能となるおそれが高いものを≪「距離」が近い≫と表現し、多様なアーカイブズについて「距離」イメージを図示した。例えば、特定のエリート集団としての特性が強い大学は「距離」が遠く、地域コミュニティに密接な基礎自治体は近い、という認識である。こうした違いは各館での「公開すべき」情報判断にも反映すべきであり、制限審査基準の弾力的理解が必要ではないかという議論になった。

図:情報と記載対象者の「距離」イメ―ジ

図:情報と記載対象者の「距離」イメ―ジ

 この前提をふまえ、A班では「積極的に公開するために検討すべき具体的課題」として、(1)公知情報のとらえ方、(2)モザイクアプローチ対策の二点を設定した。

2 「公知情報」の基準検討
 討論においては、「公知情報」を、各館で公表している審査基準の利用制限期間(目安)を超過していないが、周知の事実と認められるため公開とする情報と位置づけ、時の経過とプライバシー性の比較衡量を軸に「周知の事実」の判断基準を検討した。
 まず、根拠資料になりうる媒体の議論となった。各班員からは多様な資料の使用例があげられたが、採否判断には異同があるため、各種媒体の情報種別を永続性と即時性の観点から分類し、時の経過との照合を検討した。その結果、永続性の高い媒体としては刊行物類(図書館等で長期に渡り参照可能)等を想定し、新聞等の報道資料は(将来的に縮刷等によりアーカイブ化される可能性はあるが)本来即時性の高い媒体であると評価した。これにより、報道資料に記載がある場合でも、「忘れられる権利」との比較衡量により公知情報とはしないという見解となった。またウェブサイト掲載情報はこの中間的性格と位置づけ、サイト作成者の吟味とあわせ、慎重な取り扱いが必要であると結論づけた。
 さらに、社会通念変化への対応も論点となった。プライバシー情報取扱の議論展開もふまえ、個人の不利益情報の基準も柔軟な判断が要請されるとして事例研究を行った。このなかで、当初ほぼ非公開とされていた資料群が、見直しの結果、部分公開となった例が共有され、不利益情報の懸念がある場合でも、一部を公開することによって当該事実への議論を惹起し、社会貢献へつなぐ役割もあるのではないか等、公開機能の積極的活用の視点から議論を展開した。

討論の様子

討論の様子

3 モザイクアプローチ対策
 次に、積極的な資料公開を進めた場合に生じる、複数資料の情報を組み合わせることで個人特定が可能となるモザイクアプローチへの対策を検討した。
 まず記録記載対象者との「距離」が近い基礎自治体の事例が挙げられ、具体的にモザイクアプローチが可能となる情報の組み合わせが議論された。ここからは各アーカイブズの特性により柔軟な視点で審査基準を検討することが重要であり、積極公開の姿勢をとりつつも、地域性や親組織の性格によって基準を多様化する必要性を確認した。
 また、現代アーカイブズにとって重要性を増しつつあるウェブサイト公開と、モザイクアプローチ対策の関係についても着目した。資料のウェブ公開は、実施館の事例から発信力の大きさという効用は疑いないとしつつも、同時に媒体としての拡散性、利用者の匿名性というリスクが指摘され、閲覧室利用に比してモザイクアプローチの危険性が高まる可能性が確認された。そこで、閲覧室利用と異なる審査基準の適用事例を用いて、その妥当性を検討し、平等性の観点から問題も指摘されたが、現段階では公開範囲の差異に関する説明を同サイトに明示する等、利用者へ周知することが重要と結論づけた。

むすび:今後に向けて
 A班では利用制限を議論するにあたって、公文書管理法の趣旨に立ち返り、「公開すべき情報はどこまでか」という視点から積極的公開の方法論的検討を行った。議論を通じて得られた課題は、多様なアーカイブズの特性に応じた審査基準の具体化である。班員間の議論からは、審査基準適用の実態は一様ではなく、それぞれに必要な要因を十分に検討した判断であることが共有された。すでに従前の研修レポートでも指摘されているが、各館の経験は他館にも示唆的であり、その蓄積の可視化・相互検討が重要となる。今回は神奈川県でのパブリックコメント募集事例も参考としつつ、各館の実態に基づいた審査基準策定・公開の促進をめざし、積極的取り組みへの意見交換を行った。
 さらに、各館の特性とその多様性許容が必要であると認識し、適切に個人の権利を保護しつつ、それぞれの基準により資料情報の積極的公開をめざす意義を確認した。とくに近年注目を集めるビッグデータとしての資料情報活用は、資料の作成経緯・目的に基づく利用をこえた、新たな価値の創造にもつながる。こうしたニーズの多様性を想定し、活用可能性を広げる目的も視野に積極的に資料を公開することが、本来のアーカイブズの役割であるという考えを共有した。
 限られた時間内での検討であったため、問題点を十分に議論しきれず、根拠が不十分な部分もあったが、多様な背景を持つ構成員間で、利用制限の議論からアーカイブズの公開機能を積極活用し、社会貢献へつなぐ意義を考察できたことは、討論の大きな成果といえよう。