令和元年度アーカイブズ研修Ⅱ E班グループ報告
~歴史公文書等のより良い審査記録の作成について~

国立公文書館
桜井 英里

 本稿は、令和2年1月に実施された国立公文書館アーカイブズ研修IIにおけるE班のグループ討論記録である。班の構成は以下のとおりである。
 桜井英里(国立公文書館)、功刀恵那(国立公文書館)、西村陽子(栃木県立文書館)、青木弥保(安曇野市文書館)、宮原啓介(静岡県)、片桐佑太(戸田市)

1.はじめに
 現在各職場で困っていることについて話し合った際に、以下のような課題が提起された。公文書館は存在するが利用に係る審査実績が少ないところでは、審査記録の蓄積方法が知りたいということ。歴史公文書等の受入れを検討しているところでは、これから利用に係る審査実績を積み上げていくため、多くの事例が知りたいということ。また現在利用審査に携わっているが、担当者間での情報共有や、今後異動した際に後任者へどう引継ぎをするかが課題であるという意見も出された。

討論の様子

討論の様子

2.実践方法
 これらの課題を解決するため、利用に係る審査記録の蓄積とそのデータ化が必要と思われた。その際に先行事例として参考にしたのが嶋田氏の報告書である(嶋田典人「歴史公文書等の利用に係る審査記録について」『アーカイブズ』53号)。こちらもアーカイブズ研修IIのグループ討論の記録であるが、その中で「組織として活用でき、役に立つ審査記録」として14項目が挙げられている(1.請求番号(整理番号)、2.資料名称(簿冊名称)、3.文書作成年、4.公開の可否、5.非公開期間(時の経過)、6.利用制限の類型、7.判断をした年月日、8.判断の理由欄、9.マスキング処理の箇所、10.利用方法に関する記録、11.情報の内容、12.参照資料、13.先行事例、14.文書作成原課に対する意見照会の内容と経緯)。当班ではこれらの項目を基にして、より検索性を高めるために表計算ソフトを使用し、実際の審査記録をその表に落とし込むことで、実用に向けて初心者にも分かりやすい形で改良を加えてみることにした。
 その際に重視をしたのは以下の点である。
(1) 最終的な判断が公開であっても記録を残す
 これは利用制限をした箇所については記録を残したとしても、悩んで公開にした箇所を記録に残すことは少ないように感じたためである。審査経験の未熟な者が参照にすることを考慮すると、公開・部分公開のどちらであっても判断に悩んだ場合には記録に残すことが大切であろう。
(2) 個別資料名称や文書の内容を具体的に記入する
 2. 資料名称(簿冊名称)のみでは内容が分かりにくいことから、11.情報の内容を2.と3.の間に移動し、且つ名称を「審査箇所の概要」に変更して、2.を補記するような形で説明を加える。後から振り返った際に検索が容易になるようにキーワードの入力をすることも一案である。
(3) 簿冊ではなく、「審査を行った項目」を一行にする
 この表の主目的は判断に悩んだ箇所について記録に残すことであるため、簿冊単位で記入するのではなく、利用審査を行った項目別に記入し、公開の可否を加えることで後の検索性を高めることを狙いとする。
(4) 利用制限項目が審査基準のどれに該当するか明確にしておく
 利用制限を行った際は、それぞれの館で定められた「審査基準」の該当項目を記入することで、利用制限を行った根拠を明確にし、利用者への説明責任が果たせるようにする。
(5) 「審査根拠」は不服申立があった際の根拠にするために、より詳しく記入する
 8.判断の理由欄とあわせて、審査根拠は特に記録に残したい項目である。12.参照資料を「判断の根拠とした資料」に変更し、12.から14.を「審査根拠」として大分類を設ける。これにより、12.公開とする場合にはどの刊行物に記載されていたか、13.これまでに類似する内容・項目について審査をしたことがあったか、14.原課への意見照会の回答はどうであったか等を記入し、審査結果に対して問い合わせや不服申立があった際の説明根拠とする。
(6) 原課への意見照会は、いつ・だれと・どんなことについてやり取りをしたか詳しく記入する
 原課の担当者の異動等により以前と異なる判断が示された際にも現場が混乱しないよう、口頭で問い合わせた場合も判断根拠を書き残しておく。
(7) 判断に悩んだ点は率直な意見を書いておく
 上の14項目に15.「判断に悩んだ点」を付け加え、審査時に打ち合わせた内容や、相談結果も記入する。直接的にはその審査に該当しないことでも、関連事項をできるだけ多く書き残すことで公開の可否判断の際に参考となる微細な点まで他の担当者と情報を共有しやすくする。

3.審査記録台帳
 これらの基準に基づき、実際に作成をされた審査記録台帳は以下のようになる。

審査記録台帳

審査記録台帳

 第一の例では、昭和62年における消火栓設置に係る陳情書を取り上げた。50年未経過の簿冊では氏名・住所を利用制限するという安曇野市の審査基準に基づいて審査をしたが、できうる限り公開にするという原則に則り議会議事録に記載のある氏名や住所の字名は公開し、それでも利用制限しなければならない箇所を限定した。判断に悩んだ点としては、この簿冊の移管時の調査記録に、「議会に関するものであるので、議決書の内容は全て公開でもよいのではないか」と記載されていたことである。今回新たに審査した結果、議事録の読み上げ原稿では省略されていた個人の住所(地番)や、役職者ではない一般の組合員の陳情者については、氏名を利用制限することが適当と判断し、その旨を台帳に記入した。
 第二の例では、平成7年における広報誌を取り上げた。個人のプロフィールについて、長所・短所のみならず理想の男性像等の詳細な記述が記載されていたため、紹介されている人物名を利用制限すべきかが悩まれたが、広報誌が図書館に所蔵されていることが確認できたため、公開すると判断した。その経緯を判断根拠とあわせて台帳に記入した。
 第三の例として挙げたのは、今回の研修の演習で使用した平成15年度国庫補助金の交付申請書である。30年未経過であるため、氏名やメールアドレス、印影等の利用制限箇所が多く、且つ申請が不採択になった場合には法人名も利用制限する等の判断基準を記載しておくことにした。
 第四の例は裁判記録中の証言録である。宣誓口供書の場合には最初に自分の年齢や信仰を述べてから証言を始めることが多いが、80年未経過の簿冊で、現時点でまだ100歳未満の人物の場合には国立公文書館では信仰を利用制限している。ただし、新興宗教や経済団体等、個人の信仰と判断しづらい事例があることについて議論が交わされた。

4.おわりに
 グループ報告全体討論では、これらの審査台帳の記録とともに、利用決定した全簿冊を受付日や起案番号と共に記録することを目的とする台帳と二種類の審査記録を作成することになる業務負担について問われたが、利用制限の可否を判断することを目的とした審査記録を残すことは審査業務の質を維持し、後任者の業務負担の軽減のためにも欠かせないものである。審査担当者全員で継続してデータを集め続け、共有フォルダでデータを管理し、困った時には誰もがアクセス可能なデータベースを作成し活用することが審査の効率化のためにも必須であろう。