第14回EASTICA総会及びセミナー開催報告

国立公文書館 統括公文書専門官室
公文書専門員 大野 綾佳

EASTICA理事会の様子

EASTICA理事会の様子

1.はじめに
 独立行政法人国立公文書館と国際公文書館会議東アジア地域支部(East Asian Regional Branch of the International Council on Archives, EASTICA)の共催により、EASTICA第14回総会及びセミナーは2019年11月25日(月)から27日(水)にかけて、東京で開催された。日本での開催は、2015年の福岡以来であり、日本がEASTICA総会及びセミナーのホスト国を務めるのは5度目となる。
 今回の会合は「アーカイブズのこれから ― 膨張する多様な記録にどう向き合うか(Archives Today and Tomorrow: Prospering as a Diversity of Records Dramatically Increase)」をテーマとした。会合には、国内外からアーカイブズ関係者や行政機関職員等が参加し、全体で7か国(日本、中国、韓国、モンゴル、タイ、フランス、アメリカ)2地域(香港、マカオ)から計167名と、これまで日本で開催したEASTICA総会及びセミナーとして最大規模の会合となった。
 一連の日程は25日の理事会から始まり、続いて26日午前に総会、26日午後及び27日午前にわたりセミナーが行われた。また、26日の国立公文書館主催による夕食会では来賓として、北村誠吾内閣府特命担当大臣より挨拶があったほか、27日午後は海外からの参加者を中心に約70名が、類縁機関への視察として、すみだ北斎美術館及び印刷博物館を訪問した。プログラムの詳細や講演・報告等の内容については、参加者に配布した資料の一部を当館ホームページで公開[1]しているので参照されたい。本稿では理事会、総会及びセミナーの概要を報告する。

2.EASTICA理事会
 EASTICAの運営執行機関として活動方針を議論する理事会はEASTICAの議長、副議長、理事、事務局長及び会計官で構成され、毎年開催されている。今回の会合では、会計や広報、香港大学と共催の既卒者向けアーカイブズ学講座(通称PCAS)[2]及び今年から試行されている既卒者向けアーキビスト専門教育のディプロマコース(通称PDAS)[3]の実施状況等の報告のほか、翌日の総会の議決事項である次期理事会メンバーの推薦案や、新規EASTICA会員の申請などについて議論された。また、次回EASTICA理事会と総会及びセミナーを2020年に韓国・ソウルで開催することが確認された。

3.開会式及び総会
 11月26日午前に行われた開会式では、参加者同士の再会の喜びや高揚感が漂う中、主催者及びEASTICA議長である加藤丈夫館長及び来賓の別府充彦内閣府審議官より挨拶があった。
 続いて行われた総会では、今後4年間のEASTICAの運営体制のほか、新規C会員[4]として中国の福建省档案館及び人民大学信息学院が加わることが承認された。また、EASTICA特別顧問のサイモン・チュー氏が、東アジア地域における専門人材養成及びEASTICAでの長年にわたる多大な貢献により名誉会員に叙され、議長より記念の楯が贈られた。最後に決議書が採択された。

開会式で挨拶する加藤丈夫国立公文書館長

開会式で挨拶する加藤丈夫国立公文書館長

総会の様子

総会の様子




今総会で決定した2019年-2023年のEASTICA運営体制

今総会で決定した2019年-2023年のEASTICA運営体制

4.セミナーの概要
 セミナーでは3つのセッションが展開された。
 飛躍的な技術刷新が続く昨今、記録情報管理分野におけるデジタル技術の可能性と課題はEASTICAでも幾度となく議論されているテーマであるが、今回は、デジタル技術や生み出される記録/情報そのものではなく、それを扱うアーカイブズ機関及びアーキビストの在り方に焦点を当てることとした。これは、ビッグデータやSNSなどの出現による、扱う記録の変化、クラウドサービスやブロックチェーンといった記録を扱うツールの変化、そしてそれらによるユーザーの変化により、多様かつ膨大、そしてすさまじいスピードで生み出される記録/情報と、日々進化し続けるデジタル技術に、我々はどう向き合うのかという問題意識によるものである。
 かかる問題意識を踏まえ、セッション1では、絶えず変化するアーカイブズの現場におけるデジタル技術の活用に関する最前線の取組や議論について紹介する講演を、セッション2では、これからのアーカイブズやアーキビストの在り方を示唆する取組についての講演やパネルディスカッションを設定した。そして、セッション3では、参加各国・地域が今会合のテーマに沿った報告を行った。

アンセア・セレス事務総長(ICA)

アンセア・セレス事務総長(ICA)

4.1 セッション1:「アーカイブズの変わりゆく現場」
(1)アンセア・セレス(Anthea Seles)ICA事務総長「すばらしい新世界:AIとアーカイブズ」
 人間の能力では処理しきれない膨大な記録が生み出され、政府の政策決定や記録保存において情報の自動処理化が不可欠となった現状において、AI(人工知能)による出力の影響や機械と人間の関係等を論じた。
 まず、政府の政策決定における膨大な記録の処理及び評価選別の過程で、機密情報の特定に際して機械の利用が進む中、記録の作成、作成された記録の管理及び利用の各段階において、機械を過信することにより生じうる課題及びそれに直面するアーキビストに求められる資質が述べられた。
 続いて、AIや機械学習を利用した、政府の意思決定に関する記録やデータの作成及び保存に際し、アーキビストはそれらの証拠的価値を保つための助言を政府に行える能力とスキルを備え、また技術を用いる対象やその方法に関する倫理的課題に対処する方法を理解する必要を指摘した。また、システムの理解不足により生じる結果の信頼性の低下及び歴史的記録を偏らせるリスクに対する許容レベルの判断を要するという指摘もあった。
 その中で、記録管理の機械による情報処理では、特定の情報の抽出は可能である一方、文脈に関する理解の欠如により人の能力が必要とされるため、機械と人間にはそれぞれ長所があり、互いに補うなかでアーキビストの果たすべき役割があるとした。
 最後に、データ利用へのアクセス範囲に関する課題として、機械による情報の無作為な関連付けの拡大に伴い、新たな機密情報が明らかにされる可能性を考慮した、慎重な態度が求められると述べた。
 講演後の質疑応答では、GoogleやFacebookにはできない、アーキビストの専門性とは何かという質問に対して、物事の関連性を理解し、できる限り公正性と公益性を念頭に提供する資料の価値や文脈を説明することができるという、アーキビストの強みを指摘した。

ローレンス・ブリュア首席記録官(NARA)

ローレンス・ブリュア首席記録官(NARA)

(2)ローレンス・ブリュア(Laurence Brewer)米国国立公文書記録管理院(NARA)首席記録官「米国の公文書管理改革 -『デジタルアーカイブズ』のこれからを創る」
 米国連邦政府において現在進行している電子政府化に伴うNARAの記録管理の完全な電子化へ向けた取組、特に連邦政府機関に向けた指針の作成について報告があった。
 NARAでは民間部門とともに技術を利用しながら記録管理の任務を行うが、情報の自動処理過程における透明性を確保できるよう、政府の他機関と広く連携しつつ記録管理の完全な電子化に向けた方針を作成したことを紹介した。
 目標を念頭に置きながらプロジェクトを遂行するために必要となる明確なターゲットの設定は、近すぎればすぐに達成されてしまい、遠すぎれば忘れられてしまう。このためNARAでは電子政府化の転換に向け、行政予算管理局(Office of Management and Budget, OMB)と共同で2019年~2022年までに7つのターゲット [5]を設定した。この中には、2019年までに各機関は全ての永久保存記録を電子フォーマットにより管理することや、2023年以降NARAは電子記録のみ移管を受け入れることが含まれる。方針に基づいて一連のターゲットやガイドラインを策定する過程において、人事や予算を所管するOMBや米連邦政府人事管理局(Office of Personnel Management, OPM)と連携することで、NARAの改革計画が全連邦組織のイニシアティブへと適用され効力を得たことを報告した。
 また、講演後の質疑にて講師から、電子化は働き方の管理変革であり、時間を要しても、行政現場の文化が変われば記録管理のスタイルも変わることが自然と受け入れられるようになるだろうとの示唆があった。

高野明彦教授(国立情報学研究所)

高野明彦教授(国立情報学研究所)

4.2 セッション2:「アーカイブズのこれからを考える」
 高野明彦 国立情報学研究所教授「デジタル技術によるアーカイブズの開き方~ “Japan Search“が目指す世界~」
 デジタル時代に求められる、信頼できる情報を、わかりやすく、探しやすい状態で提供するための要点の説明及びこうした要求に応える新たなサービスとしての連想検索を紹介した。
 連想検索は、ある文書中に現れる単語の頻度に加えて、単語同士の関連を含めたパッケージとして検索することで、単語だけでなく単語同士のつながり、概念での検索を可能とするツールである。連想検索は文書のコンテンツを検索対象とするため、統一的なメタデータを必要とせず、独立したデータベース間の検索に特に役立つという。検索機能の対象範囲を広げる一方で、あくまで中立の立場からサービスを実現する姿勢として、検索の場はそれ自身のコレクションを持たず、情報交換の場に留まるとする内容であった。
 関連して、内閣府知的財産戦略本部が推進するデジタルアーカイブ・ジャパンプロジェクトの下で2019年2月にベータ版が公開された、国内の多様なデジタル情報のメタデータを収集し、一元的に提供するサービス「Japan Search」を紹介した。国立国会図書館や国立公文書館を含め現在20機関以上が参加する同プロジェクトでは、情報提供サービスを構築し、各機関のコレクションのメタデータを収集し、世界に向けて公開していく予定とのことである。
 また、講演後の質疑応答を通じて、情報源が変われば連想結果も変わるため、長期的な利用には安定的で信頼できる情報源が必要であり、多様な情報源を動的連携させるハブを用いることがカギであるとした。

杉本重雄 筑波大学名誉教授

杉本重雄 筑波大学名誉教授

4.3.パネルディスカッション
 パネルディスカッションでは、パネリストに上記講演の講師3名を、モデレータに筑波大学の杉本重雄名誉教授・特命教授を迎え、電子化が進む環境で必要とされる人材の養成等について議論がなされた。
 セレス氏から、英国では人材養成においてアーカイブズの分野に限らず専門家を必要としており、学生に対する研修を実施することで雇用へつなげる試みが紹介された一方、ブリュア氏からは、多様な連邦機関の職員に対して単一の実践的な解決策を提示できないという、職員の育成に関する課題が報告された。高野氏からは、日本ではITやコンピュータ科学の専門家をプロジェクト単位で雇用している例もあるが、これは例外的なケースであると指摘があった。
 これらを受け、杉本氏からは、実際的、実用的な点に重きを置くAIやデータサイエンスといった「技術」と、従来の記録管理、アーカイブズに見られる「慣習・伝統」という2つの側面の間にはまだ距離があるようだとのコメントがあった。このほか、アーカイブズ専門分野での人材育成については、学生自身が新しい電子環境について学習する必要を以前よりも強く感じており、そうした関心を持つ職員が増えた結果、NARAではデータの長期保存に関する現場の政策や指示を読むだけでなく、広い視野を持ち情報技術の担当者と直接コミュニケーションをとるように変化してきたことが報告された。他方で、米国や欧州諸国の現場ですでに働いている職員に対しては、電子環境への適応に向けた学ぶ機会の不足が指摘された。セレス氏からは、こうした職員育成の課題の解決には抜本的改善が重要であり、指導者は予算配分の段階から人材育成を含めた電子記録管理への移行を優先事項とすることが必要であるとの指摘があった。

セミナー会場の様子

セミナー会場の様子

4.4.セッション3:国・地域別報告
 EASTICAに加盟する国及び地域の状況や最新の取組について、参加した日本、中国、韓国、モンゴル、香港、マカオによる報告及び意見交換が行われた。
 各報告では、電子的な行政文書管理の対応へ向けた国・地域レベルでの取組が紹介され、その中で電子文書管理に関連する専門分野のほか、EASTICAメンバー内での技術や政策における連携の例も多く紹介された。また、デジタル時代に対応するアーキビストの養成に関する複数の報告もみられた。

5.おわりに
 一連の発表や議論を通じて、デジタル技術により膨張する多様な記録への向き合い方は試行錯誤の途上であり、また各国・地域が共通の課題に苦心していることが分かった。これらの課題はアーカイブズ機関の中だけで解決できる話ではなく、国内だけで解決できるものでもない。セミナーを通じて、IT、コンピュータ・サイエンス等電子文書管理に係る専門分野との連携や、各国・地域のアーカイブズ関係機関の相互連携がますます求められることが、EASTICA会員をはじめ関係者間で改めて共有できたという点で、実りの多い議論であったと思う。今回のEASTICAセミナーでは東アジア各国から80名を超える参加者があり、セミナーや視察、夕食会等のプログラムを通じて、アーキビスト同士が直接に交流を深める機会となった。当館としても引き続きこのような国際的な公文書館活動の機会を捉え、情報発信や連携強化に努めていきたい。

[註]
[1]https://www.archives.go.jp/about/activity/international/20191125_27.html
[2]既卒者向けアーカイブズ学講座(Postgraduate Certificate in Archival Studies, PCAS)。詳細はhttp://hkuspace.hku.hk/prog/postgrad-cert-in-archival-studies(2020年1月14日アクセス)を参照。なお、プログラムの詳細は長岡智子「香港大学既卒者向けアーカイブズ学講座に参加して」でも紹介されている(『アーカイブズ』第64号所収。https://www.archives.go.jp/publication/archives/no064/6099(2020年1月14日アクセス)を参照。
[3]既卒者向けアーキビスト専門教育のディプロマコース(Postgraduate Diploma in Archival Studies, PDAS)。詳細はhttps://hkuspace.hku.hk/prog/postgrad-dip-in-archival-studies (2020年1月14日アクセス)を参照。
[4]EASTICAの会員は以下の5種のカテゴリーに分類される。カテゴリーA:国家あるいは地域の公文書館機構。カテゴリーB:国家あるいは地域のアーキビスト協会。カテゴリーC:記録の管理・保存にかかわる機関やアーキビストの専門的教育機関。カテゴリーD:個人会員(アーカイブズ機関またはアーキビストを教育する機関の現職スタッフもしくはスタッフであった者)。カテゴリーE:名誉会員。アーカイブズ分野において特に貢献のあった東アジアの者で理事会により選出された者。
[5]①「各機関は全ての永久保存電子記録を電子フォーマットにより管理する。」(2019年)、②「NARAは記録管理規則及びガイダンスを改定し、記録保存の完全な電子化をサポートする。」(2020年)、③「政府人事管理局(OPM)はアーカイブズ及び記録管理に関わる職員の職位分類基準を改定し、電子記録管理の責任と能力をこれに含める。」(同年)、④「連邦機関は全ての永久保存記録を適切なメタデータとともに電子フォーマットで管理する。」(2022年)、⑤「NARAはアナログ・フォーマットによる永久または一時保存記録の移管の受入れを終了し、適切なメタデータを含む記録を電子フォーマットでのみ受入れる。」(同年)、⑥「全ての機関は各自で運営する記録保管施設を閉鎖し、長期にわたり利用のない一時保存記録を連邦のレコードセンターまたは民間の記録保管施設に移管しなければならない。」(同年)、⑦「連邦機関は全ての一時保存記録を電子フォーマットで管理するか、民間の記録保管施設で保管する。」(同年)の7つ。詳細はhttps://www.archives.go.jp/about/activity/international/pdf/20191125_27_04.pdf(当日の配布資料)を参照。