2018年EASTICA理事会及びセミナー「シルクロード記録遺産:保護とアクセス向上」参加報告

国立公文書館 総務課企画法規係長 長谷川 貴志
同 統括公文書専門官室 公文書専門員 長岡 智子

1.はじめに

 2018年11月5日(月)から8日(木)まで、中国福建省福州において、国際公文書館会議東アジア地域支部(EASTICA)の理事会及びセミナーが開催された。今回は「シルクロード記録遺産:保護とアクセス向上」をテーマに、EASTICA・中国国家档案局・福建省档案局が共催し、EASTICA加盟国である日本、中国、韓国、モンゴル、香港、マカオの4カ国2地域等から、約150名が参加した[1]。
 日本からは、現在EASTICA議長を務める当館の加藤丈夫館長他2名が出席した他、西村陽子東洋大学文学部准教授がセミナーの講演者として参加した。また、EASTICA域内外から、ユネスコ関係者も多数出席していた。
 以下、理事会、セミナー及び視察の概要について報告する。

EASTICA理事会記念写真

EASTICA理事会記念写真

2.EASTICA理事会

 初日の11月5日午後に理事会が開催された。今回で30回目を数える理事会は、前年の総会で選任されたイ・サンミン新事務局長の司会で進行した。主な議題は1年間の活動及び会計報告、次期活動計画、会員の新規加入等で、次回の第14回総会及びセミナーを2019年11月に東京で開催することも承認された。また、今回から、サイモン・チュー前EASTICA事務局長とサラ・チョイ香港立法会档案館チーフ・アーキビストが、アーカイブズ専門職の能力向上に関する特別アドバイザーとして理事会に加わることとなり、両氏から香港大学既卒者向けアーカイブズ学講座の昨年度開催実績と今後の展望につき詳細な報告がなされた。

3.セミナー概要

開会式の様子

開会式の様子

 11月6日の朝からセミナー開会式が行われ、李明華中国国家档案局長と梁建勇福建省党委員会常務委員兼秘書長による主催者挨拶、加藤館長によるEASTICA議長の挨拶に続き、ユネスコ「世界の記憶」福建知識センターの設立式が開かれ、ユネスコ「世界の記憶」国際諮問委員会のパパ・モアール・ディオプ副議長とロータル・ヨルダン同委員会教育研究小委員会議長、李中国国家档案局長、卓兆水福建省档案局長の4人が覚書に署名した。
 開会式に続いてイ・サンミン事務局長からEASTICA会員に向けた活動報告があり、その後、6日の午後から7日にかけて、セミナーセッションが次のようなプログラムで進められた。

 セッション1及びセッション3では、シルクロード研究や歴史学等の専門家によるシルクロード関連資料の紹介と、その活用方法に関する事例報告、並びに、「世界の記憶」を初めとするユネスコの文化財保存プログラムの紹介や、それらの枠組を利用してEASTICA加盟国を含むアジア太平洋地域諸国の連携によりシルクロード研究を発展させていくための提案等が行われた。
 上記のうち、いくつかの内容を簡単に紹介する。

3.1 セッション報告

西村陽子氏

西村陽子氏

3.1.1 「『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブの構築とシルクロード遺跡の再発見」西村陽子氏(東洋大学)
 東洋大学文学部准教授の西村陽子氏から、日本におけるシルクロード研究の基盤整備の紹介として、東洋大学・公益財団法人東洋文庫・国立情報学研究所の共同研究として進められている「ディジタル・シルクロード・プロジェクト『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ」の概要と、同アーカイブの古地図を用いてシルクロード遺跡の再発見に至った研究の発展過程について報告がなされ、先進技術と多様な資料の複合的利用による、シルクロード研究の基盤構築への取組が示された。以下に概要をまとめる。
 ディジタル・シルクロード・プロジェクトは2001年に国立情報学研究所とユネスコの協力により、情報学と人文学の協働に基づくシルクロード研究と文化遺産保存の進展を目指して開始された。その中核となる「『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ(以下、「東洋文庫アーカイブ」という)」は、同文庫所蔵のシルクロード探検隊報告書や古地図・古写真等の貴重書245冊、72,591ページを全てデジタル化し、オンラインで閲覧できるようにしたデータベースである。
 本研究では東洋文庫アーカイブで公開された古地図をGoogle Earthの高解像度衛星画像と重ね合わせて地図の精度評価を行い、誤差とその原因を解明し、合理的な補正を加えることに成功して、古地図を信頼に足る基礎資料として使用することが可能となった。さらに、20世紀初頭に盛んに行われたシルクロード調査の報告書に記載された遺跡の多くについて、位置が特定できず「所在不明」になっている問題を、デジタル化した古地図を用いて克服しようと試みた。異なる探検隊が作成した複数の地図の特徴を読み解き、古写真や平面図、現代の衛星画像や現地写真等の空間画像史料を複合的に用いることで、多くの遺跡の「再発見」に繋がった。
 このように地図・写真・文字記録・遺物等、多様な資料の検討結果をリンクさせ、従来の文書資料のテキスト批判だけでは解明できなかった問題に対する解決の糸口が開かれると考えられる。本プロジェクトでは、地図を介して様々な資料を集積し、新旧の多数の調査結果を結びつける学術基盤として「シルクロード遺跡データベース」の構築を進めており、今後ともシルクロード研究の発展に資することを目指している[2]。

3.1.2 「海洋シルクロード記録遺産の研究とアクセス―福建省の僑批記録の場合」馬俊凡氏(福建省档案局)
 福建省档案局副局長(档案館副館長)の馬俊凡氏から、同館の所蔵資料でユネスコ「世界の記憶」に登録されている「僑批(Qiaopi)」について報告がなされた。概要は以下の通り。
 「僑批」は華僑から本籍地の家族親類へ送金した際の記録と通信の総称で、「銀信」とも呼ばれる(「批」は福建地方の言葉で「手紙」を意味する)。僑批は主に福建と広東に多く残されており、古くは1780年代、清の乾隆帝時代から、海外送金の管理が中国銀行に一本化された1970年代まで、作成時期がおよそ200年という長期にわたる。
 一般的な僑批は、封筒と封入物(銀行為替手形や通信文等)で構成されている。封筒の表面には送り主と受取人の住所氏名、送金額が記され、物品が同封されている時はその内容も封筒に記載されている。多くの場合、封筒の裏面に各国の郵便取扱局の印章が押され、印紙や切手が貼られているが、宛先が氏名だけで住所が書かれていない場合もある。

福建省档案館の僑批展示風景

福建省档案館の僑批展示風景

 多くの華僑が福建や広東から東南アジア等へ渡っており、彼らの送金目的はいうまでもなく本国の家族や親類を支えることであった。同時に、海外で富を築いた華僑が、出身地の教育、医療施設等の建設のために寄付をした記録も多数見られる。在外華人と故郷との精神的、経済的繋がりや情報伝達の様子を示す僑批は、出身地と移住先の両方の土地の、政治・経済・文化・社会・生活・民族等の状況を映した、移民史研究におけるすぐれた一次資料で、家族史・経済史・社会史・郵便史・海外運輸交通史・移住先各国の歴史文化等の研究を行う上でも、貴重な資料といえる。
 2013年に「僑批・銀信:海外華人からの書簡と送金記録」としてユネスコ「世界の記憶」に登録され、福建省档案館では展示の他、ウェブサイト上の画像提供、研究会や出版等の形で資料の活用を図っている。今般開設されることとなったユネスコ「世界の記憶」知識センターを通じて、僑批を用いた研究教育をさらに活発に進めていく計画である。

3.2 国・地域別報告

 セッション2の国・地域別報告では、日本、中国、韓国、モンゴル、香港、マカオの各国・地域から報告が行われた。

長谷川企画法規係長

長谷川企画法規係長

3.2.1 日本「資料の保護とアクセス向上―国立公文書館の取組」
 2018年のEASTICA国・地域別報告のテーマが「シルクロード記録遺産:保護とアクセス向上」であったことを踏まえ、当館からは「資料の保護とアクセス向上-国立公文書館の取組」と題して報告した。
 まず、シルクロードと日本の関係を概観し、シルクロードで発展した文化が、古代日本文化に大きな影響を与えており、シルクロードから日本に伝来してきた文物の代表的事例として、正倉院宝庫に収蔵されている宝物(白瑠璃碗、五絃琵琶など)を紹介した。また、古代日本からシルクロード(主に中国大陸)を目指し、唐の先進文物・制度を輸入することを目的とした遣唐使について、李白や王維などの唐詩人との交流があった阿倍仲麻呂と、2004年に西安で墓誌が発見された井真成について併せて紹介した。
 次に、当館の資料の保護とアクセス向上の取組として、当館所蔵のシルクロード関係資料として「西遊記」「全相平話」があり、こうした資料が江戸時代に収集され、紅葉山文庫に収められたことで現在の当館の源流を築いていること、また、こうした資料は現在デジタル化を積極的に進め、当館所蔵資料のうち約25万冊(当館所蔵資料の17%に相当、2018年3月時点)を、当館デジタルアーカイブで公開していることを紹介した。
 最後に、近年の当館の取組として、国の機関、独立行政法人、地方公共団体、民間に所在する歴史公文書等の散逸を防ぐ目的等から、歴史公文書等の所在把握を進めており、今後インターネットを通じて、一体的に提供できるシステムの構築・提供を予定していることを述べた。

3.2.2 その他の国・地域からの報告
 日本以外の各国・地域からは次のようなタイトルで報告が行われた。

 それぞれの館が所蔵するシルクロード関連資料を紹介し、東アジア各地に伝わる資料の所在状況に関する情報共有が図られた。また、韓国は、複数年にわたって実施中の業務刷新プロジェクトについて報告した。

4.福建省档案館視察

福建省档案館外観

福建省档案館外観

 11月8日午前、福建省档案館を視察した。福建省档案館は、1959年に設立し、福建省福州市の郊外に位置している。所蔵資料では、明清代以来の福建省の政治、経済、文化がわかる歴史的な資料を約80万冊(巻)所蔵し、2012年には新館がオープンした[3]。今回の視察では、ユネスコ「世界の記憶」福建知識センターの設立に伴い開催されたシルクロード関係・僑批関係の展示会観覧、館内施設見学を行った。
 展示会では、一般の展示来館者でも展示内容が理解しやすいような工夫(デジタルサイネージ等)がなされており、年齢層を問わず楽しむことができる展示設計となっていた。
 また、閲覧室と修復室を見学した。閲覧室では資料の出納作業を効率的に行えるような、搬送設備を設置しており、修復室では大判資料の修復も十分に行えるスペースや機材を整備していた。そのほか、今回は見学できなかったが、同館の書庫は温湿度管理、セキュリティ管理等を行っており、書庫面積は1.4万㎡ということであった。

5.おわりに

 今回のEASTICAセミナーは、シルクロードを中心テーマに据え、ユネスコ「世界の記憶」プログラムとの協力関係を念頭においた、従来とかなり色彩の異なる企画で、EASTICAの域外あるいはアーカイブズ関係機関以外から招いた発表者も多く、新鮮な印象が残った。また、今回の会議を振り返ると、運営の観点で、学生ボランティアの活用や、メディア・SNSを用いた積極的な情報発信など参考となる取組もあった。
 こうした優良事例を踏まえつつ、当館では次期ホスト国として準備を進め[4]、EASTICAの目的である東アジア各国アーカイブズ機関の情報や知識、経験、技術等の共有・交流を図る場となるよう、最善を尽くしていきたい。


[1]EASTICA加盟国のうち、朝鮮民主主義人民共和国からの参加はなかった。
[2]詳しくは、西村陽子「Google Earthで遺跡をさがす―シルクロード探検隊の報告と現状―」東洋大学Web体験授業(http://www.toyo.ac.jp/nyushi/column/video-lecture/20180404_01.html)、西村陽子他「Google Earthを利用したシルクロード古地図の解析」(人文科学とコンピュータシンポジウム じんもんこん2007、pp.155-162、2007年12月、http://agora.ex.nii.ac.jp/~kitamoto/research/publications/nok:jm07.html.ja)、西村他「スタイン地図とGoogle Earthを用いた名寄せと場寄せに基づくシルクロード探検隊遺跡の解明」(じんもんこん2010、pp.255-262、2010年12月、http://agora.ex.nii.ac.jp/~kitamoto/research/publications/nk:jm10.html.ja)、西村他「地図史料批判に基づくするクロード都市遺跡・高昌古城の遺構同定」(じんもんこん2014、pp. 43-50、2014年12月、http://agora.ex.nii.ac.jp/~kitamoto/research/publications/jm14b.html.ja)等を参照のこと。(各ページへの最終アクセスは、2019年2月21日。以下、同。)
[3]福建省档案局ホームページhttp://www.fj-archives.org.cn、同档案館の紹介はhttp://www.fj-archives.org.cn/dazw/jggk/jgjj/201709/t20170909_27952.htm(いずれも中国語のみ)。
[4]第14回EASTICA総会及びセミナーは、2019年11月25日(月)から27日(水)まで、東京で開催される予定。