(巻頭エッセイ)文書管理の専門性について

国立公文書館
理事 福井 仁史

あちこちに書き込みがあってよく読まれていたようです。

あちこちに書き込みがあってよく読まれていたようです。

 当館デジタルアーカイブを利用していたら、旧昌平坂学問所蔵の「第五才子書水滸伝」がありました(右写真)。全国からあつまってきていた昌平坂の俊才たちがどんな顔をして水滸伝を読んでいたのか気になりますが、「水滸伝」はアウトローの物語ですから、公文書偽造も行われています。
   好漢・宋江が江州で反乱罪をでっち上げられて捕まりました。江州府の知事は蔡九といい、梁山泊の敵、丞相・蔡京の息子です。蔡九が宋江を捕らえた旨、都に報告書を送りますと、すぐに折り返し父である丞相・蔡京から、「宋江を都・開封まで護送してくるように」という手紙が送られてきました。
   蔡九知事が父の指示どおり護送の手はずを整えていると、黄文炳という元役人が訪ねて来ました。黄は、予定より早く指示が来たと聞いて首をひねります。
      「少し気になりますので、お手紙を見せていただけませんでしょうか?」
      「父上の字に間違いないと思うが・・・。」
   黄文炳は、その手紙ではなく、封書にじっと見入っていましたが、やがて、
揺着頭道、這封書不是真的。
―――かぶりを振って、言った。「この封書は偽物でございますな。」と。
   その理由は、封書に押してある印鑑に「翰林学士・蔡京」と彫られていることです。文字は見事に真似ていますが、印鑑の中で既に丞相となっている蔡京が今更前職の翰林学士の名義を使うはずがないこと、自らの子に対して本名である「京」を名乗ることもありえない(上司や尊属に対してしか用いません)ことを指摘したのです。
   「この手紙を持ってきた使者に、いきさつを訊いてみましょう・・・。」ということで、梁山泊側の工作は見破られてしまいました。彼らはこの偽の命令書で宋江を都に護送させ、その途中を襲撃して救出しようと計ったのですが、みごとに文書の専門家である黄文炳に偽造を見破られてしまったのです。さて、宋江の運命は如何にーーー。
   昨今、文書をめぐっていろんな問題が起こっています。背景には、我が国の「腹でわかって水に流す」伝統や明治以来の「行政庁法理」が、行政の透明性、国民との情報共有、デジタル化・電子化の進展の世界水準に追いついていないことがあるのでしょう。さらにその根っこには文書管理についての専門性の欠如した行政文化があります。公文書管理の専門機関である我々が、諸活動を通じてその文化を変えていく働きをしなければならないのだろう、と考えています。