審査基準のあり方と課題―平成28年度アーカイブズ研修Ⅱグループ討論3班報告

外務省大臣官房総務課
外交史料館 根本 千明

1 はじめに

   本編は、平成28年度アーカイブズ研修Ⅱのグループ討論における第3班の討論内容を要約したものである。
   第3班では現状報告・課題抽出から「審査基準のあり方と課題」というテーマを設定し、そこから担当者が審査を行う上での拠り所を整備し、利用制限情報を判断する上での妥当性、整合性、客観性等を確保するための取組について討論を行った。その結果、組織内での経験知の蓄積や意識統一の必要性、審査担当者のスキル向上、移管元機関との信頼関係の構築、利用者対応など実に幅広い取組が挙げられた。
   なお、第3班は審査担当者以外も含めた歴史資料の公開に携わるメンバーから構成された。氏名及び役割分担は次の通りである。(名前順、敬称略、所属は研修当時のものである。)

入江康太(岐阜県歴史資料館)、荻野夏木(国立公文書館:発表)、篠崎佑太(宮内公文書館:書記)、中村修(藤沢市文書館:書記)、根本千明(外務省外交史料館)、松田憲子(奈良県立図書情報館)、三浦豊(広島県立文書館:司会)、山縣大樹(福岡共同公文書館:発表)、吉嶺昭(沖縄県公文書館:書記)

2 課題の抽出とテーマの再設定

3班グループ討論の様子(1)

3班グループ討論の様子(1)

   まず第3班では当初与えられたテーマ「審査基準にもとづく判断」をもとに各組織の審査基準や審査体制などについて現状報告を行い、課題を抽出することから始めた。
   審査基準については規程、条例、要綱、内規などの違いはあるものの、概ねどの組織でも国立公文書館が公開している審査基準に準拠したものが設けられている。しかしその一方で、審査担当者は様々な課題を抱えながら作業に従事していることが明らかになった。(なお、藤沢市文書館では、所蔵する永年保存文書についても、利用については藤沢市の情報公開条例に基づく開示請求を要する。)

2-1 現状報告と課題の抽出

(1)時の経過或いは利用制限の目安期間を過ぎたファイルの公開
   過去の利用決定等の際に利用制限がかけられたもので、さらに時が経過したものや審査基準にある目安期間を過ぎたものについては、その時点で一律に公開する、再度請求がかかった時点で基準に照らし合わせて判断するなど、組織毎に対応は異なっていた。一定の期間を過ぎることで判断は変わりうる、という認識はどの組織でも共通して持っていたが、再度審査を行う際に過去の判断の根拠が参照できるよう、組織毎の事例の蓄積が必要であり、その継続性が課題とされた。

(2)公の情報か否か
   公にされている情報、例えば刊行物等への掲載だけでなく、過去の慣例として法施行以前から公にされている情報や、所蔵先による同様の資料の公開非公開の違い、媒体による公開非公開の違いなどがある場合に、利用制限情報の有無の判断は難しいところだとされた。またそれらをどこまで調査すべきなのか、という点は次の審査体制にも係る課題とされた。

(3)審査体制
   少人数体制による審査では判断の客観性が保てているのか、という課題が挙げられた。最終的な利用制限の有無の判断には各組織内での協議や決裁を経ているものの、最初の審査担当による判断に拠るところも大きい。
   時の経過や他組織による解釈・判断の違いとは別に、同じ組織で同じ時期に行われる同じ文書や類似史料の審査結果には整合性を持たせるべきであるという認識を持つ一方で、限られた人員と時間内でどこまで利用制限の妥当性や整合性を保証できるのか、という点も課題とされた。
   また人の異動や雇用体制の脆弱性によって経験知の蓄積ができない、審査内容に不整合が生じるなどの課題が挙げられる一方で、審査には新しい視点も必要なのでは、という意見も出された。

(4)文書を作成した移管元機関以外による審査
   審査において移管元機関からの意見を参酌するか否かは組織毎の規定等にもよって異なるが、確認を要する場合、主に行政側と公文書館側の温度差、つまり特定歴史公文書等として過去の行政文書を残す意義や情報公開法との違いに対する認識の差があるという。特に資料内容の理解が困難であり公文書館側のみでは判断しかねる場合や、移管元機関が付した意見とは異なる決定を行う場合、このような点も審査時の課題の一つとしてあげられた。

(5)利用請求における利用者対応と利用者の視点
   利用請求の受付から審査結果の通知に至るまで組織毎に対応は多種多様であるが、特に審査担当者が窓口対応を行う組織では、レファレンス強化も課題とされた。各組織の規定に基づく特別利用とは別に、個々人の利用目的に応じた審査というものは行われていない。仮に個々人の目的に沿った審査に応じれば、客観的な判断と整合性という点で矛盾するだけでなく、公開されたものをつきあわせることで利用制限情報が特定される可能性がある。
   その一方で、討論に参加した審査担当者は利用者によって必要な情報が異なるということを理解すると同時に、特に個人や地域と結びつきが強いものであれば、その先に利用制限の有無の判断を納得してもらえるのか、というジレンマを抱えている。

2-2 テーマの再設定「審査基準のあり方と課題」

   討論からは、利用制限情報に該当するか否かを判断することは単純作業ではないということ、また審査を複雑にする要因には審査基準の有無だけでなく資料毎の特性や審査体制、移管元機関との関係なども影響していることが伺われた。またそれぞれの要因において、上記では妥当性や整合性などの言葉を使用したが、討論時には「判断のぶれ」というキーワードが繰り返し現れた。
   以上から、「判断のぶれ」を出さないよう工夫することを共通課題として、第3班では再度「審査基準のあり方と課題」をテーマに設定し、討論を進めた。

2-3 「審査基準のあり方」

3班グループ討論の様子(2)

3班グループ討論の様子(2)

   討論の内容から、「審査基準のあり方」とは主に審査時の1つの根拠のためのもの、そして説明責任のためのもの、という2点にまとめることができた。
   審査基準は組織が定めたものとしてそれに基づいて判断する必要はあるが、一概に基準通りにならない。また、審査基準というものは即座に変更されるものではなく長い蓄積と社会情勢の変化を要する。そのため各組織の審査担当者は現行の基準を拠り所にしながらも、実際には審査基準と資料毎の性質や内容、組織での慣例との往復を繰り返しながら、利用制限情報の有無の妥当性を判断していく必要があるという。
   討論の途中、第3班では各組織が準拠している国立公文書館の審査基準がどのように制定されたのか、というところに論点が及んだ。それについて参加者の1人が持参した論考[1]によれば、現在の公文書管理法制定以前から国立公文書館における運用を踏まえた、というものであった。ここからも、組織毎の審査事例の蓄積を重ねていくことが今後も必要であり、また審査基準は審査時の参考にするだけでなく、利用者の参考にもなるという点で、基準に基づいて判断することが説明責任につながる、と班内でまとめられた。

2-4 「判断のぶれ」とは

   発表当日、第3班の討論内容に対して他班から、何をもって判断がぶれているとするのか、という問題定義がなされた。班内での討論内容をまとめると、審査とは資料を所蔵する組織の、その組織が策定した基準に基づき、ある時点における解釈及び判断、ということができる。この解釈・判断というのも、時の経過や組織によってその判断も変わり得る。仮に公開されたものを付き合わせることで審査結果に齟齬が生じているように思われても、妥当な判断のもとに公開されたものであれば、一概に判断がぶれていると言うことはできない。
   班内でもこのような共通認識を持つ一方で、なぜ「判断のぶれ」を課題に設定したかを改めて考えると、審査担当者を支える体制を今後整備していくことが、結果として利用制限情報を判断する上での妥当性、整合性、客観性を確保することにつながる、という意識を班員は持ち合わせていたということができる。
   以上から、組織内での事例の蓄積や意識統一、審査担当者のスキルの向上を図ることが今後も必要であり、そのために挙げられた取組について次にまとめた。

3 今後必要とされる取組等

(1)複数人でのチェック体制・協議する体制
   現在少人数での審査を行っている組織では、組織内での整合性、意識統一を図るためにも複数人によるチェック体制が必要だとされた。また審査担当者が該当の資料だけでなく内容や年度の近い他の資料をも参照するという手法なども挙げられた。

(2)判断の共有化
   既に過去の審査事例を共有するためにデータベースの構築を始めている組織もあるが、比較的蓄積は浅く、また審査担当者による自発的かつ個々人での作業によって支えられているのが現状である。今後この作業を継続させていくことが、妥当な判断を行う上での参考になるだけでなく、審査担当者のスキル向上と組織として経験知を蓄積するための解決策としてあげられた。

(3)審査担当者のスキル向上
   現在でも情報公開・個人情報保護審査会答申は参考にされているが、それだけではなく、国立公文書館の事例など、他組織の情報を共有できる手段が必要ではないかという意見も出された。各組織での事例の蓄積だけでなく、審査時の解釈の幅が狭くならないよう、外の動向を常に把握しておくことも必要だとした。
   また情報公開法制に関する研修への参加や、実際の審査を想定した研修会の開催なども、審査担当の経験知や調査スキルの向上、審査担当者同士の横のつながりの強化、審査動向の把握などに有効な手段として挙げられた。また研修後は、各自の所属先にて報告会、勉強会を開催することで組織内でも情報を共有し、組織として共通認識を持つことが重要だとされた。

(4)移管元機関との関係構築及び利用者対応
   移管元機関及び公文書館が互いを理解し信頼関係を構築することが、審査時の判断を円滑にする上で重要だとされた。その具体策については今後の課題とされたが、公文書館側の行政文書等に対する知識の必要性、という部分ではより専門に特化したアーキビストが必要なのではないか、という職能の部分にも言及が及んだ。
利用者サービスの向上とレファレンス強化という点では、やはり事前審査が有効だという点も班内で再認識された。
   また移管元機関との関係構築及び利用者対応という両方の点について、公文書館業務に対する認知度を広めていくことが今後必要である、という見解も出された。

3班発表風景

3班発表風景

4 むすびにかえて

   討論に参加したことで、原則公開と必要最低限の利用制限、その判断を行う審査という行為が如何に複雑な作業であるかを改めて認識することができた。
   知る権利のための公開と個人・法人等の権利利益を守るための制限、この2つに対して公文書館は責任を負うものであり、公平な審査に努めながらも、社会情勢や地域固有の事情などのより大きなニーズに意識を向けておく必要があるのではないか。

[1]   田中駒子「公文書管理法の施行と国立公文書館の取組」『ジュリスト』1419号,有斐閣,2011年3月