外交史料館所蔵「通信全覧」「続通信全覧」の重要文化財指定について

外務省外交史料館 
外務事務官 日向 玲理

通信全覧

1.はじめに
   平成28年3月11日、文化審議会は、46件の美術工芸品を重要文化財に指定することを文部科学大臣に答申した。その中の「歴史資料の部」に、外交史料館が所蔵する「通信全覧」(320冊)、「続通信全覧」(1784冊)が候補として挙げられた。その理由は、「外交事務を職掌とする機関が編纂した外交文書集の嚆矢であり、幕末期の外交史を研究する上での基本資料として学術価値が高い」と判断されたからである。
   この答申から約5カ月を経た8月17日、当館所蔵の「通信全覧」「続通信全覧」が、文化財保護法(昭和25年法律第214号)第27条第1項の規定により重要文化財に指定された(官報告示 平成28年8月17日付文部科学省告示第116号)。
   そこで本稿では、「通信全覧」「続通信全覧」の概要と重要文化財指定を記念して当館で行われた特別展示について紹介することにしたい。

続通信全覧

2.「通信全覧」「続通信全覧」の概要
   「通信全覧」は、安政6(1859)年と万延元(1860)年の外交文書を徳川幕府が編集したものである。一方、「続通信全覧」は、「通信全覧」の後を受けて、文久元(1861)年から慶應4(1868)年までの編年文書に、修好、貿易などの事項別部門を加えて、外務省が明治7(1874)年から本格的な作業を始め、約10年をかけて完成させたものである。

(1)「通信全覧」
   「通信全覧」は、幕末期の外交交渉の文書を、ほぼ同時期に編纂したものである。それは、徳川幕府が各国との往復書翰や対話筆記、その他草稿類などの文書をもとに、独自の分類方法で再整理し、各国別の編年文書と個別事案ごとに整理し、欠漏文書を補填することで、調査の利便をはかり、交渉を有利に進めることを意図して編纂されたところに特徴がある。最初に、その構成から見ていきたいと思う。

亜国御書翰と英国御書翰

1)「編年之部」
   「編年之部」は、「往復書翰」「対話筆記」の2つを軸として、国別の編年文書から構成されている。これらに見られる編纂上の特徴の一つとして、「亜国御書翰」や「英国御書翰」のように「御」を冠するものがある。それらは、外国掛老中(外国事務宰相)とアメリカやイギリスなどの各国の外交代表または公使との往復文書を編纂したものである。他方、「亜国書翰」や「英国書翰」などのように「御」を冠さないものは、外国奉行などと各国の書記官などとの往復文書を収録したものである。後述するが、この編纂方法は、明治新政府が編纂した「続通信全覧」の「編年之部」と異なっている点において、独自の分類方法であったということができる。

類輯之部

2)「類輯之部」
   「類輯之部」は、当該事案の概要把握に必要不可欠な部分のみを摘録する編纂に基づき編年体に集成したものである。事案ごとに各種の書翰や対話書を織り交ぜながら、一文書の中で不要な部分を「中略」などを用いるとともに、同一内容の書翰を複数国の外交代表に発出する場合、「前同文言」などの表現を用いて重複を避け簡略化している。その目的は、予め重要案件を一件ごとに整理し、個々の事件の経過を容易かつ詳細に追えるよう編纂することにあったといえる。
   しかも、引用の各文書や対話書は、「編年之部」の収録文書と同一の文書番号(写真左上)を付すことで検索が可能となり、さらには、「類輯提要之部」とも密接に関連させるなど利便性を高める工夫が施されている。

類輯提要之部

3)「類輯提要之部」
   「類輯提要之部」は、「類輯之部」でとりあげた事案を、さらにコンパクトに概要を記したもので、「類輯之部」のように関係文書を直接引用せず、その経過を要約することによって、一目で事件の概略をつかめるよう意図して作成されている。
   このように見てくると、「通信全覧」の編纂者たちは、日々増加していく外交関係の事務を効率的に処理するという現実的な課題への対応を模索する中で、十分すぎるほどの検索機能を備えさせた記録を作成したことがわかる。
   外国奉行らが幕閣へ上申した建議からは、外交文書の編纂物を「不朽之典型」と称し、後世における国史の史料としての価値のみならず、実務に資するような機能性を重視して編纂していく姿勢を読み取ることができる。

続通信全覧編進上表

(2)「続通信全覧」
   次に、草創期の外務省が編纂した「続通信全覧」について見ていくことにしたい。

1)「編年之部」
   「編年之部」は、「首巻」「索引」「編年之部」で構成されている。「首巻」は全3冊からなる。その「首巻一」に「続通信全覧編進上表」と題する文書がある。ここには、編纂に際しての苦労が記されており、編纂者たちの編纂に対する気概を伺うことができる。「首巻二」には、「皇洋対照暦」「弘化以降年号改元」「旧幕府中与各国締盟年序」が収められており、読み進めるに当たっての参考書となるものが含まれる。「首巻三」は、「天保以後旧幕府外国事務官吏列名」「同五港奉行列名」「旧幕府外国事務官吏座次班列」が採録されており、膨大な文書群を読む上で不可欠な手引書といえる。
   また、「索引」は全27冊ある。万延2(1861)年から慶応4(1868)年までの各国との往復書翰の目録が掲載されている。
   「編年之部」の収録文書は、外国掛老中と米国公使の往復書翰に限らず各国公使館書記官と外国奉行との往復書翰などを含め、その地位や身分にとらわれず、正確に日付順に編纂されている。この点において、「通信全覧」の「編年之部」が、外国掛老中と外国奉行などの交渉記録を明確に区分けし、両者の「往復書翰」と「対話書」を別個に編纂しているのと大きな相違がある。

2)「類輯之部」
   「類輯之部」の編集方針は、旧幕府編纂の「通信全覧」の「類輯之部」の方針を概ね踏襲している。「類輯」は、安政6(1859)年・万延元(1860)年の2年で事件の解決に至らなかったものに関する文書も再録し、新たな件名の下に再編纂し、当該事件の原因に関する「通信全覧」の記事をも参考に加え、事件の経緯を一貫して把握できるようにし、27に及ぶ最も適切な部門に配列する構造となっている。
   この27門の具体的な名称は、礼典・礼儀・慶弔・修好・官令・規則・法令・警衛・貿易・租税・地処・館舎・傭雇・覊旅・工業・外航・機関・物産・宗教・船艦・貨財・芸学・文書・武器・暴行・訴訟・雑である。このうち、雑門は「将軍太政返上事件」(18冊)、「朝鮮通信事務一件」(6冊)、「小笠原島開拓再興一件」(11冊)など、幕末期の政治・外交上の重要テーマが収録されており、単に「雑」文書をまとめたものではないことに注意しなければならない。

将軍太政返上事件

朝鮮通信事務一件



3)絵図の作成
   「続通信全覧」を読んでいくと、数多くの絵図が挿入されていることに気づかされる。編纂者たちは、「図ニ拠ラサレハ詳カナラサル者ハ図ヲ摹シ載セテ一目瞭然」とさせることや、「地理分明ナラサルモ地図ヲ掲ケ載セテ分野山川村里ノ位置ヲ知ルノ捷径」とすべく挿入したのである。この点から見ると、小笠原島に関する一連の史料の中に多くの絵図が挿入されたのは、幕府派遣の小笠原島調査団が幕閣に報告するに当たり、文書のみでは伝わりにくいことも、絵図を合わせることで一層理解できるよう配慮したものであったことがわかる。このような原図を忠実に縮製・模写する役目を担ったのが、中島政信という人物である。補助役として、浄書も担当していた岡野義之と長谷川与三郎がこれに加わった。

小笠原島真景図所収の絵図



3.「通信全覧」「続通信全覧」のお披露目~特別展示「幕末へのいざない」~
   外交史料館では、「通信全覧」「続通信全覧」の重要文化財指定を記念して、広く国民の皆様にお披露目すべく特別展示「幕末へのいざない」を企画した。本展示は第1部「黒船・開国・激動の幕末」(平成28年7月7日~9月30日)と第2部「西洋との出会い~幕末うぉーく~」(平成28年10月11日~12月27日)という2部構成として開催された。
   第1部の主な展示史料は、「米使ペルリ初テ渡来浦賀栗浜ニ於テ国書進呈一件」、「新見豊前守等米国渡航本条約書交換一件」、「東禅寺英仮公使館兇徒襲撃一件」、「生麦殺傷一件」、「将軍太政返上事件」などであり、いずれも幕末期の政治や外交を考える上で重要な史料であり、読み応えのあるものである。
   第2部では、文字史料に加えて、絵図や地図を多く含む「善福寺米国仮公使館一件」、「高輪接遇所英国仮公使館一件」、「徳川民部大輔欧行一件」、「小笠原島真景図」など、視覚的にも楽しめるような史料を展示した。その概要及び解説については、当館ホームページをご覧いただきたい。

特別展示「幕末へのいざない」展示室風景



おわりに
   筆者は「通信全覧」「続通信全覧」を閲読して、攘夷と開国に揺れ動く中で世界と向き合った幕末日本の姿や、現実の外交課題に対応すべく散在する文書を「記録」として整備しようとする編纂者の気概や使命感を感じとることができた。それは、「通信全覧」「続通信全覧」が、試行錯誤を重ねた上で作成されたことに由来する奥深さを有するからではなかろうか。この史料群の価値は、約2000巻というボリュームもさることながら、編纂者たちの「営為」と苦悩の痕跡が刻まれているからこそ、一段と高められているのではないだろうか。
   これらの史料に触れる経験をした後、改めて「外務省記録」を読んでいくと、そこには旧幕府外国方や草創期の外務省が、火災や動乱によって散在してしまった文書と格闘して得た「知見」が、明治・大正・昭和期における外務省の記録編纂の在り方に発展的に継承されているという思いを確かにした。
   この史料群の持つ面白さを少しでもお伝えできればという思いを懐きながら、特別展示「幕末へのいざない」を企画した。当然ながら、膨大な「通信全覧」「続通信全覧」のほんの一部分しか紹介することができなかった。しかし、これらの史料は、通信全覧編集委員会編『通信全覧 正・続』(雄松堂書店、1983~1988年〔全60巻に加え、総目録・解説(全61冊)〕)として刊行*されていることや、アジア歴史資料センターでも閲覧できるなど、アクセスの環境が整っている。
   小稿を終わるに当たり、「通信全覧」「続通信全覧」の重要文化財指定によって、本史料群への関心がこれまで以上に高まり、ますます幕末の外交史研究が進展していくことを、筆者は願っている。その研究成果を、今後の展示の中で取り入れることができればこれほど喜ばしいことはない。
   他方で、管理する側の立場から見ると、より適切な保存・管理が求められることになる。館員一同、先人の叡智が凝縮された史料を、後世に伝えていくという使命の重みを強く感じている。

*・・・「通信全覧」「続通信全覧」の復刻版(雄松堂刊行)は、外交史料館閲覧室で申請すれば、即日閲覧することができる。

参考文献
田中正弘著・通信全覧編集委員会編集『通信全覧惣目録・解説』(雄松堂出版、1989年)
田中正弘『近代日本と幕末外交文書編纂の研究』(思文閣、1998年)