市制100周年を迎えた尼崎市と地域研究史料館の取り組み

尼崎市立地域研究史料館
館長 辻川 敦

   大正5年(1916)に市制を施行した尼崎市は、今年(平成28年-2016-)、市制100周年を迎えた。その準備期間にあたる平成26・27年度、市の文書館施設である市立地域研究史料館には、100周年関連のさまざまな業務が集中した。加えて平成28年3月、市バス事業の民営化により市交通局が廃止され、文書・資料の引き取りなど廃止にともなう事務が発生した。地域研究史料館は、自身が所管する市制100周年記念事業であるところの新市史編集・刊行準備を進めるとともに、市制100周年及び交通局廃止にともなって生じた一連の業務に対応した。
   本稿は、これらに関する史料館の取り組みについて、報告するものである。

1. 市の市制100周年事業と史料館
1.1 過去の市制周年事業に関する文書・資料

   平成26年度、尼崎市役所内に市制100周年記念担当が設置された。年度当初、史料館は同課から、過去の市制周年事業に関する文書・資料等提供の要請を受けた。100周年記念事業企画・実施の参考とするため、担当職員が何度も来館して関連資料を閲覧調査し、史料館の側でも資料の貸出しや複製提供などの協力を行なった。
   この一連の調査に際して、主として活用したのは、過去の周年事業の記録集や広報紙といった刊行物類、及び記録写真などであった。これらに加えて、過去の周年記念事業担当課・事務局の文書・内部資料類を提供できれば大いに参考になるはずなのだが、残念ながらこういった文書・資料類は史料館に引き継がれておらず、市として保存できていない。
   これは、歴史的公文書・資料類の選別・保存における落とし穴であり、ときにみられる現象である。組織として継続的・恒常的に取り組む事務事業の文書は、文書分類と保存年限が明示的に定められ、これが集中管理されて年限廃棄時にチェックできれば、選別・保存することが可能となる。これに対して、周年事業のような臨時的な業務の場合、作成文書が文書分類にあてはまらず保存年限も明確ではなく、業務が終了し組織が解体されたのちチェックされることなく廃棄される場合がある。阪神・淡路大震災や東日本大震災といった、大規模災害への対応に関する文書・資料なども、この典型例といえる。
   これら、臨時的に作成される文書・資料類の保存手立てとしては、日常から文書館の側がアンテナを張って必要な文書・資料類の作成・保管状況を把握しておくことと、廃棄時に所管の側から連絡をもらえるよう情報発信や連絡調整に努め、歴史的公文書・資料保存の必要性を組織全体の共通認識としておくことであろう。
   史料館では近年、経験を積むなかで上記のようなことを学び、重要な臨時的業務の文書・資料類収集・保存に留意しているが、過去の周年事業についてはこれができておらず、結果的にこれらを100周年に活かすことができなかった。それでも、刊行物など提供できた資料は、100周年記念担当にとって大いに役立ったとのことである。なお、今回の100周年事業に関する文書・資料類については、過去の文書・資料類が十分保存・活用できなかった経験をふまえて、事業終了ののち一括して史料館に引き継がれる予定である。

1.2 各種市制100周年事業への協力
   市役所では、前記の100周年記念担当をはじめとするさまざまな部署が、100周年を機に市政のあゆみを記録し、振り返ることに取り組んだ。市議会100年史をはじめ、いくつかの記念刊行物の編集刊行や、各種催しにおける市政史年表パネルの展示などがこれにあたる。民間事業者から屋外に設置する市政史年表の金属パネル寄贈の申し出があり、これの原稿を作成するといったこともあった。これらの多くに際して、史料館はアドバイスや原稿・写真素材等の提供、あるいは各担当が作成した原稿内容のチェックなどを行なった。
   多種多様な取り組みのうち、特徴的なふたつの事例を紹介する。

〔尼崎市100周年新聞〕

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   100周年を機に尼崎の歴史や魅力を伝える新聞を作ろうと、市は平成27年9~12月の4か月間を作成期間とし、市民に呼びかけて作成参加者を募った。結果、30数人のメンバーが集まり、市政記者クラブ所属の各紙の協力を得て取材や紙面作りについて学んだのち、市の成り立ち・経済・環境・教育・子育て・健康・福祉・まちづくり・防災・文化といったそれぞれ関心があるテーマを選び、調査・取材を重ねた。
   その過程で、市民記者メンバーが入れ替わり立ち替わり史料館に来館し、資料を調査・閲覧した。館の側でも、参考文献や調査方法についてアドバイスするなど、レファレンス・サービスに努めた。また、事業を所管する100周年記念担当に対して、分野ごとの参考文献リストの提示や掲載する写真素材等の提供を行なった。
   この結果、8ページだての100周年新聞が完成し、平成28年2月付で発行された。イベント会場での配布や、紙面を印刷した大型パネル展示などの形で活用されている。
参考:尼崎市web ページ「市制100周年記念「みんなで作ろう!尼崎市100周年新聞」

〔100周年子ども向けパネル〕
   市政100年のあゆみをわかりやすく解説する子ども向けパネルを、子どもたち自身の手で製作するプロジェクトである。尼崎市スポーツ少年団リーダースクールの児童・生徒33人が、リーダー(中学生~20代)の手助けを得ながら自分たちで作るということで、史料館は準備段階からスポーツ少年団の本部長・リーダーや担当する市職員らと打ち合わせを行ない、企画・実施に協力した。子どもたちに尼崎の歴史をわかりやすく解説する教材を作り、平成27年6月以降、館のスタッフが複数回にわたって講義に出向き、原稿作成のアドバイスや内容チェック、写真素材提供などを行なった。
   こうして10月、子どもたち自身が文字を書き込んだ大型パネルの完成にこぎ着けた。このパネルもまた100周年新聞と同様、記念イベントなどにおいて活用されている。

100周年子ども向けパネル作成

2. 市制100周年に関連する民間の取り組みと史料館
   市制100周年は、市役所のみならず、市内のさまざまな民間団体や個人が市政のあゆみや尼崎の歴史を見直し、関心を持ち学ぶ機会となった。史料館に来館し、あるいは問い合わせる利用事例のなかにも、市制100周年に関わる、あるいは触発された件数・人数が多く含まれる。この100周年効果もあって、史料館の年間レファレンス人数(電話・メール等を含む)は、平成26・27年度といずれも過去最高を記録した(「尼崎市立地域研究史料館相談利用人数の変化」のグラフ参照)。

   同様に、平成26・27年度とも過去最高を記録したのが、史料館としての出講件数である。尼崎市には、市民からの要請に応じて職員が出向き、市役所各課の業務を説明する市政出前講座という制度がある。史料館の場合は、尼崎の歴史について解説するメニューでもってエントリーしている。この市政出前講座を通じての出講依頼や、市職員研修、市立学校教員研修、公民館等市の施設・機関による各種講座への出講など、市役所内外の講座への出講回数が平成25年度25件、26年度36件、27年度50件と増加してきている。ちなみに平成27年度の50件のうち、市政史の解説講義など市制100周年を直接の契機とする依頼は9件であった。
   このほか、尼崎商工会議所をはじめ複数の団体が、それぞれの催しにおいて100周年記念のパネル展示や動画放映、記念切手やTシャツ等記念グッズ製作に取り組んでおり、これらに対しても要請に応じてそのつど素材提供などの協力を行なった。

市政出前講座 手話サークルの集まりで市制100周年を解説

市政出前講座 手話サークルの集まりで市制100周年を解説

市政出前講座 閉校が決まった小学校のPTAの集まり

市政出前講座 閉校が決まった小学校のPTAの集まり



3. 交通局・市バス事業廃止(民営化)と史料館
   昭和23年(1948)に発足した尼崎市の市バス事業は、昭和42年をピークに輸送人員の減少が続き、経営再建の努力の一方で民営化を検討した結果、平成28年3月にバス事業を阪神バス(株)に移譲した。
   史料館は、従来から市交通局文書規程にもとづき同局廃棄文書から歴史的公文書を選別・保存しており、廃止年度となる平成27年度もこの作業を実施した。選別対象には通常の廃棄文書に加えて廃棄決定した永年文書も含まれ、昭和23年「営業統計報告綴」といった設立期の重要文書もこの時点で収集することができた。その後、市・阪神バス双方とも引き継がない文書がさらに発生する見通しとなり、平成28年1月から3月にかけて文書・資料類の調査・選別を行なった結果、例年の全庁からの引き継ぎ文書冊数に匹敵する29箱300点を収集した。創設期以来の事業経営・運行管理に関する文書や、整備用の各種マニュアルなど技術的な資料も含まれる。加えて廃止前後の交通局ウェブサイトのデータを保存し、また大量の写真資料を引き継いだ。後者については、ボランティアの協力を得て整理に着手したところである。
   以上のように、史料館は交通局・市バス事業廃止にあたり、その歴史資料の引き受け機関として機能し得たといえる。これが可能となった要因としては、市制100周年記念のバス車内写真展示企画や、記念誌編さんへの協力(原稿内容チェック、アドバイス等)といった、レファレンス業務を通じた接点を持ってきたことが大きい。選別作業中は、交通局職員に対して、文書以外の資料提供の呼びかけも繰り返し行なった。一方で、担当者の手持ちファイルや労働組合文書等については十分収集することができず、課題を残した。

4. おわりに
   以上、市制100周年及び交通局・市バス事業廃止にともない、史料館が取り組んだ内容について報告した。いくつかの課題が残るものの、史料館は市の公文書館として、また歴史部門の情報提供・アドバイザー役としての機能を果たすことができたと考えている。
   この背景には、史料館がつねに市の歴史的公文書・資料類の収集・保存・活用に努め、加えて地域文書館として地図や写真資料をはじめとする多様な史料を保存・公開し、市の組織や市民がそれぞれの調査や事業にこれらを活用することを支援し、レファレンス・サービスを軸に積極的に応じてきた実績がある。
   市制100周年を機に講座出講や事業協力が増加していることからもわかるように、史料館はいわば市の歴史部門のシンクタンク的な位置にある。これについては、史料館が市の文書館であると同時に、市史編集室として編集刊行を継続してきていることも大きく影響している。
   ただし、100周年に関するさまざまな調査や取り組みのなかでは、この史料館のイメージが”定着し過ぎた?”のではあるまいかと感じることもあった。市役所の各部署が、自身の所管事務・事業の歴史について十分ストックできていないらしく、質問や問い合わせがあると条件反射的に「そういったことは史料館へ」という対応に走るケースが目に付いた。
   近年、尼崎市では、団塊の世代に属する職員の大量退職と新規採用が続いており、世代交代により過去の情報や経験が十分継承されていないことも、こういった傾向を生む一因となっているのではないかと思われる。しかしながら、史料館(文書館)が組織の歴史的情報をストックし発信できるのは、各部署が各時代の業務を確実に記録し、組織の共有情報として継承するとともに、歴史的な部分を史料館(文書館)に引き継いで始めて可能となることである。これは行政経営の根幹に関わることであり、組織管理、文書・情報管理上の大きな課題として、組織内に問うていく必要があるとあらためて痛感している。