奈良県立図書情報館 開館10周年を迎えて

奈良県立図書情報館 松田 憲子

1.はじめに

奈良県立図書情報館の外観(後景)

奈良県立図書情報館の外観(後景)

 本年度、奈良県立図書情報館は開館10周年の節目を迎えた。平成17(2005)年11月3日に開館した当館は、「県の中核的な公共図書館」「様々な情報の創造・提供・仲介を行う情報センター」「奈良県の歴史・文化に関する専門図書館」という3つの機能を持ち合わせて誕生した。開館以来、従来の図書館施設の機能に加え、情報機器を充実させ、他機関との連携による企画展示やイベントを開催するなど、これまでにない情報発信に努めてきた。



マスコットキャラクター「まほ と ろば」

マスコットキャラクター「まほ と ろば」

 10周年を迎えるにあたり有山雄基帝塚山学園理事・特別顧問を代表とする記念事業の会を設立し、『奈良県立図書情報館十周年記念誌』を制作するなどのご支援をいただいている。また年間をとおして記念イベントを企画し、開館日である11月3日にはメインイベントとして奈良県出身で理化学研究所理事長の松本紘氏と荒井正吾奈良県知事、女優の紺野美沙子さんを迎え、千田稔当館館長らによる記念トークなどを開催した。その他、10周年の記念キャラクター・愛称を募集し、日本全国から186作品の応募をいただき、「まほ と ろば」(右)がマスコットキャラクターに決定した。10周年を迎え、従来の取組みをさらに拡張・発展させ、文化と情報と交流の拠点として、より親しみのある図書情報館を目指している。
   さて、当館の図書館機能の全容は「開館しました!奈良県立図書情報館の紹介」と題して『アーカイブズ』第24号(2006年7月)に紹介の機会をいただいているため、今回は公文書館機能に重点を置いて10年の歩みと取組みについてご紹介したい。

2.地域研究支援サービス

 全国的にも数少ない公文書館機能をあわせもつ図書館として開館した当館は、地域の歴史を知るための貴重な知的財産を収集・保管し、後世へと継承する重要な役割を担う。地域研究支援サービスは奈良の歴史や文化の情報発信基地としての当館の機能の一つの軸である。奈良県関係の図書や雑誌などを収集するほか、公文書・古文書・絵図などの歴史資料を収蔵し、学術的調査研究などを目的とした閲覧請求に応じて資料の提供を行っている。蔵書検索システムでは図書・雑誌などの文献資料の検索と同時に、古文書・公文書・絵図の検索も可能であり、より多面的な地域研究に役立つツールとなっている。これは図書館機能と公文書館機能を兼ねる当館の特色であり利点でもある。

「まほろばデジタルライブラリー」トップページ

「まほろばデジタルライブラリー」トップページ

  利用と保存の両立を目的に資料のデジタル化も積極的に行っている。当館のHP内の「まほろばデジタルライブラリー 」(右)では、公文書・古文書・絵図などの資料検索だけではなく、高精度のデジタル画像をWEB上で閲覧することが可能である。これらの資料は奈良県に関する一級の歴史資料として、県内外の研究者や一般の方々にも広く利用いただいている。また、平成22年3月より国立公文書館デジタルアーカイブ横断検索システム に参加しており、より多角的な研究に寄与できることを期待している。


3.公文書の所蔵と移管システム

 公文書の所蔵数は約13,800点(平成26年度末現在)である。平成13年3月に「奈良県行政文書管理規則」「奈良県教育委員会文書管理規則」が整備され、県庁各課・出先機関・教育委員会などは保存期間の満了した5年保存以上の文書を当館へ移管することが決定した。つまり、ここでの移管とは保存期間5年以上の行政文書の当館への搬入および廃棄を指し、これらを図書情報館長によって決定することが定められたのである。毎年、上記の関係機関は当館に移管行政文書目録(廃棄文書目録)を提出する。これに登載される文書数は1万数千点である。これらの文書全てを受け入れるわけではなく、提出された目録をもとに移管行政文書選別会議を開催し選別を行う。歴史的価値を有すると判断したものだけを当館に搬入してもらい所蔵している。それ以外の文書は全て原課で廃棄される。しかし、従来からの目録選別だけでは内容の判断がつかない文書が多く、このため平成26年度に選別会議実施要領を改定し、目録選別に加えて第二次選別を導入することにした。これにより、目録選別(第一次選別)の段階ではより幅広い文書を搬入対象とし、第二次選別で実際に文書を確認した上での選別を行うことにより、以前より選別と受け入れ体制の整備と充実をはかることが可能となった。例年300~350点程度が搬入され、平成26年度は348点の文書が搬入された。過去にまとまって移管された特徴的な資料群として平成25年度に移管された『奈良公園史編纂資料』(約120点)がある(奈良県立図書情報館報『うんてい』第7号 、2015年3月)。
   上記の移管システムによって受け入れた公文書のほかに、当館の前身である旧奈良県立図書館が所蔵していた県の公文書約8,200点を引継いで所蔵している。その中でも、明治・大正期の6,695冊は資料的価値やその重要性が認められ平成21年3月に奈良県指定文化財に指定された。公文書の保存と利便性の向上のために一部については、デジタル化してマイクロフィルムやデジタルデータとして所蔵しているものもある。

4.古文書の所蔵と取組み

貴重書庫内の様子

貴重書庫内の様子

 現在、当館が所蔵する古文書は整理済みのもので57文書群 、およそ28,000点である。葛下郡上牧村の牧浦家文書など県内の村方文書を中心に、奈良奉行所の与力の玉井家文書、片桐家代々記録、高取藩内藤家文書などの武家文書、興福寺福智院家文書などの寺社文書、符阪家・中條家文書などの町方文書、郷土史家藤田祥光氏が収集した藤田文庫文献資料など多様な古文書を収蔵している。これらの古文書は旧奈良県立図書館より引き継いだものと、奈良県立図書情報館が開館してから寄贈・寄託を受けたものがある。また、現在整理中の資料として、平成21年度に寄託された大和国吉野郡下市村永田家文書、平成25年度に寄贈を受けた大和国宇智郡大津村表野家文書がある。これらの古文書は現在当館の古文書講座修了者で構成された歴史資料調査ボランティアが整理作業を進めている。
   歴史資料として価値を有する行政文書や古文書などの保存を行っている当館の公文書館機能をより広く知ってもらうための取組みの一環として、所蔵する奈良県関係の古文書や和古書、公文書を活用した古文書講座を平成18年度より開始した。当初入門講座から始まった講座は、平成24年度には入門・初級・中級・上級の4講座を開講している(本年度は中級・上級のみの開講で、新規募集は行っていない)。これらの講座は、古文書を解読するための知識や技能の習熟を目指しているが、それと同時に当館の所蔵する古文書などの歴史資料の整理・保存・調査作業の一翼を担い活躍することのできる人材養成が大きな目的でもある。古文書講座を修了した方々によって組織されているのが歴史資料調査ボランティアである。平成23年度から15名で活動を始め、現在は約20名が4班にわかれ当館の担当スタッフの指導・助言のもとで毎月2回の調査と整理作業に従事するとともに、毎月1回の古文書研修会で古文書に関する知識・技能を高めている。

歴史資料調査ボランティアの活動の様子

歴史資料調査ボランティアの活動の様子


歴史資料調査ボランティアの活動の様子

歴史資料調査ボランティアの活動の様子


展示『古文書の世界覗いて見展』の展示風景(一部)

展示『古文書の世界覗いて見展』の展示風景(一部)

 古文書整理は、1点ずつ古文書整理カードを作成し、中性紙封筒または短冊状の和紙に請求記号ラベル・バーコードラベルを貼り、文書表題などを記入している。整理された古文書は中性紙箱に収め、温湿度が管理された館内の貴重書庫に収納している。こうして整理が済んだ古文書は担当スタッフにより随時検索システムに登録しており、HPまたは「まほろばデジタルライブラリー」から検索でき、閲覧利用が可能となる。
   開館10周年を迎えるということもあり、本年度初めての取組みとして歴史資料調査ボランティアによる古文書の展示を開催した(展示『古文書の世界覗(のぞ)いて見(み)展(てん)-歴史資料調査ボランティアの活動紹介-』平成28年1月5日~2月25日)。この展示では、彼らの活動を広く知っていただくとともに、今までの成果の発表の場として現在整理作業に携わっている大和国吉野郡下市村永田家文書・大和国宇智郡大津村表野家文書からテーマごとに古文書をわかりやすく紹介し、一般の方にも古文書の魅力を伝えることを目的とした。初めての試みにボランティアの皆さんはもちろん、私たちスタッフも戸惑いながらも、約9ヶ月の準備期間を要し完成に至った。全員で一つの展示を仕上げたことに、通常の整理作業とは異なる充実感と達成感を共有できた気がする。


5.歴史資料を活用した図書展示

 当館では他の公文書館が開催しているような企画展などは通例は行っていないが、図書館機能としての図書展示は館内2ヶ所(月替わりと2ヶ月替わり)、年間で計18の展示を開催している。地域色のある図書展示を行う際には、所蔵する公文書や古文書、絵図など県下の歴史資料を活用している。ここではその事例をいくつか紹介したい。
   平成25年度に古文書として寄贈を受けた資料に北畠男爵家関連資料がある。北畠治房男爵(1833-1921年)は、旧名を平岡鳩平・平岡武夫といい、明治維新後に北畠親房の末裔を名乗り、北畠治房と改名した。伴林光平に師事して国学を学び、尊王攘夷に傾倒。文久3(1863)年8月の天誅組の挙兵に参加するも約40日で鎮圧され、追手を逃れて京都や大坂を転々とする。その後、天狗党にも参加。明治維新後は司法官となり、横浜・京都・東京裁判所長、大阪控訴院長を歴任した。

図書展示「蜂起150年天誅組 既所蔵資料/北畠男爵関連資料展」の展示資料

図書展示「蜂起150年天誅組 既所蔵資料/北畠男爵関連資料展」の展示資料

 平成25年はちょうど天誅組の蜂起から150年となる節目の年であり、天誅組の関係者で数少ない生き残りであった北畠治房男爵のご子孫から同家の関連資料を受贈したこともあわせて、図書展示「蜂起150年天誅組 既所蔵資料/北畠男爵家関連資料展 」(平成25年8月1日~29日)を開催した。天誅組ゆかりの地である五條市とその周辺地域は県内でも当館からは遠方に当たるが、地元の方々をはじめ多くの皆様にご覧いただく機会を得た。

図書展示「奈良博覧会と奈良」の展示資料

図書展示「奈良博覧会と奈良」の展示資料

 また、今年度は図書展示「奈良博覧会と奈良-明治の正倉院展と奈良の魅力-」(平成27年10月31日~12月27日)を開催した。明治初頭、東大寺の回廊を会場にして、大規模な展覧会が開催された。奈良博覧会と銘打ったこの展覧会は、明治8年に第1次が開催され、この時初めて正倉院の御物が出陳されたこともあって、当時の交通事情にもかかわらず会期中約17万人もの入場者があり、盛況裡に閉幕した。博覧会はその後、第18次(明治27年)まで開催された。本展示では、明治期に開催された博覧会の模様を紹介するとともに、明治初期の奈良の様子を伝える資料もあわせて展示した。『奈良博覧会物品目録[明治8年]』や『自二十年至二十三年 博覽会共進会』などの所蔵する歴史資料も活用し、奈良博覧会の様子を伝えた。

図書展示「奈良の二都展」の展示資料

図書展示「奈良の二都展」の展示資料

 その他、図書展示「奈良の二都展-藤原京と平城京の過去と現在-」(平成27年7月1日~8月27日)では、奈良盆地を南北に平行する三本の縦貫道で結ばれた藤原京と平城京の二つの都を中心に、発掘調査の成果や古都の歴史など関連する資料を紹介した。文献資料に加えて、『平城舊趾之図』や『寧楽古今図』といった絵図をパネル化して展示し、『国家功労者一件』や『平城宮跡関係文書』といった公文書を用いて明治から大正にかけての平城宮跡の保存運動の様子を紹介した。

6.おわりに

 当館の公文書の移管システムについて記したが、表面的な叙述に過ぎないことを痛感する。他の公文書館の方々と交流する機会があると、原課ではなく公文書館に移管の権限があることに先進的だと評価するお言葉をいただく。しかし、現実は原課でもまだまだ公文書の移管システムが浸透していないのが現状である。搬入通知を行っても実際に搬入されるのは半数やそれに満たない年度もある。これは主に、原課が継続利用するためであり、県庁から当館まで距離が離れているせいもあって、他府県では多くを占める原課利用や行政利用が極端に少ない。公文書の移管には原課の理解と協力が不可欠であり、原課への働きかけと連携の必要性をつくづく感じる。公文書館機能として歴史的価値のある資料を収集・保存し後世へ伝えていく使命を果たすべく、この10年の成果と反省を生かし、これからの10年に向けて着実に歩を進めていきたい。
   なお、地域研究支援サービスとは異なるが、公文書館機能を担う私たちの部署が担当するもう一つの業務として、戦争体験文庫 という当館独自のコレクションがある。戦争体験文庫は、戦中・戦後の体験に関する資料群で、全国の方々からの寄贈によって成り立っている。現在約5万点の資料を収集しており、文献資料は館内の戦争体験文庫コーナーで公開している。それ以外に非図書資料を活用した企画展示も開催しており、過去の展示はHPでご覧いただける。現在は企画展示『進駐軍と奈良 』(平成27年10月1日~平成28年3月30日)と題して、奈良の進駐軍日本人通訳が所持していたアルバムの写真から終戦直後の奈良の様子を紹介している。
    3月末にかけては引き続き10周年の関連イベントを企画しており、あわせてぜひ足をお運びいただければ幸いである。