「デジタル時代のアーカイブ 再び」――EASTICA第12回総会及びセミナーについて

国立公文書館 統括公文書専門官室
公文書専門員 長岡智子

はじめに

案内ちらし

案内ちらし

  2015年10月13日から16日にかけて、国立公文書館と国際公文書館会議東アジア地域支部(East Asian Regional Branch of the International Council on Archives、 以下EASTICA)との共催で、EASTICA第12回総会及びセミナーが福岡市で開催された。日本がEASTICA総会を主催するのは4度目だが、東京以外の都市で開くのは初めてのことである。
   今回の会合はセミナーの総合テーマを「デジタル時代のアーカイブ 再び (Archives in the Digital Era: Revisited)」と銘打ち、初日の理事会、並びに2日間にわたる総会及びセミナーに加え、最終日の福岡県内視察という計4日間のプログラムで構成された。総会及びセミナーには、海外はEASTICA会員国・地域である中国・韓国・モンゴル・香港・マカオからの参加者64名に加え、米国・英国からそれぞれ講師1名を迎え、日本国内については福岡県内および近隣地域を中心に全国各地からアーカイブズ関係者や研究者・学生等あわせて59名が集い、全体で6か国2地域から計125名の参加を得ることができた。
   プログラムの詳細や講演・報告等の内容については、参加者に配布した資料の一部と総会の決議書を当館ホームページ上で公開しているので、そちらを参照されたい。本稿では会場で行われた質疑応答の模様なども含めた概要を報告する。


1. EASTICA理事会

理事会の様子

理事会の様子

 一連の日程は13日午後の理事会から始まった。EASTICA理事会は議長、副議長と数名の理事、事務局長及び会計官で構成され、EASTICAの活動全般にわたる運営執行機関としての役割を担っている。会議では、機関誌の発行及び公式ウェブサイトの刷新並びに運営体制について話し合われた他[1]、香港大学と共催の既卒者向けアーカイブズ学講座(通称PCAS)[2]の実施を始めとした2014~15年の事業報告と次年度の事業計画、会計報告、新規入会申込みの検討などにつき議論が交わされた。また、今年は理事会メンバーの改選も議題に上った他、次回EASTICA理事会及びセミナーを2016年9月5~10日のICA大会と同時期にソウルで開催することが確認された。


2. 開会式と総会

 14日朝、会場では参加者同士の再会の挨拶がさまざまな言語で飛び交っていた。定刻に始まった開会式では、当館の加藤丈夫館長とEASTICA議長のパク・ドンフン(Park Donghoon)韓国国家記録院長による主催者挨拶に続き、福岡県の小川洋知事から来賓挨拶を頂戴した[3]。また、河野太郎公文書管理担当内閣府特命担当大臣のメッセージが福井仁史内閣府大臣官房審議官によって読み上げられた。

開会式で挨拶する加藤館長

開会式で挨拶する加藤館長

総会の様子

総会の様子



 
   2015~2019年のEASTICA運営体制
   議長:加藤丈夫(日本・国立公文書館長)
   副議長:李明華(中国・国家档案局長)
   事務局長:サイモン・F・K・チュウ (香港)
   会計官:チェ・ジヒ (韓国)
 

 引き続き行われた総会では前日の理事会の議事内容が報告され、出席会員による承認の手続きがとられた。その結果、日本が議長国に選ばれ、2015年から2019年までの任期を務めることとなった[4]。なお、この総会を以て議長を退任したパク院長と、会計官の任を退いたイ・サンミン(Lee Sangmin)氏に会場から労いの拍手が送られた。また、中国国家档案局前局長の楊冬権(Yang Dongquan)氏が、その長年にわたるEASTICAへの貢献により名誉会員に叙され、証書が同局の王良成(Wang Liangcheng)氏に託された。最後に決議書が採択され総会は閉幕した。

3. セミナーの概要

 セミナーは14日午後と15日終日を使って開催された。今回のセミナーの総合テーマ「デジタル時代のアーカイブ 再び」は2007年に東京で開催されたEASTICA総会・セミナーにおけるシンポジウムのテーマに想を得たもので、デジタル時代のアーカイブズをめぐる諸課題は前回東京で行った2011年のEASTICAセミナーも含め、これまでたびたびテーマとして取り上げられてきた。この間に、所蔵資料のデジタル化については、目録や検索手段の整備と、画像もあわせたインターネット上の提供等が進み、オンラインアクセスは大きく向上した。また、電子形式で作成されたいわゆる「ボーンデジタル」の文書を含め、電子記録の保存・利用についても一定の方向性が見えつつある。その一方で、日進月歩の技術的変化とアーカイブズ機関に対する社会的要請の変化があいまって、新たな課題が浮上してきている現実も感じられる。このような現状認識から、これまでの成果を検証したうえで現在直面している新たな課題を明らかにしていく必要があるというのが、今回「再び」このテーマを掲げることになった所以である。
   本セミナーでは、まず立正大学の村井章介教授による特別講演が行われ、その後のセッションでは「デジタル時代のアーカイブ」の2つの側面、すなわち、デジタル技術の進化にともなう従来のアーカイブズ業務の変化や新たな展開と、ボーンデジタルを含む電子記録の取扱いについて、4つの講演と国別・地域別報告が行われた。これに加えて、内外のアーカイブズ機関による活動紹介等の機会も設けられた。以下で、それぞれ簡単に概観する。

3.1 特別講演

村井章介 立正大学教授

村井章介 立正大学教授

 セミナーの導入として、開催地となった福岡の、東アジアへの玄関口、交流の交差点としての歴史的地理的特性を活かした特別講演が企画された。村井教授の講演は主に日本の中世史料をとりあげ、東アジアの他の国との比較を通じて広い視野から日本の史料の特徴を分析したものであり、歴史資料の編纂方法と国家や社会の成り立ちを関連付けた、スケールの大きな内容であった。

3.2 講演と国・地域別報告

 セミナーの第1セッションでは、上述したデジタル化の一つ目の側面について、2名の講師にお話しいただいた。米国国立公文書記録管理院(NARA)の最高イノベーション責任者(CIO)、パメラ・ライト(Pamela Wright)氏は、ソーシャルメディアを活用して一般市民の参画を進めようとするNARAの取り組みについて紹介し、放送大学の三輪眞木子教授は、情報検索へのアプローチ法の類型を示し、利用者のニーズに合った検索手段を構築する必要性について述べた。翌15日午前中の第2セッションでは、EASTICAに加盟する中国、日本、韓国、モンゴルとマカオ、香港から各国・地域のデジタル化関連の最新状況について報告[5]が行われ、当館からは八日市谷哲生業務課電子情報第一係長が、当館におけるデジタル時代への対応の成果と課題、将来展望について発表を行った。続く第3セッションでは、イギリス国立公文書館(TNA)商務・デジタル関係担当ディレクターのメアリー・グレッドヒル(Mary Gledhill)氏が同館におけるオンラインサービスとボーンデジタル記録管理の現況について講演し、続いてアジア歴史資料センター(アジ歴)の波多野澄雄センター長から、日本最大のデジタル・アーカイブといわれる同センターの発足経緯から最近の課題に至る報告がなされた。

パメラ・ライト氏(NARA)

パメラ・ライト氏(NARA)

三輪眞木子 放送大学教授

三輪眞木子 放送大学教授




国・地域別報告の様子

国・地域別報告の様子

八日市谷哲生 業務課電子情報第一係長

八日市谷哲生 業務課電子情報第一係長




メアリー・グレッドヒル氏(TNA)

メアリー・グレッドヒル氏(TNA)

波多野澄雄 アジ歴センター長

波多野澄雄 アジ歴センター長



 これら講演及び報告並びに質疑応答で出されたいくつかの論点に注目すると、まず、サービスの向上と利用者の拡大に関する発言が多く見られた。特に一般利用者にとっての利便性向上が各国に共通の優先課題として掲げられ、幅広い層を同時に満足させるためのインターフェイス構築の工夫や、利用者の語彙によるメタデータ付与の重要性等、経験に基づいた示唆に富む知見が披露された。利用者の拡大については、双方向的な仕組みを作る試みの他、アジ歴のように海外への利用拡大を目指す例も報告されたが、さらにはアーカイブズ機関同士の連携やデジタル化支援もこの観点でとらえられることが、ディスカッションを通じて明らかになった。他方、参加型の仕組みを精緻化し規模を広げてゆこうとすれば、利用者の訓練もアーキビストの仕事に加わりうるなど、新たな課題も提示された。
   デジタル技術の進歩と普及によってもたらされたもう一つの喫緊の課題として、ボーンデジタル記録の移管と保存が各国で大きな関心事項となっていることが認められた。本セミナーでは英国の事例に加え、韓国からウェブアーカイビングに関する取り組みが報告され、サイモン・チュウ(Simon Chu)EASTICA事務局長から紹介のあったユネスコのPERSIST[6]など、国際的な標準化に向けた動きについても情報が共有された。しかしながら、実践はまだまだ緒に就いたばかりで、真正性の確保など各国とも試行錯誤の段階にあることが察せられた。国・地域によって状況は様々だが、どの国でも日々増え続ける膨大な量の電子記録を限られた資源で管理する必要に迫られていることは明らかで、だからこそ、グレッドヒル氏が指摘したように、今後とも国際的な協力が重要となるだろう。

3.3 アーカイブズ機関からの報告

定兼学 全国歴史資料保存利用機関連絡協議会副会長

定兼学 全国歴史資料保存利用機関連絡協議会副会長

石原一則 日本アーカイブズ学会会長

石原一則 日本アーカイブズ学会会長




ICA韓国大会の紹介

ICA韓国大会の紹介

 最後のセッションでは、全国歴史資料保存利用機関連絡協議会と日本アーカイブズ学会の活動報告がなされた。いずれもEASTICAのB会員[7]であり、後者は2014年と15年に理事も務めていたが、このような形で日本のアーカイブズ専門団体の活動がEASTICAの会員に向けて紹介されるのは初めてのことだった。デジタル時代のアーカイブズの問題に関してEASTICAの域内協力を推進していく上で、今後B会員の存在が大きな意味をもつと考えられる。今回のセッションが将来B会員同士の連携につながることを期待したい。
   セミナーの締めくくりは韓国国家記録院による2016年9月のICA韓国大会の紹介で、広報映像を使った華やかなプレゼンテーションが行われた。閉会式は、新議長として登壇した加藤館長による、今後とも域内の協力を進めていくことの確認と「ソウルでお目にかかることを楽しみにしています」の言葉で結ばれた。

4. 視察

太宰府天満宮宝物殿見学の様子

太宰府天満宮宝物殿見学の様子

 最終日の16日には福岡市から一歩出て、九州国立博物館と太宰府天満宮の視察を行った。日・中・韓・モンゴル・英の言語ごとにグループを組んで、総勢67人で両施設を訪れ、九州国立博物館では常設展示と体験型展示施設「あじっぱ」の見学及び免震層の視察を行い、天満宮では神職による解説を聞きながら境内及び宝物殿の展示を見学した。

おわりに

 筆者にとって初めて経験する今回のEASTICA総会及びセミナーは、最新の技術的知見のみならず、実践論・方法論についても当事者から直接話を聞くことのできる貴重な機会となった。たとえば技術革新につきものの、変わることへの「不安」をいかに取り除くかという議論の中で、ライト氏が述べた「NARAの職員構成はデジタル技術やソーシャルメディアを自由に使いこなす層と、デジタルに苦手意識を持つかわり資料について熟知している世代のバランスがうまくとれており、これからのアーキビストにはどちらの資質も必要になるだろう」というコメントは印象的であった。
    国・地域別報告のセッションのまとめで、司会のチュウ事務局長が「デジタル記録管理をめぐる問題は過去40年間アーキビストを悩ませてきたが、解決まであと何年かかると思うか」という質問を投げたところ、各国・地域の報告者の回答は「約10年」から「永久に続く」まで幅広いものであったが、今後数十年単位にわたる長い道のりが控えていることについては一致していた。今回の総会及びセミナーでそれぞれの経験が共有されたことが、これからの協力の道筋において意味ある一歩となることを願ってやまない。

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[1] EASTICAの公式サイトは2013年の理事会決定を受けて管理責任者が香港から韓国に移り、現サイトが2015年12月にオープンした。今後コンテンツの充実が図られる予定である。http://www.eastica.org(2016年1月13日アクセス)
[2] 既卒者向けアーカイブズ学講座(Postgraduate Certificate Program in Archival Studies, PCAS)。詳細はhttp://hkuspace.hku.hk/prog/postgrad-cert-in-archival-studies(2016年1月13日アクセス)を参照。修了生は世界各国のアーカイブズ界で活躍しており、今回の会場にもその姿が多く見られた。
[3] 福岡県には初日の歓迎夕食会を当館と共同で主催していただき、同県産の食材を使った多彩な料理をご提供いただいた。精華女子高校吹奏楽部によるマーチング演奏とダンス、伝統芸能の博多独楽の実演とあわせ、海外参加者が地元の文化に触れる貴重な機会となった。
[4] EASTICAの理事は会員から選出されるが、会員はICAと同様にAからEの5カテゴリーに分かれており、現在の理事は日中韓モンゴルとマカオ特別行政区の各国立または地域の公文書館機構の代表者(以上、A会員)5名と、域内のアーキビスト協会(B会員)の代表者2名が務めている。この中で、今回の改選を以て議長国は日本、副議長国は中国となった。
[5] EASTICAのA会員による報告。個別発表の後、パネル形式で質疑応答を行った。モンゴルについては代表者が参加できなかったため代読となり、原稿のウェブ公開も行っていない。また香港の地域別報告については英語のみ公開している。
[6] 電子情報の保存を促進するためのユネスコ主導のプロジェクトで、名称はPlatform to Enhance the Sustainability of the Information Society Transgloballyの頭文字からとられた。ICAも発足段階から深く関わっており、2015年9月のレイキャビク年次会合でも長期保存のガイドライン作りに関する活動が紹介された。
http://www.ica.org/18092/annual-conference-news/ica-programm-commission-showcase-about-the-unesco-persist-project.html(2016年1月13日アクセス)
[7] 上記注[4]を参照