2015年ICA年次会合への出席について

国立公文書館 次長 佐々木奈佳

1.概略

年次総会の様子(C)Gunnar Sverrisson, National Archives of Iceland

年次総会の様子(C)Gunnar Sverrisson, National Archives of Iceland

 去る2015年9月27日から30日(現地日時。日付については以下同じ。)にかけて、アイスランドの首都レイキャビクにおいて開催された国際公文書館会議(ICA)年次会合に出席した。同会議は、各国の公文書館やその関係機関等を会員とするICAが、国際公文書館大会を開催しない年に、年次総会、出席者プレゼン等を一連で行うものであり、C会員(公文書関係機関)やD会員(個人会員)も対象とするように改組されてから3回目の開催となった。今回は「証拠、セキュリティ及び市民の権利としてのアーカイブズ:信頼できる情報の確保」を全体を通じたテーマとしており、約80か国から約500人が参加した。

2.年次会合の進行

 初日27日の午後には、A会員(国立公文書館)が出席して討議を行う「国立公文書館長フォーラム」が開催された。アイスランド国立公文書館長が同館や同国のアーカイブズ環境について、アラブ首長国連邦公文書館職員が同館における所蔵資料デジタル化の取組みについて、それぞれプレゼンを行った。
   その後、同フォーラムとして、「人権」というテーマにどう関与していくべきかについて、議論が行われた。ICAでは2010年9月の国際公文書館円卓会議(オスロで開催)において「世界アーカイブ宣言」を発表し、その中で、「記録の作成の支援、選別、維持管理、利用に供することにより、基礎教育及び継続的教育を受けた専門家として、社会で果たすべきアーキビストの役割」を認識することを唱っており、その一環として、アーキビストが人権・アボガドシー(権利擁護)の問題に係る記録を見つけた場合にどう対処すべきかを検討していたが、この場で、各国出席者の意見を聴取するために議論を行ったようであった。出席者からは、アーキビストの役割・在り方からして疑問を呈されたものも含め、様々な意見が出され、この場では方針をまとめず、引き続き検討を進めることとなった。

 なお、このフォーラムに先立って、デービッド・フリッカー(David Fricker)豪州国立公文書館長・ICA会長と昼食を共にし、以前新聞でも報道された[1]、豪州国立公文書館が所有している戦前の在豪日本企業資料に関して、状況を伺った。

基調講演(ヨウハンネスソン教授)(C)Gunnar Sverrisson, National Archives of Iceland

基調講演(ヨウハンネスソン教授)(C)Gunnar Sverrisson, National Archives of Iceland

 翌28日には開会式並びにグズニ・ソルラシウス・ヨウハンネスソン(Guðni Thorlacius Jóhannesson)教授(アイスランド大学)による「情報源、アクセス、アーカイブズ」と題した基調講演、及びICA年次総会、同日から翌29日にかけては出席者がプレゼンを行うセッションがそれぞれ実施された。

 セッションは28日の基調講演後及び29日の冒頭に全体セッション、両日のその後に分科会に分かれて行う個別のセッションが開催された。セッションでの発表者は、ICA関係者や私のような各国公文書館関係者のみならず、政府関係者や大学研究者なども含まれており、様々な立場からの取組みや考えが表明されていると感じた。
   個別のセッションについては、さらに「現代社会における情報:オープンデータとパートナーシップ」「情報と市民の権利」「情報のセキュリティ及び保護」という3つのサブテーマが設定され、それぞれごとに、さらに細分化したテーマのもとに分科会に分かれてセッションが行われた。また、ICAプログラム委員会の取組み等を紹介するセッションもそれらと別に行われた。
   「現代社会における情報:オープンデータとパートナーシップ」のテーマの下に開催された各分科会では、各国公文書館における所蔵資料のデジタル化の取組みやそれを進めるに当たっての課題についての発表が多く行われた。
   「情報と市民の権利」のテーマの下に開催された各分科会では、機密保持や個人情報保護の在り方などについての発表の他、ジェノサイド(大量虐殺)やホロコースト(ナチス時代のユダヤ人虐殺)といった人権に関する問題にアーカイブズやアーキビストがどのような役割を果たせるのかという、国立公文書館長フォーラムの議題にも通じるような視点での発表も行われた。
   「情報のセキュリティ及び保護」のテーマの下に開催された各分科会では、危機管理や災害対策、例えば米国ニューオリンズにおけるハリケーンによる文書被害からの復旧の取組や、所蔵資料のデジタル記録の真正性の確保などについての発表が多く行われた。

[私の発表]

発表を行う筆者

発表を行う筆者

 私は29日の午前、「市民の権利と政府の権利、立法の役割、アクセス原則、アクセス制限手続」をテーマとした分科会において、「記録を守り広く知ってもらうために-日本国国立公文書館の取組み」と題して、約50人ほどの聴衆を前に、15分程度で発表を行った。
   まず最初に、日本においては、公文書の散逸防止と公開のための施設の必要性についての認識の高まりを受け1971年に国立公文書館が創設されたこと、2011年4月に「公文書等の管理に関する法律」が施行され、その中に当館の所蔵資料にアクセスできる国民の権利が明記されたことを説明した。
   続けて、そのアクセスを一層向上させるための諸般の取組みを説明した。「歴史公文書等にふれあう機会を提供する」ために、展示会においてのテーマ設定や展示方法を工夫してきたこと、インターネットを通じて画像を閲覧できるデジタル化を進め所蔵資料の約1割について完了していること、それに関連して「アジア歴史資料センター」において日本とアジア近隣諸国との関係を記録した歴史的文書の画像をインターネットを通じ国内外に発信していること、国民一人ひとりに対する約束として「パブリック・アーカイブズ宣言」を事業理念として掲げていることを説明した。
   次いで、所蔵資料の原本を長期保存してアクセス可能な状態に保つため「和紙」の製法も応用した技術等を用いて修復作業に力を入れていること、この修復技術は東日本大震災で被害を受けた自治体文書の修復にも生かされていることを説明した。
   次に、行政機関等の文書管理業務を支援する取組みとして、それらの職員向けの研修を実施していること、公文書等の管理に関する法律施行により導入された「レコードスケジュール」の付与や文書を廃棄する際の専門的技術的助言を行っていることを説明した。
   最後に、今後取り組むべき課題には、立法に係る歴史公文書等の移管や地方公共団体への支援があること、新たな国立公文書館の建設の実現を目指す国会議員の連盟が発足しており、国会でもこの新たな国立公文書館の候補地についての議論が行われていることを説明した後、我々は今後とも「国民による国の統治の検証」及び「国民としてのアイデンティティの確認」のために国立公文書館としての役割を果たしていきたいという言葉でプレゼンを締めくくった。
   同じ分科会における他の発表者のプレゼンは、国内法の説明や記録の公開などに焦点を絞ったものが多かったと感じたが、私は、利用者の記録へのアクセス向上のためには、歴史公文書等を知ってもらうための展示や保存をしっかり行っていくための修復などの取組みを一体的に進めていくことが大事だと考え、前述のような流れのプレゼンを行った。いささか内容を盛り込みすぎた感もあるが、今回のプレゼンで展示や修復まで触れたものはおそらくなかったと思われ、ある程度は聴取者に関心を持ってもらえたのではないかと考えている。

基調講演(グッドジョンソン名誉教授)

基調講演(グッドジョンソン名誉教授)

 個別のセッションは4つの会議室に分かれて同時並行で進められ、計約70人がプレゼンを行っており、また自分のプレゼンの準備もあって、全部を聴取することはできなかったが、聴取した中で特に興味深かったと感じたのは、ICAアーカイブズの建物と環境に関する専門家グループジョナサン・リース‐ルイス(Jonathan Rhys-Lewis)委員長(英国)が行った「アーカイブズの建物に関するICA会員への調査報告」についての発表である。これは、昨年の6月から8月にかけて、ICAのメンバーに対しアンケート調査を行った結果をまとめたものであった。
   アーカイブズ施設の立地場所についての回答結果は、73.5%が都市(City)、21.3%が町(Town)であり、その他村等(Village,Countryside)に立地しているものも若干あるということであった。
   施設の建材についての回答結果は、煉瓦・モルタルが36.3%、コンクリートが46.2%とのことであった。
   施設運営をしていく上で特にリスクと考えていることについての回答結果は、火事が26.4%、水害が31.3%であり、その他には光、大気汚染、虫害などを挙げたところもあったとのことであった。
   書庫についての回答結果は、火災からの保護対策が講じられているのが92.9%、アーカイブズ向けに設計されているのが69.7%、環境状況を制御しているのが69.7%、金属製の棚を使用しているのが89.8%とのことであった。
   この発表で紹介されたのは約80問あった質問事項に対する回答結果のごく一部であったが、おおまかな世界の公文書館施設の傾向を見て取ることができたと感じている。今後、より詳細な分析や調査結果の活用方法の検討などが進められるものと思われる。

 個別のセッションでは、参加国からまんべんなく発表が行われるものと思っていたが、実際は、約25か国からの参加者が発表を行い、多くの国で複数の発表者がプレゼンを行った。特に米国は公文書館関係者、企業関係者、大学関係者など合わせて10人以上が発表を行っており、力の入れようがうかがえた。そうした中で、短時間ではあったが我が国における取組についての発表の機会が与えられたのは非常にありがたいことだと考えている。

 28日の夕刻には、ICA総会が開催された。この場では、2014年総会議事録の承認、会長等からの活動報告、来年度予算案の承認、内部規則改正の承認、来年の韓国でのICA大会開催のPRなどが行われた。なお、2016年度の当館の分担金は36,000ユーロであり、これは加盟機関中2番目の高額である。

 最終日30日は1日現地視察に充てられており、年次会合は実質的に29日で終了した。

3.結び

 今回のICA年次会合出席は、私個人としては初めての世界規模の国際会議への出席であったが、英語の実力も考えると、十分に至らなかった点もあったと感じている。国際会議においては、公式非公式の場を問わず、他の参加者と十分なコミュニケーションを図ることが大切であることを改めて実感した。
   また、これまで、今後の我が国の公文書館の在り方を検討していく上で、海外の公文書館制度を調査するのに各国個別に訪問するなどして行っているが、ICAという仕組みを通じて、各国の情報を迅速かつ詳細に入手することができるようになれば、大変有益なのではないかということも感じた。

 最後に、ICA年次会合に先立って実施したドイツ連邦公文書館での視察に際し通訳をしていただいた靏田-アルフォンソ・ヒメネス可奈子氏、ICA年次会合の期間を通じて通訳をしていただいた平松里英氏に対し、改めてお礼を申し上げたい。

ICA年次会合レイキャビク2015プログラム

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[1] 松岡資明「豪州に戦前の日本企業資料:海外活動の実態生々しく」日本経済新聞2007年1月22日夕刊, 20面