広島県立文書館の新たな取組 ― 被災資料保全・IPM・普及活動 ―

広島県立文書館  西向  宏介、下向井 祐子

1.はじめに
 公文書館の「利用」を巡っては、公文書館法と公文書管理法との比較からも伺えるように、近年は「閲覧」から「展示その他の方法」へと概念が広がりつつある。当館でも、近年は業務全体に占める展示への割合が高まる傾向にある。しかし、公文書館の「普及」を考えるとき、こうしたイベント性の高い行事だけでなく、アーカイブズそのものの価値や収集・保存・整理・公開といった業務全体の意義が広く伝わらなければならない。そのためには、閲覧室の裏側で行われる日々の地道な取組について、絶えず技術的な向上を図り、その活動を意識的に伝えていくことが必要である。
 本稿では、広島県立文書館における最近の新たな取組のうち、資料保存に関わる取組とその普及活動について紹介する。資料の保存・修復や環境管理は、利用者からは見えにくいバックヤードに属する領域であるが、アーカイブズを守る公文書館業務の根幹である。昨年は、8月に発生した大規模土砂災害を受けて、被災写真の保全活動という、館の業務範囲を越えた活動にも従事したが、これは、館の根幹業務を被災者支援に活かす取組であった。本稿では、この活動に加え、昨年から今年にかけて行った館内での新たなIPM(Integrated Pest Management、総合的有害生物管理)の取組とホームページによる普及活動について述べていくことにする。

2.被災アルバム・写真の保全活動 -2014年8月広島大規模土砂災害への対応
 平成26年8月20日未明、広島市で大規模土砂災害が発生し、連日、消防、警察、自衛隊、ボランティアの方々による懸命な復旧活動が続く中、土砂や瓦礫の中からアルバムなどの「思い出の品」も救出されていた。アルバム、写真、日記などの記録類は、個人や地域の歴史と記憶に関するかけがえのない資料である。被災した資料保全のサポートは、地域の資料保存機関の務めでもあり、被災した方々を励ます力ともなる。また、こうした活動の経過や対処法を整理・公開して、職員が学んだ修復のスキルを地域へフィードバックしていけば、今後の災害時の備えともなる。ここでは、当館が中心となって取り組んだ「被災アルバム・写真の保全活動」について紹介する。

搬入された被災アルバム

搬入された被災アルバム

【保全活動の経緯】
 被災地に近い広島県立高陽東高等学校(広島市安佐北区)では、夏休み中の生徒や教職員の方々が復旧活動のボランティアに参加し、その作業中に元当館職員の同校数野文明教諭が被災資料の保全を呼びかけ、生徒や地元の方々の手で泥の中からアルバム22冊と日記類が救出された。これらは90代の男性が、「自分史」をまとめるための資料として、戦前から整理し保管していたものである。8月31日、数野教諭から当館に修復依頼があり、翌日アルバムと日記類が搬入された。
 被災したアルバムは全て透明シート付きの台紙に写真を貼るタイプで、土砂による損傷が激しい。当館では、被災写真の修復は未経験で対処が難しかったため、神戸大学内に事務局を置く歴史資料ネットワーク(史料ネット)と、東日本大震災で被災した写真洗浄のプロジェクトを継続している富士フイルムにアドバイスを求めたところ、すぐに協力を申し出ていただき、両者の支援のもとで、職員が日常業務のかたわら、写真の保全に取り組むことになった。
 まず、アルバムの泥を取り除き乾燥させる作業を開始した。写真の現状は1枚ずつデジタルカメラで撮影して記録し、インターンシップの大学生3名にも作業に加わってもらった。作業者はマスク・手袋を着用し、臭いもひどかったため空気清浄機を稼働させた。

アルバムから写真を取り出す作業

アルバムから写真を取り出す作業

 9月5日と8日、史料ネットの松下正和氏、吉川圭太氏、吉原大志氏、小野塚航一氏が来館し、アルバムから写真を取り出す作業の指導とサポートをしてくださった。その後約2週間、写真の取り出しと乾燥を、職員が交代で行った。
 アルバムから取り出した写真は、汚れを取り除きバクテリアの繁殖を抑えるために洗浄が必要である。9月18日、富士フイルムの板橋祐一氏、富塚琢氏、谷口力哉氏が来館し、当館職員が写真洗浄の実演指導を受けた。洗浄が必要な写真は約2,000枚あり、全てを当館で洗浄することはできないため、高陽東高校の生徒・教職員の皆さんに呼びかけて休日にボランティアとして行うこととし、日程調整等を行った。高校生たちに写真洗浄の説明をするため、洗浄手順を簡潔にまとめたマニュアルも作成した。また、アルバムの所蔵者もテレビの取材で当館に来館し、職員と一緒に写真の洗浄作業を体験されたが、「流されてあきらめていた写真を生き返らせてくれた。」と喜んでくださり、活動の励みとなった。

高校生ボランティアによる写真の洗浄作業

高校生ボランティアによる写真の洗浄作業

 10月11日、高陽東高校に生徒48名と教職員、史料ネットの吉川氏、吉原氏、富士フイルムの吉村英紀氏、当館職員など60名が集合し、写真洗浄を行った。参加者は10班に分かれて①写真を洗う→②すすぐ→③水を切る→④乾燥の作業に取り組んだ。最初はぎこちなかった生徒たちの作業も、吉村氏・吉川氏・吉原氏の的確なアドバイスと先生方のサポートのもとで次第にスムーズに進み、午前中に大半の写真の洗浄を終えることができた。14日も生徒30名と当館職員で残りの写真を洗浄し、後日所蔵者に全て返却された。
 この写真保全活動後、ボランティア活動で使用した洗浄手順のマニュアルをもとにリーフレット「土砂災害で被災したアルバム・写真への対処法(手引き)」 を作成し、より多くの方に活用していただけるように当館のホームページで公開した。

【保全活動の成果と課題】
 今回の保全活動では、被災資料のレスキューで豊富な経験や技術を持つ史料ネット・富士フイルムの支援が、専門的な知識を持たないボランティアとの協働を可能とした。災害時の資料保全活動において、文書館を核として被災資料レスキューの専門家や関連機関、市民ボランティアなどが連携することで、地域のアーカイブズを守る支えになることを強く感じた。参加した全ての方へ感謝の意を表したい。また、この活動は、参加者の被災者支援の輪と献身的な取組が県庁内で評価され、広島県が毎月優れた行動事例を庁内で表彰する「月間ベストプラクティス」の一つに選ばれた。今後多発することが予想される災害では、さまざまなものが歴史資料として保全の対象となりうる。非常時に横の繋がりが力強く機能するように、日常的に地域の資料保存機関、修復の専門家、大学などと信頼できる関係を築き、史料ネットなど全国で活動している方々との情報交換を行って、連携の絆を深めておきたい。
 被災資料のレスキューに、一度に50人以上の高校生ボランティアが集まった例はこれまであまりないようだが、高陽東高校では被災者支援に学校全体で取り組み、写真洗浄作業でも生徒たちは大きな力を発揮してくれた。このボランティア活動を通じて、身の回りにある写真や日記なども大切なアーカイブズであること、地域の資料保存のために自分たちにもできることがあることを、胸に刻んでくれれば嬉しく頼もしい。若い世代に資料保存への関心を持ってもらう次の一歩に繋げることも、今後の課題としたい。
 写真の修復作業では、泥水に濡れた写真の処置の難しさと初期対応の大切さを感じた。普段から、基本的な水損資料の扱い方や応急処置を、館内外でのワークショップや研修で経験しておくなど、日常の備えが大切である。
 今年度11月に当館で開催する行政文書・古文書保存管理講習会では、史料ネットの方々を講師に迎えて水損資料や写真修復のワークショップを行う予定である。市町の文書担当職員が一緒に学ぶことで、参加者同士の交流にも繋がる。資料保存活動は、さまざまな立場の人が多様な形で支えてこそ広がりを持てる。その担い手を専門家にとどめず、幅広い世代に関心と理解をもっていただくことが、地域に残る文書を守る力になる。今後もいろいろな機会を捉えて、資料保存の支え手を広げるための活動を継続していきたい。

3.新たなIPMの取り組み
 当館では、平成17年度、臭化メチル全廃を契機にIPMを導入し、書庫の環境管理を行ってきた。平成24年11月からは、行政文書庫・古文書庫・マイクロ保管庫・展示室・展示ケース内の温湿度の計測にデータロガーを導入した。また、害虫のモニタリングでは、粘着トラップを各書庫内外36か所に設置して、週に一度、各書庫を見廻って捕獲された虫の個体数と種類を確認し、書庫内に異常がないか点検した結果を「書庫環境管理日誌」と「害虫種類別捕獲表」に記録している。
 IPMを推進していくためには、担当職員だけでなく、職員全員のIPMへの理解と協力が必須であり、書庫環境やIPMに関する情報の共有が必要である。そこで、今年度から書庫環境の情報共有化の一つとして、「書庫環境月報」の作成と回覧を始めた。月報は、IPM担当者が記録する「書庫環境管理日誌」を基に作成し、1週間ごとの書庫の虫トラップと温湿度の記録、書庫環境に関する気づきなどを1か月分まとめたA3判1枚の報告である。月報には書庫の平面図も掲載し、虫が捕獲された場所や虫の種類・個体数などを書き込んで一覧できるようにした。職員にも館内で虫を見かけたらIPM担当者へ一報してもらうよう呼びかけたところ、書庫外で虫を発見した職員からの報告が増え、対処が迅速にできるようになった。また、古文書庫入口ドア下側のゴムパッキンが劣化して破損し外気が書庫内へ流れ込こんでいたため、スポンジのすき間テープで修繕を行ったが、これも職員が日常点検で発見して改善したものである。6月の講演会では毎年書庫見学を実施しているが、書庫の通路に段ボール紙を敷き詰め、入口に泥落とし用のマットを用意して、通常は土足厳禁の書庫に土足で入庫できるよう準備した。こうしたアイデアや見学後の書庫清掃なども職員同士で提案して実施した。
 書庫等の温湿度に関しては、5月から展示室と展示ケース内のデータロガーの計測間隔を1時間から5分間隔に変更し、データ吸い上げカレンダーを作成して担当者が交代でチェックするようにした。展示ケース内は設計上温湿度の調節が難しいため、温湿度の変化を観察し、収蔵文書の展示を行う場合には史料が劣化しないよう展示期間等に配慮している。ケース内の温度上昇の抑制と照度調節のため、ケース内下側のライトも消灯した。
 また、マイクロ保管庫では、劣化したフィルムの酢酸臭対策として、劣化の激しいマイクロフィルムをキャビネットごと他の場所に移動させた上、庫内で空気清浄機2台を稼働させた。空調による庫内の湿度調節が難しく、また、これまで使用していた調湿剤が昨年度製造中止になったため、酢酸吸着剤と湿度調節剤の代替品を検討中である。
 今後も、書庫の保存環境整備を徹底して行うため、「みんなで書庫環境を守る」という意識をより高めてIPMに職員全員で取り組み、収蔵資料の保存環境を整えていきたい。

4. ホームページによる新たな普及活動
 ところで、以上述べてきた資料保存に関わる業務について、その活動内容を普及させるための、恐らく最も有効な手段となるのがホームページの活用である。
 通常、公文書館のホームページに掲載されるのは、館の業務案内や収蔵資料の目録情報が中心であり、展示・講座等のイベント情報を含めても、更新頻度の高い情報提供は難しいのが実情であろう。その中で、なるべく更新頻度の高い情報提供を行うには、ブログのような日記風のページを開設することが有効である。近年では、TwitterやFacebookなどのSNSを活用する自治体も数多い。ただ、当館も含め、地方自治体の公文書館は、少人数の職員で資料の収集・保存・整理・公開などのさまざまな業務を行っており、上記のようなページを開設した場合、閲覧者からの自由なコメントの投稿に逐一応じるのは困難である。従って当館では、やや一方通行的ではあるが、館の日常の姿をなるべく小まめに更新し、発信する手段として、昨年度途中から「Monthly Report」と「今日の文書館」というページを開設した。
 「Monthly Report」(平成25年8月に開始した「文書館ニュース」を改称したもの)は、1~2か月に1回ずつ、当館のさまざまな行事(展示・講座・講演会等)の様子を1~2頁のレポートにまとめて紹介するものであり、嘱託職員がレポーターとなって分担作成している。
 そして、「Monthly Report」よりもさらに更新頻度の高いページとして新たに開設したのが「今日の文書館」である。「今日の文書館」は、「Monthly Report」で紹介するような行事のレポートと異なり、館の日常的な活動を伝えるためのページとして、ほぼ週1回(月3~5回)のペースで更新している。記事は1件につき2~3枚の写真と200~300字程度の文章で構成し、職員の負担にならない作業となるよう心がけている。これまでに紹介した内容は多岐にわたる。行政文書の移管作業や審査、行政資料の収集、古文書の整理、書架の配架、収蔵資料の貸出など、アーカイブズ機関としての様々な業務紹介している。資料保存に関する業務は、その大部分が一般には知られにくい業務であるが、「今日の文書館」を通じて、それらの業務も紹介している。昨年度は、被災アルバム・写真の保全活動の様子も適宜紹介し、また、除湿機のタンクの水捨て作業や、館内見学に備えて書庫内に段ボール紙を敷く作業を行った様子なども紹介した。このように、公文書館の重要な業務でありながら、利用者からは見えない部分の広報・普及を図る上で、今後もこうしたページの充実を図っていきたい。
 なお、当館では「保存管理講座」 というサブページを設けている。そこでは、保存・整理・補修・環境管理等に関する基本的な情報を掲載しており、「文書の保存について」と題するリーフレットを公開している他、前掲の「土砂災害で被災したアルバム・写真への対処法(手引き)」も掲載している。こうしたリーフレットは、当館が取り組んだ資料保存活動を凝縮した成果物であり、当館の財産でもある。今後もこのようなリーフレットを充実させ、広く活用されるよう普及に努めていきたい。

5.おわりに
 前述した被災アルバム・写真の保全活動は、言わば非常時における資料保存の取組であるが、広島県立文書館が平時に取り組む資料保存活動として、地域資料の所在確認調査がある。当館では、開館直後の平成元年2月より文書調査員(当初は地方調査員と称した)制度を設け、県内の資料所在情報を蓄積してきた。これらの情報のさらなる蓄積を図り、災害時等においても役立てられるよう、市町との情報の共有化を今後進める予定である。資料保存の担い手の増加と、当館が取り組んできた活動の継承も必要である。
 資料保存・修復・環境管理とその普及は、公文書館の普及という側面だけでなく、全国各地に存在するアーカイブズをいかに守り伝えるかという、より広い視野に立ったアーカイブズそのものの普及活動でもある。被災資料を当館で受入れたのは昨年度が初めてであったが、史料保存機関として地域のアーカイブズ保存に貢献したいという職員の思いが、迅速な保全活動につながったと理解している。館内で取り組むIPM業務やそれらの広報も含め、こうした広い視野と深い理念に立った公文書館業務を、今後も推進していきたいと考えている。

*1・4・5は西向宏介、2・3は下向井祐子が執筆した。