筑波大学図書館情報メディア系
教授 白井哲哉
このたび筑波大学では認証アーキビスト養成のための教育プログラムを整備し、2023年度から運用を開始した。本学の教育プログラムは特定の大学院研究科に専攻やコースを設置していない。以下ではその背景と方針、授業形式、科目の概要などを紹介していきたい。
1.背景と方針
筑波大学では以前から、日本のアーキビスト養成に関心をもつ何人かの教員がそれぞれの所属組織で養成制度の整備を話題にすることがあった。一方、2019年3月に国立公文書館が開催した「第1回アーキビスト認証準備委員会」では筑波大学大学院図書館情報メディア研究科(当時)が「既存のアーキビスト等養成実態調査」対象の一つに挙げられた。このような背景を持つ本学にとって、2020年3月の国立公文書館によるアーキビスト認証の運用開始はアーキビスト養成を具体的に検討する良い契機となった。
今回の取組は2022年3月から始まった。人文社会系の中野目徹教授と白井が意見交換する機会があり、白井が所属する大学院組織で取り組む方向や連携などを話し合った。その後、白井は教員組織である図書館情報メディア系の系長(部局の長)はじめ関係教員や支援室(事務方)と協議を開始、2022年度事業として取り組むことの了承を得た。
近年、筑波大学では大学院組織の大幅な再編が行われ、現在は4の学術院(研究科相当組織)の下に13の研究群・専攻等(専攻相当組織)が設置される。このうち白井が所属する人間総合科学学術院人間総合科学研究群は25の学位プログラムで構成されており、研究群と学位プログラムの関係は一般の大学院における研究科―専攻の構成にほぼ相当する。白井はその一つである情報学学位プログラムの担当教員であり、ここが中心となって認証アーキビストの教育プログラムを検討した。ちなみに中野目教授は人文社会ビジネス科学学術院の下の人文社会科学研究群に所属する。この研究群は人文学、国際公共政策、国際日本研究の3の学位プログラムで構成され、人文学学位プログラムはさらに6のサブプログラムに分かれていて、中野目教授はその一つである歴史・人類学サブプログラムの担当教員である。本学における取組は当初から複数の教育組織による連携事業であった。
4月中には次の三つの方針が固まった。a)認証アーキビスト養成のための教育プログラムは情報学学位プログラムが設置し、他の学位プログラムや研究群と連携する教育プログラムとして設計する。b) 履修対象は各学位プログラムの大学院生のほか、該当科目を科目等履修生として受講する社会人とする。c) 情報学学位プログラムが設置する科目はオンライン履修・受講を基本とする。これにより遠隔地からの履修・受講を可能とする。
5月には情報学学位プログラムと歴史・人類学サブプログラムの最初の科目案が揃い、その後は各教育組織で検討、協議、調整が進んだ。科目案の一部修正等を経て、11月30日付で二つの学位プログラムの長(プログラムリーダー)による「国立公文書館が認証する「認証アーキビスト」のための履修科目の指定に関する覚書」が決定されて学内手続が終了した。後述する各科目の講義は翌2023年4月から開始、本学の教育プログラムは同年6月のアーキビスト認証委員会を経て、国立公文書館の定める認証アーキビスト審査細則に記載された。
2.授業形式
大学院における認証アーキビストに必要な知識・技能等を学ぶ科目は12単位が標準とされている。本学の場合は新たな科目の開設でなく既存の科目を活用して12単位を整備する方針をとった。また複数の学位プログラムの学生が受講するので、「アーキビストの職務基準書」が求める知識・技能から各学位プログラムの各専門分野に関連する内容の科目を選択できるように設計した。
ここで情報学学位プログラムの時間割と授業形式を説明しておく。本学は1時限75分で、8時40分から18時00分までの6時限で授業を実施している。本学位プログラムにおける1回の授業は原則2時限連続で、15分の休憩を挟んだ実質150分授業である。また本学位プログラムは、大学院組織改編前の図書館情報メディア研究科時代から社会人大学院生を対象として平日夜間のコースを開設している。それらの科目に認証アーキビストのための科目のほとんどが含まれている。
新型コロナウイルス感染対応を迫られた2020年度は奇しくも情報学学位プログラムの初年度だったが、このとき本学位プログラムが開講する認証アーキビストのための科目はオンライン授業となって現在に至る。その多くはオンデマンド型で、教員は事前作成した授業ビデオや配付資料を学習管理システムmanabaに掲載し、学生はmanabaから視聴する。授業ビデオはMicrosoft TeamsやSharePoint等へ掲載してリンクを貼り、これで学生たちは校舎へ通うことなく自宅等で受講できる。なお学生の視聴負担を考えて授業ビデオは1時限分の複数分割作成が奨励されている。学生たちはこれらの授業ビデオの速度を変えたり繰り返し視聴したりしているようである。
3.科目の概要
上記の授業形式のもと、共通必修科目8単位及び選択必修科目4単位分の科目を認証アーキビストのための科目に指定した。科目の指定にあたっては担当教員と協議の場を設け、認証アーキビスト制度及び「アーキビストの職務基準書」が求める知識・技能を説明し、講義内容とのすり合わせ等につき担当教員の理解を求めた。幸い、講義内容の調整を含めて協力を得ることができた。以下、それらの概要を紹介する。
共通科目は、「アーカイブズ」「博物館情報メディア」「知的財産と情報の安全」「デジタルヒューマニティーズ」の4科目8単位である。いずれも昼間と夜間で同内容の講義を開講しており、学生は自らの受講計画に基づきどちらかを選択して受講する。なお昼間の講義科目は隔年で英語授業と日本語授業が交互に行われ、英語授業の内容は留学生の受講を念頭においている。認証アーキビストの科目に指定したのは日本語授業のみである。「アーカイブズ」は認証アーキビスト関係科目の中心になる。「博物館情報メディア」は博物館情報学に関する科目だが、一部の講義で保存科学、資料修復、視聴覚資料の取り扱いに関する内容を扱っている。「知的財産と情報の安全」は知的財産、情報セキュリティ、情報倫理に関する科目だが、一部の講義で情報公開法と個人情報保護法を扱っている。なお「アーカイブズ」では公文書管理法、公文書館法、文化財保護法を取り扱う。「デジタルヒューマニティーズ」では「アーキビストの職務基準書」が想定するデジタル技術に関する内容がひととおり網羅されている。
選択必修科目は、歴史・人類学サブプログラムと情報学学位プログラムでそれぞれ独自の科目を指定する。歴史・人類学サブプログラムは「日本史特講ⅢA」「日本史特講ⅢB」「日本史特講ⅤA」「日本史特講ⅤB」の4科目4単位である。前二者は近代史料学、後二者は近代文献学を取り扱う演習科目で、筑波大学アーカイブズなどを会場に対面形式授業を行っている。情報学学位プログラムは「情報組織化」「記録情報管理」の2科目4単位である。前者はメタデータ記述、識別子、オントロジー技術など電子情報資源に関する内容を専門的に取り扱う。「記録情報管理」はオンライン形式の演習科目で、この科目のみ新規に開講した。アーキビストの実務経験が豊富な非常勤講師2名を迎え、「アーキビストの職務基準書」が求める「職務遂行に必要とされる技能」や「職務全体に係るマネジメント能力」の養成に資する実践課題研究と評価・振り返りを行っている。
4.おわりに
教育プログラム開始からまだ2年目で、現時点で何か目に見える成果が挙がっているとは思っていない。全科目の単位を取得し、国立公文書館が2024年度から開始した准認証アーキビストへ申請可能になる学生は今年度末から輩出される。果たしてどれだけの学生が申請するかはまったくわからない。それでも認証アーキビストをめざす社会人の科目等履修生が現れるなど、微かな手応えも感じている。
他の大学院の認証アーキビスト養成プログラムは、歴史学など人文社会科学の学術基盤をもつ例が多いと思われる。これに対し本学の場合は、情報工学の学術基盤を有する点に特徴がある。また、必修12単位を共通科目と選択科目に分けて選択科目に各学位プログラムの専門分野を反映させる制度設計は、今後輩出されるだろうアーキビストの多様な学術的専門性を保証する上で有意義と考える。参考に博物館学芸員の専門性を見ると、当初は考古や美術など資料に関する学術研究分野だったのが徐々に拡大し、近年は保存科学や情報学を専門とする学芸員が誕生してきた。アーキビストの専門性も公文書、歴史資料、電子文書、企業文書、保存修復など今後は多様化・分化・深化していくと思われるので、それに対する養成上の対応は必須だろう。
本学の取り組みにおける今後の課題は、何より講義内容の一層の充実を挙げたい。遠隔地からの受講を可能にするオンライン授業形式を導入した本学の教育プログラムは、その評判もオンラインで遠隔地へ拡散すると覚悟すべきである。全国各地に散在する受講生の期待に応えてアーキビストへの道を開くには、社会の変化に注意を払いながら常に講義内容を見直すことが求められる。他にも改善すべき点はあるものの、オンライン授業という形式を取り入れた本学の教育プログラムが、今後の日本におけるアーキビスト養成制度の充実に些かなりとも寄与することを願ってやまない。