特別対談 作家 諸田玲子 × 館長 加藤丈夫

国立公文書館に『お鳥見女房』『あくじゃれ瓢六』シリーズなどの時代小説で知られる作家、
諸田玲子さんが来館されました。
歴史資料の宝庫である国立公文書館の未来について、館長との熱い語り合いをご紹介します。

日本の公文書管理はまさにこれから

加藤
本日はようこそいっしゃいました。
諸田
お招きありがとうございます。先に館内を見学させて頂いたのですが、書庫に資料がずらりと整然と並んでいて、圧倒されました。
加藤
あれがここの命ですからね。全ての資料を並べると60キロメートルになりますよ。
諸田
60キロメートル!?すごいですね。
加藤
これでもアメリカやフランスと比べるとずっと少ないんです。保管資料の量だけ見ても、日本の公文書管理は立ち遅れてしまっていると言わざるを得ない状況です。ちなみに、当館の職員の数は約150人、正規の職員は約50名。英米とは2桁ぐらい違う。そのうち、当館の公文書の専門家、いわゆるアーキビストは、22人しかおりません。
諸田
それはなぜなんでしょう?
加藤
この本館は、昭和46年に設置されたのですが、公文書に関する基本ルールを定めた法律ができてから、まだ4年しか経っていません(笑)。法律ができてからやっと、もっと人材を育てよう、という動きがでてきました。
諸田
大事ですね、人を育てるって。そういえば私、この『国立公文書館ニュース』を読むまで、「アーキビスト」自体を知りませんでした。
加藤
そうでしょう。例えば図書館の「司書」や、美術館・博物館の「学芸員」は、社会的に認知されていますよね。ところが、「アーキビスト」というのは、日本語の定訳が無いんですよ。そういうところから考えても、国の一番大事な資料を管理する人材育成を含めた体制の整備は、まさにこれからなんです。
諸田
私もね、小説を書くために歴史を調べていて、地方の学芸員の方たちとお話をする機会が多いんですけど、せっかく勉強してもなかなか就職先がないとおっしゃるんですね。歴史とか資料とか、こんなに大事なことなのに、どうして活躍の場がないのかと常々思っていました。
加藤
大学において、アーキビストの専門課程はまだほとんどありません。今、当館の書庫がもうすぐいっぱいになるから、新しい公文書館を建てようという話が出ていますが、建物と並んで、館で働く人をどうやって確保するか、育てていくか、ということが大きな課題となっています。
諸田
興味のある人は大勢いると思うんですよ、若い人でも。でも、そういう勉強をしても就職先があるかわからないというか……日本全体が何かそういう風潮なのかもしれません。ビジネスに結びつかない勉強は必要ない、という。
加藤
そうですね。公文書は国益のためには非常に重要なものなんですけどね。
諸田
ずっと後になって大事な資料が散逸してしまったことに気付いても遅いですよね。すぐにお金になるようなものではないかもしれないけれど、長い目で見ればとてつもなく大事なものがある、という意識が大切だと思います。最近の日本にはどうもそれが欠けているような気がして。だから、これはお世辞ではなく、公文書館にはとっても期待しているんです、私。
修復室

修復室

修復は、技術と根気を必要とする作業です

まずは知ってもらうこと

加藤
本当は、公文書館の一番大事な役割というのは、諸田さんにも2階の閲覧室で体験して頂いたように、一つの事柄を調べたいとか、研究しているといった方たちに、ご希望の資料を提供することなんです。ただ、日本の場合は、その前に公文書館を知って頂くということから始める必要がある。アメリカやフランスですとね、子どもの頃から公文書館に慣れ親しんでいる。公文書館に子どもたちがいっぱいいて、遊んでいるんですよ。
諸田
日本では、公文書館自体、知られていないですよね。私も物書きを始めてから知りましたし。
閲覧室

閲覧室

小説の題材にも取り上げている「お鳥見」の資料を閲覧中

加藤
知ってもらうための取組の一つとして、展示にも力を入れています。
例えば、この春に開催した「JFK─その生涯と遺産」展は、新聞などにも取り上げられ、来館者4万2千人という、当館の新記録を樹立しました。グッズが全部売り切れちゃいましてね。
諸田
昨年秋に開催された「江戸時代の罪と罰」も、とてもわかりやすかったし、面白かったし。
加藤
実は今までやっていた展示は、いわゆる「虫干し」の意味合いに近いものだったんですよ。書庫にしまってあった資料を、年に1回外に出す、みたいなね。
ですが、これからはやっぱり企画力で勝負しませんと。この夏の「昭和20年」展もね、原本は6日間だけでしたけど、「終戦の詔書」を展示して、それに合わせて昭和天皇の玉音放送を流したんです。大変な反響がありました。
諸田
そういうことができるのは、公文書館ならではですよね。そして、ただ手持ちのものを並べるだけじゃないというのが、素晴らしいと思います。アイデアの勝負ですね。
加藤
そうですね。これからますますそうなると思います。
本館1階特設展示

本館1階特設展示

館長による解説にも熱が入ります

諸田
実は、最初に公文書館って聞いたとき、小説を書き始めた頃だったんですけど、ものすごく堅いイメージをもっていたんです。いわゆるお役所みたいな、難解な資料ばかりがあって、なかなか見せてもらえなくて、たくさん手続きしたり申請したり、っていうようなイメージが強くて。
だから、あんな面白い企画展をやっていることも意外で。このあいだの展覧会のタイトルなんて、「恋する王朝」でしたものね。全然公文書館のイメージじゃなかった。
加藤
最近皆、ネーミングに凝りだしちゃって(笑)。
諸田
そのギャップの大きさが、とっても面白かったです。行政文書の展示をやった次に、「恋」をもってくるか!と。本当にもっと、子どもたち、若い人たちにも知ってもらわなくちゃ。
見学ツアーをやっていらっしゃるんですよね。すごくいいことだと思います。
加藤
小・中・高校生、あと大学生向けに、去年ぐらいから力を入れ始めましてね。私は挨拶に出ていくんですけど、職員が色々と面白いプログラムを組んでいます。それから、学校の先生を対象としたプログラムもあります。まず学校の先生に見て頂いて、そして生徒さんを連れて来てもらいたい。
諸田
目指すところは、子どもたちがたくさんいる公文書館ですね。
加藤
そうです。ワシントンの公文書館などはね、夏休みに1階のホールで、子どもたちを合宿させて、それで南北戦争の実演をさせるんですよ。
諸田
ええっ、南北戦争ですか?
加藤
はい。南軍と北軍に分かれて、一晩過ごすんです。公文書館で。
諸田
なんて愉快な発想でしょう。
加藤
公文書に馴染むということは、民主主義の根幹を学ぶことや、自国の歴史や歩みに誇りをもつことにも関わるんです。ただ、そういうことを言い出すとつまらなくなりますからね(笑)。
だからというわけではありませんが、当館も真似をしてね、1階にタッチパネルを設置して、子ども向けのクイズやパズルを入れてみたりしています。とにかく遊んでもらおうと。
諸田
何だかそのうち、加藤館長が徳川将軍の格好か何かでご挨拶に出て来たりするんじゃないでしょうか(笑)。
加藤
面白いですね、2016年は、徳川家康没後400年ですし(笑)。
本館1階

本館1階

設置された大型タッチパネルでパズルに挑戦

時代小説の執筆と公文書館

諸田
時代物を書いていると、幕府からあれをしちゃいけない、これをしちゃいけないというお触れが次々に出てくるんです。例えば、生類憐みの令もそうですが、奢侈(しゃし)禁止、賭事禁止、密猟、抜荷(ぬけに)、飯盛女(めしもりおんな)……でも、何回もお触れが出るものというのはそれだけ違反者が多かったってことだろうなと。
加藤
ええ、そうです!
諸田
さきほどの「江戸時代の罪と罰」展でもいろいろ解説されていましたけれど、資料から読み取れることを、時に逆転して見てみると面白いですね。不倫を禁止するお触れが出ているからといって、江戸時代が必ずしも市民にとって厳しい時代だったわけではなくて、むしろそこには、大勢の人が不倫の恋をしていたという背景があった。だからそれを罰する規則ができたのでしょう。
ただお触れが出されただけではなくて、もうひとつ深く掘り下げると、そこに生きる人々が見えてくる。
加藤
それこそが文書を紐解く面白さでもありますね。
諸田
公文書館にはこれだけの資料がそろっているわけですから、掘り下げて調べていたら、時には、常識のように思い込んでいたことが打ち破られたりすることがありますよね。一つの資料だけでは見えてこない歴史ってありますから。
加藤
そういうふうにご覧頂くと、我々にとってもやりがいがあります。
諸田
歴史小説を書く際、歴史上実際にあった出来事と絡めて書くときは、しっかりとした事実を捉えて、そこから想像力を膨らませていきます。
加藤
諸田さんの小説は、素人がこんなこと言っては失礼かもしれないけれど、歯切れが良いですよね。ぽんぽん、とね。読んでいて楽しくなってくる。
諸田
それは多分、私がもともと英文科だったこともあって、外国のミステリーを好んで読んでいたからかもしれません。純文学的なものは苦手で。内省的で、重箱の隅をつつくようなものは性格的にあわなくて。
加藤
私は、諸田さんの作品は、『奸婦にあらず』や『お鳥見女房』シリーズ、『波止場浪漫』も読ませて頂いているんですけれど、出てくる女性に特徴がありますよね。一途でひたむきな人が多い。どうもそれは作者ご本人に似ているんではないかって思っていたのですが。
諸田
いえいえ、作中の女性は、逆に自分とは全然ちがう憧れというか、こういう女になりたいな、という理想が表れるんですよ。で、男の人を書くとなんか駄目男ばっかりなんです(笑)。男の人のほうに自分を投入しているのかも。
加藤
おきゃんな女性が多いですよね。おきゃんって言葉、最近ではきかないけれど。そういうことは意識されたことはありません?
諸田
そう言えば、私、60冊くらい書いていて、ほとんどが時代物なんですけど、主人公はいつも武士の女の人ですね、と人に言われたことがあります。
自分では意識していませんでしたが、そう言われてみれば確かに、商人とかお医者さんの主人公も元武士の娘という設定だったり。私自身が普通の会社員の娘だからかもしれませんが、どこかにこう、凛々しさみたいなものに憧れるところが、きっとあるんだと思います。商人とどっちが良い悪いじゃなくて、武士に惹かれるところがあるんでしょうね。
加藤
武士についてでも、それ以外のことについてでも、何かお調べになりたいことがありましたら、いつでも当館にいらしてくださいね。
諸田
私が今「こんな資料は無いんだろうな」と思っているものも、実はここにあるかもしれませんね(笑)。
加藤
今無くても、毎年約2万点、新しい資料を受け入れていますから、これから入る可能性もあります。
諸田
それってとても、すごいことですよね。新しい資料によって歴史が塗り替えられる可能性だってありますから。
加藤
本当にそうなんです。ただ、そのためには手に取って頂かないと。
諸田
これからもっともっと、資料も、人も、あと建物も、充実していくんですよね。本当に期待しています。私も、がんばって皆さんに知らせます。公文書館の楽しさを。
加藤
ありがとうございます。是非、サポーターになって頂けると嬉しいです。
諸田玲子

諸田玲子(もろた・れいこ)

1954年、静岡市生まれ。上智大学文学部英文科卒。
外資系企業勤務、テレビドラマのノベライズや翻訳等を手がけた後、作家活動に入る。
著書に『其の一日』(第24回吉川英治文学新人賞)、『奸婦にあらず』(第25回新田次郎文学賞)、『四十八人目の忠臣』(第1回歴史時代作家クラブ賞)、『王朝小遊記』などがある。

帰蝶

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