わたしたちの憲法を考える ~日本国憲法施行から70年目の今~
橋本五郎さん(左)と下重直樹 公文書専門官(右)

読売新聞特別編集委員の橋本五郎さんが、当館を訪れました。加藤丈夫館長の案内により、憲法に関わる資料などをご覧になった後、下重直樹公文書専門官と、憲法についての対談を行いました。施行から今年でちょうど70年を迎える日本国憲法については、昨今、社会的な関心が高まりつつあります。対談は、憲法の成立に力を尽くした「憲法大臣」金森徳次郎(1886 - 1959)に始まり、昨今の改憲をめぐる議論や教育まで、多岐にわたる内容となりました。

日本国憲法の誕生の過程─金森徳次郎の存在

当館では、日本国憲法施行から50年目、60年目という節目ごとに憲法展を行なってきましたが、70年目にあたる今回の特別展は、社会的な関心や憲法をめぐる議論を踏まえると、これまでとはまた異なる意義があると考えています。きっと注目を集めるのではないかと思うのですが。

実に興味深いです。改憲議論が盛んになってきたなかで、改めて出発点に思いを馳せ、70年前を振り返ることはとても意義深いと思います。改憲派であれ護憲派であれ、多くの人に見てもらいたいですね。

今回の展示では、日本国憲法の誕生の過程を丹念に追っていくとともに、これに内在的に関わった人物にも着目し、特に金森徳次郎に焦点を当てようと思っています。彼は、戦前の岡田啓介内閣で法制局長官、戦後は第一次吉田茂内閣で憲法担当の国務大臣として憲法に関する議会答弁にあたり、のちに国立国会図書館の初代館長となりましたが、今日では一般には知名度が高くありません。

金森の発言で一番有名なのは、象徴天皇制の「象徴」とは何だろうという皆の疑問に「憧れの中心」という実に巧妙な表現で答えたことです。国体を「天皇を憧れの中心として、心の繋がりを持って統合している国家」としたものですね。そこには明治憲法からのある種の連続性を強調しようという意図もあったと思います。

そうですね。国民の支持が見定められないなか、保守派に対しては連続性を強調しつつ、急進派や対外的にもやはり「変わったんだ」ということを説明しないと国際的な理解を得られません。そのギリギリの線を答弁を通して決めていくところが、この時代の金森を見る上で非常に刺激的です。

今の憲法を考える上で大切なのは、どういうふうに誕生したかという共通認識です。GHQが作ったのは事実ですが、日本人の考えがまるで入っていないかと言えば、私は決してそうではないと思う。GHQによる草案であっても、それを日本人がどのように咀嚼(そしゃく)しようとしたかを知るのは必要なことだと思います。

金森は戦前から法令を平易にして国民の理解を得ることを重視していました。憲法を口語化する上でも非常に大きな役割を果たしていたようで、憲法改正草案を作る過程で内閣嘱託としてタッチしています。

日本国憲法の制定と定着への道を考える上で金森の存在は、明治憲法制定における伊藤博文に比すべき大きさがあると思います。どのように憲法が作られたかを振り返ることは大いに必要なことだし、金森徳次郎に焦点をあてるのは、非常によいことだと思います。

伊藤は『憲法義解』を出すなどしていわば「憲法のカリスマ」であることを政治的資産として君臨していたわけですが、金森自身は有権解釈書のようなものを出すことに非常に違和感を持っていました。やはり「国民の憲法」なのだという意識が強く、その内容は国民が時代や状況に応じて自ら選び取っていくべきで、権力が一つの決まった解釈を示して縛るのはおかしいと考えていました。戦前への反省からこれが正しい解釈だと示さない姿勢は一貫していると思います。

対談の様子

改憲をめぐる議論/憲法の今日的な意義

昨今、憲法論議に関して非常に残念な点は、改正か反対かの論議ばかりで、そこから先に進まないことです。これはマスコミの責任も大きい。まず、「改憲是か否か」という世論調査を必ず行なうわけです。しかし、そもそも憲法の中に改正条項があるのですから、それはおかしい。何をどうすべきかを問題にするべきであって、改憲の是非が先に出てくるというのは、反省すべき点だと思います。

もう一つ改正論で言えば、ドイツを見習うべきだということです。ドイツは憲法にあたるドイツ連邦共和国基本法を60回改正しています。大きいものは、国防軍を持つことと緊急事態条項です。その2つを決める時にどうしたかというと、キリスト教民主・社会同盟と社会民主党で大連立を組んだのです。日本では自民党は長い間、自党だけで3分の2を取ろうとしてきました。今は公明党などと改憲を目指していますが、野党とも一緒に憲法を改正するべきだと、私は考えています。

1946年の帝国憲法を改正する際の芦田小委員会(衆議院帝国憲法改正案委員小委員会)の速記録は95年に公開されました。内容を見ると党派を超えて議論しようという議員がいて、連合国側の意向でも思想や制度のよいところがあれば取り入れる、「採長補短は我が国の過去の歴史の長所だ」と新しい国を作っていこうという共通の意識があったことを感じました。

先般の安保法制の議論やご退位のことなど、今改めて憲法の意義が問われていると思いますが、憲法の今日的な意義をどのようにお考えでしょうか。

一番重要なのは、条文の解釈論争ではなく、憲法に込められた精神を理解することです。憲法の精神や意義を無視して字面ばかり追うのではいけません。大切なのは、この部分は定着しましたが、ここは変えた方がよいという形で議論することです。例えば、9条と自衛隊の問題にしても、合憲か違憲かの論争ではなく、国民を守る、国を守るというのはどういうことなのかという根本の部分を論じなければ意味がありません。そこに憲法の意義があります。

憲法の基本理念である基本的人権の尊重と公共の利益との調整ということも一つの争点になっていますが、今の世の中と政治の動きなどをご覧になっていて、この兼ね合いについては、どのようにお考えでしょうか。

今、非常に問題だと思うのは、「寛容の精神」がないことです。国として社会として一番大切なことは寛容さです。自らに厳しく、他者には寛容であること。それは自国のためだけではなく、他国に対してもあるものでなければいけない。戦後新しく生まれ変わった憲法としては、そこを本当に大切にしなければいけないと思います。ISや紛争問題などにも当てはまることで、自分たちの一神教以外に、他所にも一神教の人たちがいて社会が成り立っていることを認める寛容な気持ちがなければいけない。だからこそ、憲法の背後にある精神としての寛容さを語らなければいけないと思います。

もう一つ、今は改憲か護憲かという択一的な議論がどうしても先行してしまっていますが、戦後70年間の政治の中で憲法はどう活きてきたのか、もっと活かすにはどうしたらいいのか、それについてお聞かせください。

憲法は国民的にかなり定着していると思います。例えば自衛隊をどう考えるか。政治で大切なのは、まず最大公約数を追い求めることですが、今、国民の8割ほどは自衛隊の存在を認めています。自衛隊の本務は災害の救援ではなく、日本国と日本国民が危機にさらされた時にそれを守るということです。9条の第1項は侵略戦争をしないということ、第2項にはそのための戦力を持たないとあります。この部分をめぐって論争になるわけですが、現在は、自衛のための組織ならよいのではないかというところまでコンセンサスができつつある状況ではないかと思います。だからこそ、政府には、真正面から議論を進めてほしいし、野党に対しそう呼びかけてはどうかと、私はそう考えてます。

憲法をより身近なものへ─多様な視点からの学び

憲法改正を最後に決めるのは国民投票となるわけで、国民の側にも憲法と正面から向き合う姿勢や十分な思索が必要ではないかと思います。

憲法は一番身近で一番大事なものですから、学校教育で根本から教えなければいけません。そのためには、多様な視点で憲法を教えることが必要となります。その努力を先生にしてほしいのです。

当館の常設展示も、これまで以上に小中学生などが気軽に来て、「憲法は自分たちのものなんだ」ということを学んでもらえるようなものに充実させていければと考えています。

政治家も勉強が必要です。この前の安保法制でもそうでした。議論すべきことは、法律上の問題とは別に、いざという時に日本国民を守るにはどうしたらいいかということです。政治の役割というのは、国民を守るためならいかなることでも政治の責任で準備しておく、そして、それに対して責任をとり、最終的には選挙で国民の審判を受けるということなんです。

橋本さんはご出身の秋田県に「橋本五郎文庫」という図書館もつくられていて、我々公文書館とも近い立場だと思います。情報の自由、知る権利なども、戦後70年間で議論になった焦点だと思いますが、その辺はどうお考えでしょうか。

やはり一番の問題は教育だと思います。私の時代で言うと、例えば「いい国(1192)作ろう鎌倉幕府」なんて語呂合わせは今でも覚えているし、一生懸命暗記することはいいことだと思います。ただし、そこにとどまるのではなく、鎌倉幕府がどういう政権だったかを知らなければいけない。律令国家から摂関政治になり、天皇や貴族の警護にあたった侍、つまり用心棒が1192年に政権をとったわけです。私に言わせれば、「用心棒政治」です。その仕組みが明治維新まで続いた。そういう具合に1192年の持つ意味を教えていくべきです。

明治憲法もよく欽定憲法や天皇大権の面で言われますが、あの当時は世界で最も民主的な憲法でした。だから、他国と比較してグローバルに教えるということも考えなければいけない。1つの視点ではなく、いろいろな見方があることを子供たちに示し、あとは自分でいろいろ勉強してごらんと教えればいいんです。そういう教育を行うためには、やはり学校の先生だけでは難しいので、在野の方を積極的に入れるべきです。そういうふうにして教育を社会全体に広げていくことが大切だと思います。ですから、子供たちが来るのを待っているだけではなく、公文書館からも学校教育の場に出張すればいいんですよ。なんといっても、物(原本)があるというのは強みです。その強みを十分に活かすべきだと思います。

公文書を通して物事を一面ではなくいろいろな観点から考えられるような、そういった学びの場を提供できるようにしていきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。

対談の様子
橋本五郎

橋本五郎(はしもと・ごろう)

1946年 秋田県琴丘町(現三種町)生まれ。70年慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、読売新聞社に入社。75年に本社社会部、76年より政治部、論説委員、政治部長・編集局次長を歴任。99年からは日本テレビ系列「ジパングあさ6」、「ズームイン!!SUPER!」でニュース解説を担当。2006年より読売新聞特別編集委員。14年日本記者クラブ賞受賞。

●メディア活動
日本テレビ「スッキリ!!」、読売テレビ「ウェークアップ!ぷらす」、「情報ライブ ミヤネ屋」にレギュラー出演。

●主な著書
『心に響く51の言葉』(中央公論新社)、『総理の覚悟』、『総理の器量』(ともに中公新書ラクレ)、『「二回半」読む』、『範は歴史にあり』(ともに藤原書店)他

範は歴史にあり

『範は歴史にあり』(2010年1月/藤原書店)

短期的な政治解説にながされず、常に幅広く歴史と書物に叡智を求めながら、「政治の役割とは何か」を深く、やわらかく問いかけた1冊。

平成29年春の特別展「誕生 日本国憲法」

会期
4月8日(土)~5月7日(日)
時間
9:45 ~17:30(無休・入場無料)
※5月4日、5月5日を除く木曜日、金曜日は20:00まで

今回の展示では、当館所蔵の資料から日本国憲法の制定過程をたどります。対談内でも話題となった「憲法大臣」として、その誕生に大きな役割を果たした金森徳次郎にも注目し、憲法がどのような経過をたどって生まれてきたのかを、当館所蔵の基本資料を中心に展示します。

春の特別展「誕生 日本国憲法」記念講演会

開催日
平成29年4月29日(土・祝)13:45 ~ 16:15(開場 13:15)
開催場所
国立大学法人一橋大学 一橋講堂(東京都千代田区一ツ橋2-1-2 学術総合センター 2階)
講師
橋本五郎氏(読売新聞特別編集委員)、古関彰一氏(憲政史家、和光学園理事長)
※申込方法等、詳しくはPDFのP8をご参照ください。