44. 仁風便覧じんぷうべんらん

[請求番号 182-0266]

飢饉が深刻になると、幕府や藩は窮民に米を支給したり御救小屋を設けたり、それぞれに救済策を講じましたが、それだけで深刻な飢餓が解消したわけではありません。天保5年(1834)、大坂の町では、富裕な商人たちの義捐金や米が窮民に施されました。『仁風便覧』はその篤志とくしを称えて出版された寄付者名簿。大坂三郷さんごう(大坂の行政区画である北組・南組・天満組)等の寄付者名が掲載されています。

皮肉なことに本書が出版された天保8年3月は、大塩平八郎が飢饉の惨状を前に無策な町奉行と豪商たちを糾弾して乱を起こした翌月に当たり(潜伏していた大塩父子が幕吏に包囲され自害を遂げたのは3月27日)、高額寄付者の平野屋五兵衛・鴻池こうのいけ屋善右衛門らの店は、いずれも大塩軍によって火をつけられました。全1冊。

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