21 チリ地震と津波

 昭和35年(1960)5月23日午前4時11分(日本時間)、南米チリ共和国で観測史上世界最大のM9.5という大地震が発生し、チリ全土で死者1700人以上の被害となりました。地震発生から約15分後には、遡上高約18メートルの津波がチリ沿岸部に押し寄せ、約17時間後にはハワイ諸島に、約23時間後の同月24日午前2時半頃には、約1万7千キロメートル離れた日本を襲いました。
 津波は、伊豆大島に24日午前2時33分に到達したのを初めとして、北海道、三陸地方、そして鹿児島県の枕崎に午前5時50分頃到達しました。津波の高さは、北海道から九州までの太平洋沿岸で2〜4メートルでしたが、地震の揺れを感じない津波だったため、死者142人に及ぶ被害となりました。
 津波発生情報が発表されたのは、津波が北海道や三陸地方をはじめとした太平洋沿岸を襲った2時間以上後になってからで、それも「弱い津波が発生する」というものでした。これは、当時チリ地震津波のような遠地からの津波は想定外だったためと考えられます。これを教訓として、この後気象庁では、遠地津波に対する津波予報を新設したほか、遠地津波に対して国際的な連携を強めていきました。
 チリ地震は、津波高が最大6メートルあまりであり、一部の防潮堤に守られた地域ではほとんど被害が出ませんでした。これを受けて、この後、国や県は津波対策として防潮堤や水門、河川堤防などの建設などを進めていきました。しかし、こういった構造物主体の津波対策は、チリ地震津波相当の津波には堪えられても、防潮堤の高さを超える津波には対処できず、また、防潮堤があることで土地利用計画などを推進しにくくしたほか、防潮堤への安心感から防災への関心を低くさせてしまうという結果も生み出すこととなりました。資料は、昭和35年5月26日に警察庁が報告したチリ地震津波の被害についての文書です。

チリ地震津波の被災状況報告
請求番号:平14 内閣01435100
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