遥かなる幸福の国 〜日本・デンマークの150年とこれから〜 日本から8,000キロ以上離れたデンマーク。今年は日本との外交関係樹立150周年を迎えます。2016年の「世界幸福度調査※」で第1位になった 幸福の国デンマークと日本の関係について、小原由美子首席公文書専門官が、日本デンマーク協会会長・近藤誠一氏にうかがいます。

日本から8,000キロ以上離れたデンマーク。今年は日本との外交関係樹立150周年を迎えます。2016年の「世界幸福度調査※」で第1位になった "幸福の国"デンマークと日本の関係について、小原由美子首席公文書専門官が、日本デンマーク協会会長・近藤誠一氏にうかがいます。

クロンボー城

※国連と米コロンビア大学が設立した「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)」と同大学地球研究所が発表した「世界幸福度報告書2016」による。

「北欧の小国」デンマークに日本が求めたもの

小原 デンマークというと、アンデルセン、レゴ、人魚姫……などを思い起こしますが、私たちはデンマークという国について明確なイメージを持っていないように思います。初めに、デンマークの基本情報について教えていただけますか?

近藤 かつてバイキングが活躍した国としてご存じの方も多いと思いますが、決して "荒々しい国民性"というわけではありません(笑)。その国づくりの歴史、国民の意識の高さから私たちが学ぶべきことは少なくありません。ひと言で言うなら、「成熟した大人の国」ですね。

デンマーク 国情報

クロンボー城

シェークスピアの戯曲『ハムレット』の舞台として知られるクロンボー城。

小原 今年は、日本がデンマークと外交関係を樹立して150年という節目にあたります。当時の日本にとって、デンマークとの外交はどのような意味を持ったのでしょうか?

近藤 両国が修好通商航海条約を締結したのは1867年、大政奉還が行われた年のことです。世界に門戸を開いた日本は、岩倉具視卿の使節団が長期にわたって欧米を訪問するなど、海外から貪欲に学びました。しかし、岩倉使節団がデンマークを訪れたことは、あまり知られていません。彼らは、近代国家に向かって歩み始めた日本が "独立"国家として進むべきモデルを、ヨーロッパの大国ではなく、デンマークのような小国の存在に求めていたのだと思います。

小原 なるほど。"小国ならではの知恵"が、新たな日本の国づくりの参考になると考えたのですね。では、その後、現代に至るまで、日本とデンマークはどのような関係を築いてきたのでしょうか?

近藤 欧州最古と言われるデンマーク王室と、日本の皇室は、長きにわたって親密な関係を築いてきました。現代においては、デンマークはヨーロッパの中でも農業大国として知られており、豚肉の生産や酪農がさかんで、各国へ輸出をしています。日本へも豚肉加工品、チーズなどが輸出されています。実はデンマークから日本への輸出の四割は豚肉なんですよ。さらに、医薬品や医療機器といった先端技術分野での輸出も、さかんに行われているんです。

小原 世界的に有名な陶磁器「ロイヤルコペンハーゲン」の初期の作品に、日本の古伊万里の染付技術が影響を与えるなど、デザインの分野でも両国の結びつきは強いですね。

近藤 19世紀後半、ジャポニズムが欧州を席巻し、日本の美術工芸が高い人気を呼びました。デンマークでも、多くのデザイナーたちがジャポニズムの影響を受け、独自の表現に取り入れました。この伝統は今も残り、進化を続けています。デンマークがデザイン大国へと成長した経緯を語るうえで、日本から受けた多大な影響は、欠かすことのできない重要な要素ですね。

国民の幸福度を高める「信頼関係」

小原 デンマークは2016年に「世界幸福度報告」で第1位となりました。近藤さんのデンマーク駐在経験から、その理由はどのような点にあると思われますか?

世界幸福度ランキング(2016)

近藤 デンマークでは「フラットな民主主義」が根付いているということが挙げられると思います。国民1人ひとりが「この国は自分たちがつくっていくのだ」という意識が強いですね。ですから、総選挙の投票率は85%ぐらいなんです。

小原 すごいですね。政治を自分のこととして真剣に考えている。

近藤 リーマンショックのときに、デンマーク国民の政治意識を象徴するような出来事が起こりました。財政赤字が3%を超え、政府は歳出を削減して財政健全化を図ろうとしたんですが、国民は猛反対した。「歳出削減によって福祉レベルが低下することは許せない。税金を上げてくれ」と主張したんです。

小原 国民が増税を望んだとは驚きです。それは、国民が政府を信頼しているという証なのでしょうね。

近藤 そのとおりです。政府の側にも「国民から預かった税金で、人々が望むような国をつくることが自分たちの使命だ」という意識が根付いている。約570万人の人口に対して179人いる国会議員の給料も低く、利権や賄賂もまったくありません。さらに、地方議員はすべてボランティアです。民主主義の柱となる「自由」「平等」「連帯」「共生」といった考え方が、国民の意識の中に根づいているんですね。

中央右がモーエンス・リュッケトフト国会議長、その左同夫人。左端が近藤大使、右端は同夫人。

幸福大国デンマークの幸せの素・ヒュッゲ

小原 国民と政府の相互信頼によって成り立っている社会……お話をうかがっていると、しだいに「幸福の国」のイメージが浮かび上がってきます。今度は、人々の暮らしについてうかがいたいのですが、最近、「ヒュッゲ(hygge)」というデンマーク流のライフスタイルが話題になっていますね。

近藤 ヒュッゲは他言語に翻訳することが難しく、解釈も難しい言葉ですが、家族の強い絆から生まれる居心地のよさ、楽しさなどを指しています。敢えて日本語にすれば "小さな幸せ"といったニュアンスに近いでしょうか。要は、ゆとりある穏やかな時間を過ごすこと。くつろいだり、食べたり飲んだり、パーティをしたり、家族と過ごしたりなどをひっくるめた感覚ですね。

海のレジャーもヒュッゲの楽しみ方の一つだ。

小原 国立公文書館では、秋の特別展として、「日本とデンマーク ー文書でたどる交流の歴史」を開催します。この展示を通じて、来館者の方々に、どんなことを感じてほしいと思われますか?

近藤 これまでお話ししたように、デンマークには、今後、日本が進むべき道を模索するうえで学ぶべき点が数多くあります。今回の特別展を入口として、「真の幸福とは何か?」を深く考えるきっかけにしていただけたらうれしいですね。

小原 本日は、たいへん興味深いお話を、ありがとうございました。

近藤誠一

Profile
近藤誠一(こんどう・せいいち)
1946年神奈川県生まれ。1972年外務省入省。在米国大使館参事官、同公使、外務省経済局審議官、OECD事務次長、外務省広報文化交流部長などを経て、2006年ユネスコ日本政府代表部特命全権大使。2008年駐デンマーク特命全権大使。2010年文化庁長官。2015年より現職。

平成29年秋の特別展 | 日本・デンマーク外交関係樹立150周年記念
「日本とデンマーク ―文書でたどる交流の歴史」
近藤誠一氏講演会
日 時:10 月14日(土)13:30 ~
会 場:国立公文書館4階大会議室