岩倉使節団は、アメリカとの条約改正交渉を行うことになりました。しかし、交渉に必要な全権委任状を持たなかったため、使節団に参加していた大おお久く保ぼ利とし通みち(1830〜1878)と伊い藤とう博ひろ文ふみ(1841〜1909)が一時帰国して、委任状の下付を受けました。資料は、下付された委任状です。後に条約改正交渉が中止となったため、日本に持ち帰られました。 資料が含まれる「公文附属の図」は、「公文録」とともに重要文化財に指定されています。