岩倉使節団は、明治6年(1873)9月13日に帰国します。そして、使節団に参加した理事官たちには、報告書の提出が命ぜられました。この時、理事官たちが提出した報告書は、『司法省理事功程』『文部省理事功程』などとしてまとめられ、当時の欧米の最新の知識を日本に伝えました。 資料が含まれる「公文録」は、「公文附属の図」とともに重要文化財に指定されています。