特集 アジア歴史資料センター開設20周年 歴史資料の公開と共有を通じ、近隣諸国との相互理解の基盤を築く  近現代の日本が蓄積してきた「歴史公文書」を内外に提供する国内最大級のデジタルアーカイブ「アジア歴史資料センター」が開設20周年を迎えました。波多野澄雄センター長に20年の歩みと成果、今後の課題や展望について語ってもらいました。

デジタルアーカイブの草分けとして誕生

 アジア歴史資料センター(以下、アジ歴)は、国内では類をみない公文書デジタルアーカイブとして2001年に開設され、今年で20周年を迎えました。
 アジ歴の開設は、日本が戦後50周年を迎える前年の1994年、当時の村山富市首相が発表した「平和友好交流計画」に関する談話に端を発します。おりしも日本と東アジア諸国との間で、いわゆる歴史認識問題をめぐって関係悪化が懸念される中、国が保管する歴史的資料を広く提供し、ひいては相互理解と相互信頼の基盤を築く一助とするため、センターの設置が構想されました。
 当初は、大規模な史料館の建設が想定されていましたが、来るべきインターネット時代を見据え、膨大な歴史資料をデータベース化してインターネット上で提供 するという方向に大きく舵を切ったことが今から見ると正解でした。内閣官房長官の下に置かれた有識者会議の提言が1995年に提出されましたが、その後、政権交代や行財政改革の嵐のなかで難航しました。1999年にようやく閣議決定がなされ、2001年11月、国立公文書館にアジ歴が誕生しました。
 アジ歴がデジタルアーカイブの対象とするのは、国立公文書館、外務省外交史料館、防衛省防衛研究所戦史研究センターからデジタル画像として提供された歴史資料です。アジ歴の開設当初は明治初期から第二次世界大戦終結時までが範囲とされました。3機関から提供された資料群は分類・整理方法や保存形態がそれぞれ異なっています。それを、いかに元の秩序を崩さず、一括して検索・閲覧がしやすいようにデータベース化するのかが大きな課題でした。複数機関の所蔵資料を相互に横断して検索できるようにするというシステム設計は、今でこそ難しいものではありませんが、20年前には技術的にもハードルが高かったのです。

検索機能のあくなき充実を求めて

 20年のアジ歴の歩みを振り返ると、開設以来、最も注力してきたことは、いかに検索機能を充実させてデジタルアーカイブとしての利便性を高めるのか、という点にありました。
 内外のデジタルアーカイブと比べ、アジ歴の優れた点は、資料の一つ一つに付された目録データ(メタデータ)の集積と検索のための様々な工夫にあります。とくに、開設当初から、ユーザーが必要とする情報に効率的にアクセスするための最適な方法として、文書の先頭300文字をテキスト化し、検索のためのメタデータとしたことです。そのほか、辞書機能の充実、同義語、表記ゆれなどに対応できる機能も当初から備えていました。独自に開発したこれらの機能は、「件名」だけではカバーできない部分を検索の対象とすることができ、キーワード検索の範囲と精度を格段に高めています。
 検索機能の充実のためのこうした工夫は、海外のデジタルアーカイブの構築にも活かされています。
 検索精度の向上は、新たな発見や歴史研究の多様化にもつながります。例えば、横断的な検索によって、それまで見過ごされていた資料を発見したり、新たな分析のための手がかりが得られた、といった事例もよく耳にします。

デジタルアーカイブ学会実践賞の受賞

 アジ歴が提供するデータ量について、当初の見積もりでは、3機関から提供される予定の画像データの概数は3000万画像でしたが、その目標は2016年には達成しています。2021年3月の時点で、3205万画像を提供し、防衛研究所と外交史料館の所蔵資料に限れば、明治初期から第二次世界大戦終結までに作成・取得された公文書については、その大部分をデジタル画像として提供しています。
 アジ歴は自ら資料を収集してデジタル化する機能を持たないため、関係機関とユーザーの協力に支えられて発展しましたが、課題も残されました。その一つは、現在のような利便性の高い検索機能が受入れ初期のデジタル・データに十分に備わっていないことです。そのため補正を行う遡及作業を急いでいます。

 20年の歴史の中で、嬉しい出来事は2019年度の第2回デジタルアーカイブ学会実践賞の受賞でした。受賞理由について、デジタルアーカイブ学会は、「早い時期から引用ルールを公開し、また公文書を対象とするという特性を活かして、内容欄には頭書から300文字を入力してフリーワード検索に対応するなど、今にも通じる発想が取り入れられている。(中略)日本のデジタルアーカイブの展開に重要な役目を果たし、現在も活動を続けている点を評価」する、と述べていますが、利便性の高いシステムを提供し、歴史の専門家だけでなく、広く一般市民に歴史資料の活用の道を開いた点が評価されたものと受け止めています。


戦後資料の提供とリンク提携

 一方で、10年目ころには、外部有識者によるアジ歴の諮問委員会や関係学会から事業の拡大を要望する声が上がり始めました。具体的には、提供資料の対象範囲を戦後の資料にも拡大してほしいというもので、外務省などの理解を得て、第二次世界大戦終結時から1972年まで範囲を広げることになりました。
 なぜ1972年なのかといえば、その年に沖縄返還や日中国交正常化が実現し、アジア近隣諸国に対する賠償問題も解決し、戦争の後始末(戦後処理)という意味では一区切りがついた年だと捉えられるからです。こうした経緯により、2017年以降は、国立公文書館と外務省の協力を得て、1972年までを目途とした戦後資料のデータベース化とインターネット上での提供にも本格的に着手しています。これまでに、アジ歴は、復員・引揚げ、占領期の諸改革、憲法改正、対日平和条約、東京裁判などの公開された文書を逐次、提供しています。ただ、1972年という区切りは暫定的なもので、今後さらなる拡大も検討課題となるでしょう。
 もう一つの要望は、アジ歴により提供される資料を3機関以外の公的機関にも広げてほしい、というものですが、なかなか難しい面があり、デジタルアーカイブを備えた内外の機関で、アジ歴が提供するに相応しいデジタル・データを保存する機関との「リンク提携」によって裾野を広げています。これまで9機関との提携を進めており、海外機関ではスタンフォード大学フーバー研究所の「邦字新聞デジタル・コレクション」が最初です。アジ歴を通じてこれらの連携機関のデータベースにアクセスすることが可能です。

新規ユーザーの開拓のために

 これまでの活動を通して、アジ歴は国内の研究者だけでなく、海外の大学や研究所などで日本研究に携わっている研究者からは広く認知され、利用も進んでいると実感しています。アジ歴も、年に数回、中国、韓国、欧米の学会や大学などに出向いてデモンストレーションや講演会を開催するなど、積極的に広報活動を行ってきました。

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明治大学への講師派遣 (2020年9月実施)

明治大学への講師派遣 (2020年9月実施)

 その一方で、アジ歴は、研究者や歴史愛好家だけではなく、一般市民や高校生や大学生にも広く活用してもらうための工夫もしています。例えば、歴史教育や社会教育の教材として活用を促すため、独自のコンテンツとして「アジア歴史ラーニング」や「社会科授業用資料リスト」などを発信してきました。また、大学のゼミなどからの要望に応じて、講師派遣を行うなど、草の根的な広報活動にも力を入れています。国内、海外に限らず、より一層、学生を中心に一般市民への認知度を高め、ユーザーの拡大を図ることは大きな課題の一つといえるでしょう。


アジ歴は何をめざすのか

 アジ歴は、立ち上げ時からの使命として、アジア太平洋の歴史資料のデジタルアーカイブを先導する「ハブ」としての役割を期待されていました。アジ歴は、提供資料の量と質、検索の利便性において先導的な役割を担ってきたと自負していますが、この20年の間に、欧米や東アジア諸国・地域ではデジタルアーカイブはめざましい発展を遂げています。今後はむしろ、こうした海外のデジタルアーカイブといかに効果的な提携を図りながら、裾野の広いデジタルアーカイブ・ネットワークを構築していくのかが重要になるでしょう。
 海外に所在する戦前期の日本関係資料も膨大で、それらに容易にアクセスできるよう連携していくことも重要です。アジ歴は台湾の文書横断検索サイト「ACROSS」に加わっていますが、海外機関との連携は重要な課題です。
 初代センター長・石井米雄教授は「歴史認識の共有は不可能としても歴史資料の共有は可能」と繰り返し発言されていました。
 アジ歴が提供する「確かな歴史資料」の国際的共有とオープンな活用を保証することは、二つの意義があります。一つは、日本の歴史に向き合う誠実な姿勢を示すことであり、少なくとも、歴史的事実や解釈にかかわる様々な誤解や偏見の解消に役立ち、日本と近隣諸国との相互理解や相互信頼に資するものと確信しています。
 もう一つは、公文書への自由なアクセスの保障は民主主義社会の重要な成立要件ということです。

 なお、アジ歴のサイトに、20周年記念として作成した『アジア歴史資料センター 20年の歩み』を掲載しています。内外のユーザー30名による期待や要望も収めています。是非、ご覧ください。




アジア歴史資料センター長 波多野澄雄 はたのすみお 1947年岐阜県生まれ、68年防衛大学校中退、72年慶應義塾大学法学部卒業、同大学大学院法学研究科博士課程修了、博士(法学)。79年防衛研修所戦史部研究員、88年筑波大学助教授、同教授、副学長、附属図書館長。退官後の2014年アジア歴史資料センター長。外務省「日本外交文書」編纂委員長、筑波大学名誉教授、専攻・日本外交史。著書に『太平洋戦争とアジア外交』東京大学出版会、『国家と歴史』中公新書、『歴史としての日米安保条約』岩波書店、など。
開設20周年記念シンポジウムを開催

 アジ歴は、開設20周年記念事業の一つとして、2021年11月2日にオンラインシンポジウムを開催しました。今回のシンポジウムでは、アジ歴のユーザーでもある日本及び東アジア地域の有識者やデジタル・アーカイブの専門家をお招きし、デジタル・アーカイブが歴史研究や歴史教育に果たす役割について、また、歴史をめぐる国際的な相互理解にアジ歴が果たす役割についてパネルディスカッションを行いました。
 アジ歴にとっては、今後の活動の指針となる有意義な会議となりました。