「高度経済成長期の時代
国民所得倍増計画」
昭和35年(1960)12月、政府は「国民所得倍増計画」を策定し、10年以内に国民総生産(GNP)を2倍にすることを目標に掲げ、経済成長の具体策として、社会資本の充実、石油・鉄鋼を中心とした重化学工業への転換、輸出の拡大、科学技術の振興などに取り組みました。
政府の積極的な経済政策の下、産業の技術革新が進み、鉄鋼業などの重化学工業が発展しました。産業のエネルギー資源は石炭から石油中心となり、太平洋沿岸に石油化学コンビナートが形成されました。国民の暮らしも、経済成長に伴い生活水準が高まり、家庭電化製品や自動車などが普及しました。
こうして、昭和43年(1968)には、国民総生産が資本主義国の中ではアメリカに次ぐ2位になりました。その一方、急激な経済成長で様々な社会問題も深刻化しました。農村部から都市部へ人口が流出したため、農村部では過疎化が進み、人口が過密になった大都市では住環境が悪化しました。また、産業の発展は公害の拡大を招き、公害病が深刻な問題となりました。政府はこのような事態に対応するため、昭和42年に公害対策基本法を制定し、昭和46年(1971)には環境庁を設置しました。
「国民所得倍増計画」についての問い
高度経済成長期における政府の経済政策がどのような内容であったか確認してみよう。 ((1)(2)など)
高度経済成長期において国民の生活はどのような変化があったか確認してみよう。 ((3)(4)など)
高度経済成長期における急速な経済成長と公害の深刻化を結び付けて考えてみよう。 ((1)(2)(5)など)
外部リンク
デジタル展示「高度成長の時代へ 1951-1972」
https://www.archives.go.jp/exhibition/digital/high-growth/index.html
