「サンフランシスコ平和条約」
昭和25年(1950)6月、朝鮮戦争が始まると、アメリカは日本との講和に向けた動きをより早めました。日本国内では連合国との講和をめぐって、すべての交戦国と講和を結ぶ全面講和と一部の国とまず講和を結ぶ単独講和とで激しい議論が交わされましたが、日本政府は昭和26年9月に開催したサンフランシスコ講和会議に出席し、すべての国ではなく、アメリカを中心とした48か国との間で平和条約を締結しました。サンフランシスコ平和条約は昭和27年4月28日に発効し、これによって日本の独立が回復しました。
サンフランシスコ講和会議において平和条約に調印した同日、日本はアメリカとあわせて日米安全保障条約を結びました。これにより、連合国軍による占領が終わった後も引き続き、日本国内にアメリカ軍の基地が残されることとなりました。
「サンフランシスコ平和条約」についての問い
冷戦の激化は東アジアにどのような影響を及ぼし、日本の占領政策をどう変えたか調べてみよう。
((1)(2)(3)など)
サンフランシスコ平和条約の条文を確認し、この条約ではどのような取り決めが交わされたかまとめてみよう。
((4)(5)など)
日本の国際社会への復帰には、どのような外交課題が残されたか調べてみよう。
((4)(6)など)
外部リンク
デジタル展示「高度成長の時代へ 1951-1972」
https://www.archives.go.jp/exhibition/digital/high-growth/index.html
