日本国との平和条約の説明書
昭和26年(1951)9月4日から8日にかけて、アメリカ合衆国サンフランシスコ市において講和会議が開催されました。日本からは吉田茂内閣総理大臣を主席とする全権団が出席し、同月8日、アメリカをはじめとする48か国と平和条約を締結しました。講和会議には、日本を含め52か国が参加していましたが、ソ連・チェコスロヴァキア・ポーランドは条約に調印しませんでした。講和会議に、中華人民共和国と中華民国は招待されず、インドやビルマ、ユーゴスラビアは参加しませんでした。また、大韓民国や朝鮮民主主義人民共和国との国交関係の構築も課題として残りました。
本資料は、平和条約締結について国会の承認をえたときの文書に収められている外務省が作成した説明資料であり、講和会議の概要がまとめられています。
(※本資料の書下しは、現代仮名遣いで表記しています。)
1.講和会議において、各国代表から平和条約についてどのような意見が出されたか、資料を読みまとめてみよう。
2.講和条約に調印した国と、調印しなかった国とを比べてみて、そこからどのようなことが言えるか考えてみよう。
3.講和会議にあえて参加しなかった国は、なぜそのような判断をしたのか調べてみよう。
本資料は、『公文類聚』という資料群に収録されています。『公文類聚』は、明治15年(1882)から昭和29年(1954)にわたる、4,061冊もの簿冊で構成される資料群です。明治15年から同18年までのものは『太政類典』を引き継いだ編集物で、明治19年以降のものは、内閣によって作成・収受された、主として法律および規則の原議書を収録したものです。
| 資料名 | 平和条約の締結について国会の承認を求めるの件 |
|---|---|
| 請求番号 | 類03629100 |
| デジタルアーカイブ | https://www.digital.archives.go.jp/item/1705116 |
日本国との平和条約の説明書
(表紙)
日本国との平和条約の説明書
(中略)
二、サン・フランシスコ会議の経過
一、サン・フランシスコにおける対日平和会議は、千九百五十一年九月四日午後七時の開会式に始まり、予定どおり、九月八日午前十時からの調印式に終った。署名は、参加五十二箇国のうち、ソ連、ポーランド、チェッコスロヴァキアの三国を除く四十九箇国によって行われた。議定書は、二十七国によって署名された。
この会議においては、さきに公表された条約案に何らの修正も加えられなかった。
二、会議は、九月四日夕、開会式で、ロビンソン、サン・フランシスコ市長、ウォーレン加州知事の歓迎の辞についで、トルーマン大統領の演説をきき、九月五日午前の第一回全体会議で、米英両国の提案になる議事規則を採択し、議長にアチソン国務長官、副議長にスペンダー、オーストラリア駐米大使を選挙した。ソ連代表は、中共の招請問題(1)を提起したが、会議は、これを認めなかった。九月五日午後第二回全体会議では、ダレス米国代表及びヤンガー英国代表から平和条約についての説明を聴取した後、各国代表の条約案に対する意見陳述にいり、これは、九月五日夜(第三回全体会議)、九月六日午前(第四回全体会議)、九月六日午後(第五回全体会議)、九月七日午前(第六回全体会議)、九月七日午後(第七回全体会議)と継続された。
各国代表は、ソ連、ポーランド、チェッコスロヴァキア三国を除き、圧倒的に条約案を支持した。また、一部には日本の過去を責め、あるいは、日本の将来について再侵略または通商上の競争等に対する危ぐ[危惧]をもらす向もあったが、前記の三国を除き、すべて民主日本に対し理解と同情を示し旧来の友好協力関係にいらんことを希望した。
ソ連代表は、米英案は、カイロ宣言、ヤルタ協定、ポツダム宣言、単独不講和に関する連合国宣言、極東委員会の決定に違反し、日本の軍国主義を助長するものである、中共、インド、ビルマが会議に参加しないことは大なる欠陥のあることを立証しているとして、十三項にわたる修正案を提議した(もっとも同代表は、議長の注意に対し、「修正の提案にあらずして、ソ連政府の所見の表明である」と弁明した)。
エジプト代表は、条約第二条(領土条項)でだれのために主権を放棄するかが明らかにされていないのは、原地住民の希望を考慮する趣旨にでたものと信ずる、南西諸島については国際連合に問題が提起されるまで発言を留保する、条約第六条(a)末段の規定(外国軍隊の駐とん[駐屯])は不必要である、経済条項についてアラブ諸国間の特殊関係に影響を及ぼさないものと認めること等を述べたが、これは、アラブ諸国代表の支持をうけたところであった。
セイロン代表は、ソ連代表の意見に激しい攻撃を加え、ソ連は中国、インド、ビルマ等のアジア諸国が参加しないでは平和条約も意味をなさなぬというが、拒否権をもつ四大国会議で対日平和問題を解決すべしと主張したのはソ連ではなかったか、セイロンは賠償を要求しない、日本に友情の手を差しのべ平和と繁栄のため協力せんとするものである、と述べ、非常な拍手をうけた。
ノールウェー[ノルウェー]代表は、捕鯨問題にふれ、日本が現在以上に捕鯨船隊を増加しないよう要望し、フランス代表は、強い国民が劣等の地位におかれる場合、結局その国民が再軍備することを阻止できるものではないから、むしろ彼らを平和的再建という共同事業の仲間にすべきである、インドシナの盟邦(2)は、賠償、将来の経済関係等について日本と交渉しなければならぬ、といい、インドシナ地域について近い将来防衛のため相互援助条約ができるよう希望するところがあつた。ニュー・ジーランド代表は、日本の再軍備に対する懸念を表明しつつ、諸般の考慮から条約において日本の国防力を制限することを断念する危険をあえてした、日本が各国から寄せられた信頼を裏切らないことを期待すると述べた後、ソ連の態度を烈しく非難し、対日平和という困難複雑な問題を処理しようとする米国その他の誠意ある、細心な、穏健な試みに悪口雑言を吐くのは、満州のりゃく奪[略奪]と千島列島の占領により大もうけをした国の役柄ではないはずであると難じ、満場の拍手をうけた。
カナダ代表は、日カ漁業条約の締結と日本の国際商業道徳の改善を希望し、インドネシア代表は、条約調印後すみやかに賠償を具体的に規定する条約及びインドネシア近海の魚族保護のための条約を締結することを要望し、フィリピン代表は、日本の賠償を役務に限ることに賛成できない、条約所定以外の方式による賠償交渉を行う権利を留保するものなることを明らかにし、フィリピン人が日本人を許し友情の手をさしのべる前に日本人は精神的悔悟と再生の証拠を示さなければならないとした。
オーストラリア代表は、条約第十六条(日本の捕虜たりし連合国軍人に対する補償)に日本が同意したことを多とした後日本が将来これ以上の補償をすることを希望したが、これは、ノールウェー[ノルウェー]、オランダ代表もふれたところである。
(以下略)
(1)中共の招請問題:中共は中国共産党の略で、中華人民共和国をさしている。講和会議に中国代表として中華人民共和国と中華民国のいずれの政府を招請するか、連合国内で対立があったため、中国代表は招かれなかった。ソ連は、中華人民共和国の招請を主張していた。
(2)インドシナの盟邦:フランス領インドシナであった三国(ラオス・カンボジア・ベトナム)をさす。




