帰朝後、山県は明治3(1870)年8月、兵部少輔、明治4(1871)年7月、兵部大輔となりました。この年、欧州で得た識見を基に、将来は欧米に伍する軍事力強化の必要性を述べた意見書を西郷従道らとともに提出しました。 明治6(1873)年1月、国民皆兵主義に基づいた徴兵令を公布します。山県は、その制定に重要な役割を果たしました。
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