日本国憲法の章別編成は、ほぼ大日本帝国憲法の章別編成を踏襲していますが、新たに設けられた章のひとつに第8章「地方自治」があります。その第93条には、「地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。」と定められ、首長公選制が導入されます。
3月6日の憲法草案要綱には「地方公共団体の長……は当該地方公共団体の住民に於て直接之を選挙すべきこと」とあり、内務省は地方長官を県議会で選出する間接選挙の方法を採択する余地がないか総司令部と折衝を重ねましたが、総司令部の受け入れるところとはならず、5月25日に首長公選制を含む「府県制の一部を改正する法律案要綱」が閣議決定されます。
帝国憲法改正案が帝国議会の議に付されることが決定された直後の6月14日には、地方長官会議において大村清一内務大臣は「地方住民に直接参政の権利を与えて都長官、道長官、府県知事又は市町村長を直接選挙すること」とすると述べています。
府県制の一部を改正する法律案は、帝国憲法改正案と同じく第90回帝国議会において審議されました。議会では、知事は公選とするがその身分は官吏(国家公務員)とするという原案に、憲法施行を機会に知事の身分を公吏(地方公務員)とする趣旨の修正が行われます。この理由を大村内務大臣は、10月30日の地方長官会議において「地方行政改革が現行憲法(大日本帝国憲法)の下に於けるものであることと当時の社会情勢とに鑑み、公選知事の身分を官吏とすることを適当と考へたのでありますが、議会の審議中に、治安、食料等の情勢に緩和の徴が現はれ、又一般の輿論が徹底せる地方分権を希望し」たためと説明しています。
府県制の一部を改正する法律は9月27日に公布され、最初の府県知事選挙は、昭和22年4月5日に行われました。