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私立東京専門学校法律科の学則を認可す(明治21年)
明治14(1881)年の政変により、政府を追われた大隈は、翌年、立憲改進党を結成、党総理に就任するとともに、同年、東京府南豊島郡下戸塚村早稲田(現在の東京都新宿区)の大隈別邸隣接地に校舎等を建設、東京専門学校を設立します。
東京専門学校は、明治35(1902)年、早稲田大学と改称、明治40(1907)年には、政党の総裁を退いた大隈自身が総長に就任します。
この資料は、明治21(1888)年、東京専門学校の法律科(現在の早稲田大学法学部)が特別認可学校となったことを記した文部省の告示です。
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