明治18(1885)年12月22日、それまでの太政官制度が廃止され、新たに内閣制度が創設されました。この制度は、伊藤博文が構想していたものです。内閣総理大臣と各大臣(宮内大臣を除く)から構成される内閣が組織されることとなりました。また、内閣制度の運営に関する準則として、内閣職権が制定され、内閣総理大臣の権限等を明らかにしました。
この日、内閣総理大臣及び各省大臣が任命され、第1次伊藤博文内閣が発足しました。なお、これまで太政大臣を務め、太政官のトップだった三条実美(1837〜1891)は、同時に宮中に設けられた役職である内大臣となります。
伊藤は、明治21(1888)年4月30日、以後憲法審議に力を注ぐべく、内閣総理大臣を辞し、枢密院議長に就任します。