海を渡る異国の地の記憶

2017年10月、文書箱約3,300箱の資料が、オーストラリア国立公文書館(NAA)から当館に移送されてきました。
移送されてきたのは、第二次世界大戦前にオーストラリアで活動していた日系企業の記録(日系企業記録)。日英開戦と同時にオーストラリア政府によって接収され、その後NAAに保管されていましたが、戦後70年を迎えた2015年、日豪政府間の友好の証として日本に寄贈したいと申出がありました。
外国政府機関からこれほど多くの資料が寄贈されるのは当館では初めてのこと。
大規模に進められているその受入れプロジェクトの全容をご紹介します。

寄贈プロジェクトの流れ

1941年12月

日英開戦を受け、日系企業 の記録を「敵性資産」として オーストラリア政府が接収

1957年

日系企業記録NAAへ移管

1941年に接収されて以降、日系企業記録がどこでどのように保管されていたのか、その全容については不明な部分も残されています。NAAによれば、大量の接収日系企業記録がいくつかの場所に分散して管理されていることが1950年代前半に徐々に明らかとなり、1957年に順次NAAに移管されたとのことです。

2015年7月

NAA館長から当館館長宛てに、当該資料を一括して日本に寄贈したいと申出

2015年7月、NAAのデービッド・フリッカー館長から当館館長に1通の書簡が届きました。そこには、資料の構成や来歴に関する説明に加え、60年にわたってNAAで大切に保管してきたこの資料を、戦後70年を期して、日豪両国の変わることのない友好の証として、日本に寄贈したい旨が記されていました。

2016年3月

当館館長がNAAシドニー分館にて当該資料を実見

2016年3月、当館の加藤丈夫館長がNAAシドニー分館を訪問し、寄贈の申し出を受けた資料の実見を行ないました。書庫内で保管されている資料の数量や保存状況、移送準備状況について確認したほか、双方の資料修復の担当者も同行し、資料の状態についてのチェックも行ないました。また、これに先立って加藤館長はキャンベラのNAA本館にてフリッカー館長と会談を行ない、寄贈及び受入れの進め方について確認をしました

2016年5月

当該資料受入れ準備のため、2003年から資料の調査・整理プロジェクトを行なっていた研究者グループをメンバーに加えた委員会を館内に設置

2016年8月

委員会作業グループと当館職員による第一次現地調査

2017年5月

第二次現地調査

2017年7月

両館間で日本への移送に関する覚書を作成

2017年7月には、両館の間で資料の移送に関する覚書が取り交わされました。資料の寄贈に当たって協力することだけではなく、友好関係を強化することが明記され、両館館長が合意の下に署名を行ないました。覚書は、NAAと当館のそれぞれに保管されています。

2017年10月

NAAから当館へ資料の移送を開始

2017年10月には、NAAからの資料移送が開始されました。10月25日に第一便の資料が一時保管用の倉庫に搬入され、11月1日までに合計5便の移送を完了しました。資料のチェックが行なわれた後に、いよいよ当館への移送が始まります。

2018年3月

受入れ及び寄贈式典を開催(予定)

2018年3月以降

くん蒸や目録作成を行ない、受入れから1年以内に利用提供を開始(予定)



オーストラリア国立公文書館
NATIONAL ARCHIVES OF AUSTRALIA
1940年代から政府公文書庁として存在し、1983年にオーストラリア政府の執行機関として正式に設立。本館と展示スペースはキャンベラにあるが、日系企業記録が保管されていたシドニー分館をはじめ、計7つの分館がある。
公式HP:www.naa.gov.au

NAA所蔵日系企業記録とは?

今回の寄贈プロジェクトで移送されてきたNAA所蔵日系企業記録。そもそもどのような資料なのでしょうか。戦前の日系企業が残したその資料の内容についてご紹介します。

資料の概要

1899(明治32)年から1941(昭和16)年にかけて、下記各社のシドニー、メルボルンをはじめとするオーストラリア国内支店等が作成した、帳簿、通信、財務文書、写真等の企業記録。95%は英語で記述された資料。NAAでは、横浜正金銀行、三菱商事、荒木商店、三井物産、山下汽船、日本綿花、高島屋飯田、矢野上甲、大倉商事、野澤組、John Mitchelle & Co.、幾久組の12社に分類整理、保管されていた(資料点数の多い順)。

資料内訳

(1)金銭出納帳をはじめ各種帳簿類
(2)営業報告書など決算関係書類
(3)往来書簡や電報の控え
(4)船積書類など貿易業務関係書類
(5)伝票類
(6)商品見本、商品カタログ
(7)業務参考資料(電信コードブック、価格表等)
(8)その他

資料の特徴

1. 大量かつバラエティに富む記録群
業務関係の資料以外に、シドニーの日本商工会議所や日本人会等の日系人団体の記録、社員やその家族の手紙、写真等の記録も含まれている。
2. 非常事態によって残された記録
開戦に伴う接収という非常事態により残された記録であるため、個人のノートや手帳など、公式な業務記録として残りにくい記録が多数見られる。

ここがキニナル!

一体この資料はどのような意義を持っているの? どのように活用できるの? そんな素朴な疑問についてお話を伺いました。

大島久幸教授

私がお答えします!

高千穂大学 経営学部

大島久幸教授

(NAA所蔵日系企業記録受入準備委員会委員)

「企業アーカイブズ」は、貴重な「社会的資源」企業がその価値を再認識するきっかけになってほしい

 企業活動の中で作成・蓄積された記録資料である「企業アーカイブズ」は、貴重な学術的資料です。
 今回、寄贈された資料の中に「三井物産特別職員録」があります。これは一九一六〜四四年の、三井物産全職員の「年齢」「入社年」「出身校」「職種」「職階」「給与」「生年」「出身地」等の記録です。この記録を丹念に分析すると、当時の三井物産においては、「学歴」より「成果」が重要視されていたことがわかります。こうした分析を通じて、当時の総合商社、あるいは企業組織一般の事業効率性を解明することにつながるのです。
 企業は、モノの生産やサービスの提供などの事業を通じて社会に貢献していく存在です。そのため、企業と事業の実態を示す長期保管記録は、その企業にとっての「経営資源」であるばかりでなく、「社会的資源」というべきものです。
 こうした資料の価値が広く知られるようになることで、企業自身が、「企業アーカイブズ」の意義を再認識してほしいと願っています。