29. 寛保江戸洪水記

[請求番号 166-0423]

寛保2年(1742)江戸大洪水の記録。災害時に幕府が出した令達やさまざまな風説と情報、そして溺死者の数などが記されています。それによれば、越谷・粕壁(現在の埼玉県春日部市)・幸手ほか周辺各地の溺死者は9000人を超え、下谷・浅草・本所でも4000人近くの人命が失われたということです。幕府の対応も比較的迅速で、8日と9日にそれぞれ2万人分の「焼飯やきいい」が配られました。このほか駿河町するがちょう(日本橋)の越後屋が「越後屋」の幟を立てた船を仕立て5000人分の食糧を配ったことなど、民間有志による被災者救援活動も記録されています。

展示資料は、江戸の本屋大窪培達堂の蔵書を下谷の信濃屋太兵衛たへえが安政5年(1858)に書写したもの。全2冊。

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