駒澤大学大学院人文科学研究科歴史学専攻におけるアーカイブズ教育の取り組み

駒澤大学大学院人文科学研究科教授
熊本 史雄

はじめに

  駒澤大学大学院人文科学研究科歴史学専攻では、2025年度にアーカイブズ関連3科目(いずれも通年開講・必修・4単位、合計12単位)を設置・開講した。これにより、これら3科目が、「認証アーキビスト審査規則」(令和2年6月3日 国立公文書館長決定)第3条第1号で言及される「大学院修士課程の科目」(「認証アーキビスト審査細則」〈同上〉第2条「別表1」)として記載されることとなった。認証アーキビスト及び准認証アーキビストに必要な「知識・技能等」が修得できる大学院及び研究機関として、晴れてその資格を得たのである。それは取りも直さず、近年、独立行政法人国立公文書館で進められてきた、アーキビストの養成や認証制度(資格化)の流れに応じた取り組みの成果ともいえよう。とりわけ、後述のように、認証制度のベースである「アーキビストの職務基準書」(以下、「基準書」と略記。なお、以下本記事において言及する「基準書」は、現行の職務基準書《2018年12月確定》ではなく、旧版のものである)の公表(2018年1月)が、駒澤大学大学院でのアーカイブズ教育のあり方に大きな影響を与えた。
  ただし、本学におけるアーカイブズ関連科目の設置・開講は、実は、現在(本記事を執筆している2026年6月)から20年以上前の2005年まで遡ることができる。しかも、大学院教育課程にとどまらず、学部教育課程にも設置されたのだった。後述するように、これらは、当時の日本の大学におけるアーカイブズ教育において、おそらく最も先端的な取り組みの一つだったと言えよう。以下では、本学におけるそうした取り組みの経緯を踏まえつつ、昨年度4月に開講した通年開講の3科目(ただし、2026年度より半期開講・7科目に改編済み)の構成と特徴、およびその狙いについて概述することとしたい。

【表1】2005年度開講のアーカイブズ関連科目
(1)文学部歴史学科開設

科目名 担当教員 通年/半期 必修/選択 単位数 講義の概要
記録史料学Ⅰ 松本信道、久保田昌希、中野達哉 通年 選択必修(日本史学)
選択(外国史学・考古学)
4 ・古代の文書の様式(木簡・漆紙文書・墨書土器・金石文など)
・中世古文書の形態・様式
・近世の古文書学(整理・分類)
記録史料学Ⅱ 小林和幸、熊本史雄 通年 選択必修(日本史学)
選択(外国史学・考古学)
4 ・「記録史料学」とは何か?
・公文書と私文書/機関アーカイブズと収集アーカイブズ/文書処理過程と意思決定過程/公文書の階層構造と群構造/記録の利用・保存とコンサベーション

(2)大学院人文科学研究科歴史学専攻開設

科目名 担当教員 通年/半期 必修/選択 単位数 講義の概要
アーカイブズ論(講義) 丑木幸男 通年 選択必修 4 ・アーカイブズとは何か?アーキビストの仕事と役割/明治初年の戸長役場文書を事例として史料の収集・整理・目録化作業・公開・保存・活用に関する知見を深める
記録史料管理論(講義) 中野目徹 通年 選択必修 4 近代日本の中央行政機関(太政官・内閣・各省など)による文書管理のあり方について、文書関連法令を事例に知見を深める
記録史料整理収集研究(講義) 広瀬順皓 通年 選択必修 4 近近代日本の史料収集の歴史と利活用の実態/記録史料記述の国際標準とその導入(記述のための理論と技法)
史料情報管理学研究(講義) 国文学研究資料館 集中 選択 4 アーキビスト養成のための講座 ※同館の「史料管理学研修会」の長期履修コース

 

1.2005年度のアーカイブズ関連科目の開講

  上述のとおり、駒澤大学は2005年4月に、アーカイブズ関連科目を設置・開講した。以来、昨年度(2025年度)の大幅な見直しを経て現在に至るまでの20年余り、それらを継続的に展開・発展させてきた。重要なのは、アーカイブズ関連科目が、大学院教育課程にのみ設置されたわけではない点である。その取り組みは、【表1】に示すとおり、学部教育課程においてもなされたのだった。
  管見の限りでは、2005年前後の時点で、大学院教育課程において体系的なアーカイブズ教育を実施していた大学は、学習院大学および別府大学など、ごく少数に限られていた。また、当時、学部・大学院を通じて本学のような形態でアーカイブズ関連科目を配置していた大学は、極めて稀であったと考えられる。
  【表1】に掲げるように、駒澤大学では大学院(人文科学研究科歴史学専攻)と学部(文学部歴史学科日本史学専攻)の双方の開設科目として、2005年度にアーカイブズ関連科目を設置・開講した。学部開設の「記録史料学Ⅰ」「同 Ⅱ」においては、「Ⅰ」が前近代の文書を、「Ⅱ」が近現代の文書を対象とした。要は、アーカイブズ教育を「近代」以前と以後とで区分したのである。それは、2005年当時のアーカイブズに関連する研究状況を想起すれば、ある意味、自然な成り行きであった。中野目徹『近代史料学の射程』(弘文堂)が2000年に上梓されていたとはいえ、日本におけるアーカイブズ学の発展の経緯を顧みると、日本中世・近世史研究者が中心となって導入してきたとおり、当時のアーカイブズ学において——そもそもアーカイブズ学ではなく文書学という呼称が一般的だったことに象徴されるように——、「古文書学」の様式論や機能論を中心とした文書論としての発想や手法が主流だった。2005年度の「Ⅰ」のシラバスを紐解けば、アーカイブズ学でいう「伝来論」や「資料論」と親和性の高い講義が展開されていたようだが、基本的には「古文書学」の内容をトレースする内容だったといえる。
  ただ、裏を返せば、「Ⅱ」においては、近代国家の成立要件のひとつでもある中央集権的な官僚制機構の誕生と不可分な「公文書」を主に扱うこととなり、「Ⅰ」との棲み分けが明確になされたのだった。こうした土壌が、後述するように、2025年度の大学院教育におけるアーカイブズ関連科目の開講に繋がっていったともいえる。学部に開設されたこの「記録史料学Ⅱ」においては、アーカイブズ学とは何か、公文書・私文書(家文書)とは何か、文書の伝来や構造とはどういったことなのか、公文書から覗える意思決定過程と組織機能とは何か、といった事象についての学びが深められていったのである。
  話を、2005年当時における大学院開講のアーカイブズ関連科目に戻そう。改めて【表1】をご覧いただきたい。ここから、従来の古文書学の延長線ではなく、「アーカイブズ学」の方法論と体系性を意識した科目が設置されたことが窺えるだろう。大学院教育に「アーカイブズ学」なるものをどのように導入していくべきなのか、当時の駒澤大学歴史学専攻としての方向性が看取されて興味深い。
  ただ、その後、丑木幸男氏と広瀬順皓氏の退職(ともに2014年、非常勤職)に伴って、近代においては私文書を、前近代においては古文書(家文書・地方文書)を扱う科目が後継として設置されることになった。とくに、古文書の読解と整理を学ぶ科目は、地方立の公文書館の現状を見越して設置されたのだった。周知のとおり、地方立の公文書館で管理されている文書には、民間から寄贈・寄託された江戸中・末期から明治期にかけての家文書が大きな比重を占めている。それらの中には未整理のままのものも多い。当該文書の整理(公開に向けた、読解・封筒詰め・目録化作業)に当たっては、くずし字の読解はむろんのこと、目録化作業までの一連の知識と技能が必須である。古文書を扱う科目を設置したのは、そういった事態を見越してのことだった。それは、その後、相応の成果をもたらした。古文書の整理を課題とする地方立の公文書館に、嘱託・常勤と職位は様々ながらも、本学歴史学専攻の多くの修了生が就職していったのである。
  学部と大学院におけるアーカイブズ関連科目のこうした運用は、特段の問題を孕むことなく、順調に実施・展開されていった。この20年間で、本学歴史学専攻の博士課程満期退学者の中からは、先述の地方立だけではなく、国立公文書館や宮内庁書陵部といった国の機関への正規職員が輩出されてきたのである。さらに博物館に目を転ずると、博士課程満期退学者のみならず修士課程修了生の中にも、正規の学芸員職員として多くの者がコンスタントに採用されていく状況だった。アーカイブズ関連科目を通じた学びを、その要因として挙げることができるだろう。かようにして、これらカリキュラムを運営する上では、特段の問題を感じることはなかったのである。

2.2025年度のアーカイブズ関連科目の開講に向けて

  だが、そうしたなか、アーカイブズ関連科目の見直しを図ろうとする機運が、歴史学専攻の教員の間で俄かに高まっていった。2018年1月の「基準書」の公表が契機となったのである。
  「基準書」は、冊子体にして全24頁から成り、「アーキビストの職務基準書」(全3頁)、別表1「職務と遂行要件の対応表」(折り込みで全1頁)、別表2「職務の内容とその遂行要件」(全11頁)、別表3「遂行要件の解説」(全3頁)という構成で、これに「参考 アーキビストの職務基準に関する検討会議の開催について」が付されている。「基準書」に対する筆者なりの見解については、すでに他誌にて述べたので[1]、ここでは割愛する。ただ、その意義を一点だけかいつまんで言えば、「職制」を「職務」と「遂行要件」とに分類して提示したことであり、加えて、職務を「大分類」「中分類」のもと、計23項の「小分類」のなかで計38項に細分化して遂行要件を具体的に提示したことだった。こうした提示のあり方は、アーキビストの具体像を共有するうえで示唆的であり、大いなる導きにもなった。
  「基準書」を一読して本学のアーカイブズ学関連科目の担当教員が痛感したのは、急速な進展をみせるデジタルアーカイブズへのカリキュラム対応の必要性と、ドメスティックな領域にとどまらない、海外のアーカイブズ事情に対する知見と理解の更新、座学にとどまらない実習の重要性、などであった。要するに、学びの範囲を、紙媒体の(公)文書だけでなくデジタル分野も拡げ、さらには日本国内の(公)文書事情だけでなく海外の公文書館の制度や所蔵文書の構造・特徴を踏まえた、グローバルな視野を伴ったカリキュラム改編を決意したのである。同時に、それまで手薄だった、目録編成・記述の理論と国際基準への理解、コンサベーションに対する知見と実践、評価・選別作業の実習、といった事項についても科目の中に取り込んでいくことも検討されることとなった。

【表2】2025年度開講のアーカイブズ関連科目(大学院のみ)

科目名 担当教員 通年/半期 必修/選択 単位数 講義の概要
アーカイブズ概論 加藤聖文、飯田洋介、佐々木真、日向玲理、児玉優子 通年 選択必修 4 アーキビストの使命・倫理と基本姿勢
公文書等に係る基本法令
職務遂行に必要とされる技能(マネジメント、公文書館運営など)の修得に向けた基礎的事項(前期)
映像・音声記録および海外の公文書館における最先端の記録管理の実態(後期)
アーカイブズ管理論 加藤聖文、新井浩文、金甫榮、平田茉利子、堀内暢行 通年 選択必修 4 組織における文書の発生からアーカイブズ機関における保存・利用に至るまでのライフサイクル・法制度・社会環境の理解
アーカイブズの基本構造を踏まえた国際的な記述・編成・検索(前期)
記録の永続的な利用を図るための保存に関する基礎的な知識と適切な取扱方法
アーカイブズ資料のデジタル化、電子文書及び情報システムに関する基礎的かつ高度な知識(後期)
アーカイブズ資源論 加藤聖文、熊本史雄、佐々木真、新井浩文、太田尚宏 通年 選択必修 4 アーカイブズの本質と構造について、政治学・行政学(行政組織論、組織機能論、官僚制論)を通じて理解を深める(前期)
古文書の整理・目録作成(記述編成)・保存について、地方文書の整理を通じて理解を深める(後期)

 

3.2025年度開講科目の概要と特徴 
  
  このような経緯を経て、駒澤大学では人文科学研究科歴史学専攻の大学院開設科目として、【表2】に掲げる「アーカイブズ概論」「アーカイブズ資源論」「アーカイブズ管理論」(いずれも通年開講・必修・4単位、合計12単位)を2025年4月に設置・開講するに至った。ちなみに、「駒澤大学大学院学則」(昭和27年4月1日制定)および「駒澤大学大学院学位規程」(昭和42年10月11日制定)を根拠規程としている。
  わずか3科目ながら、「基準書」で示された認証アーキビスト審査規則別表1の内容を網羅している。その目的は、公文書館などで公文書、民間文書を扱う専門職(アーキビスト)の養成、および「准認証アーキビスト」への申請要件を満たすことである。特徴としては、①近現代の公文書の構造論と官僚制機構における組織機能論を架橋させ、アーカイブズ学の伝来論や資料論を超え、歴史学・行政学との接合を視野に置いている点、②デジタルアーカイブズ領域の比重を高めた点、③コンサベーションや評価・選別に関する学びを実習レベルで強化した点、④前近代の古文書に関する学びも確保している点、を挙げることができるだろう。実習としての体験的な学びは、神奈川県立公文書館、神奈川大学日本常民文化研究所、大学共同利用機関法人人間文化研究機構 国立国文学研究資料館といった、学外機関からのご理解とご協力を得てこそ実施可能となっている。この場を借りて、関係各位に改めて感謝申し上げたい。このようにして体系化されたカリキュラムは、公文書に対するグローバルレベルでの理解と知見、および地方文書を中核とする近世期の村落文書から明治期以降の近現代の公文書に至るシームレスな理解と知見とを、それぞれ深いレベルで獲得させようとするものだった。
 

おわりに 
  
  以上のような経緯で、駒澤大学におけるアーカイブズ関連科目は、2005年度以来、20年余りの時を経て、2025年度に「認証アーキビスト審査規則別表1」に掲げる「知識・技能の内容」を満たして、如上の運営形態で設置・開講されるに至ったのである。
  最後に、今後に向けた課題を2点ほど挙げておきたい。
  第一に、開講の範囲・対象を拡充していくことである。事実、他大学の事例と比較した場合、開講の範囲・対象が限定的だとする意見が呈されるかもしれない。たしかに、これらは歴史学専攻に在籍する院生に限って開講されており、また准認証アーキビストの認定を得るための、いわゆる資格プログラムでもない。現に、資格付与者は、駒澤大学大学院人文科学研究科・研究科委員長となっている。スモール・スタートとしてまずは堅実に始動することを重視した結果であるが、将来的には、他の専攻や研究科にも門戸を広げていくことを検討している。
  第二の課題は、こうした学びを実務経験へとどのように繋げていくか、ということである。座学にとどまらないよう、実習の機会を多く取り込む工夫を施しているが、それだけでは不十分だろう。実務経験への橋渡しが、「准認証アーキビスト」の上位に設定される「認証アーキビスト」の候補者への道筋をつけることになる。そのためには、学外機関とのさらなる連携を深め、将来的にはインターン契約の締結などをも視野に入れる必要があるだろう。こうした課題を念頭に、今後もアーカイブズ教育の一端を担っていきたいと考えている。

  

[1]熊本史雄「〈文書館問題〉 国立公文書館「アーキビストの職務基準書」の意義と課題」(『地方史研究』第68巻第4号、2018年)。