アメリカ・アーキビスト協会編 アーカイブズ基礎シリーズⅢ『アーカイブズと手稿の保存を発展させる』を読む

国立公文書館 統括公文書専門官室
公文書専門官 渡辺悦子

はじめに
  保存は、アーカイブズ機関の中核的営みである。『アーキビストの職務基準書』[1](平成30年独立行政法人国立公文書館)においても、「アーキビストが担う職務は、(1)評価選別・収集、(2)保存、(3)利用、(4)普及の4つに大別される」とあるように、アーキビストの職務の大分類の一角をなしている。
  法制度や移管制度に違いはあっても、記録の保存にあたって直面する課題、特にデジタル記録の保存の課題は、国や地域を越えて共通するものである。そこで今号では、本誌第91号(令和6年2月)より継続して紹介しているところの、アメリカ・アーキビスト協会(Society of American Archivists、以下SAA)刊行のArchives Fundamentals SeriesⅢ(以下AFシリーズⅢ)より、『アーカイブズと手稿の保存を発展させる(Advancing Preservation for Archives and Manuscripts)』を取り上げる。

1.アーカイブズ基礎シリーズⅢ:アーカイブズと手稿の保存を発展させる
1-1. 本書の基本情報
  AFシリーズは、アーカイブズや手稿コレクションを所蔵する機関における基礎的な実践を概説するベーシックマニュアルとして、SAAによって1970年代から刊行されているものである。シリーズⅢは、2019年から第3版目として出されているものであり、本書は、シリーズⅢ刊行開始の翌年である2020年に出版された第5巻目にあたる。シリーズⅠ及びⅡにおいて、「保存」を取り上げる巻のタイトルは『アーカイブズと手稿を保存する(Preserving Archives and Manuscripts)』[2]である一方で、本書が「Advancing(発展させる)」を付しているのは、保存業務における「デジタル」分野の比重が飛躍的に高まったことを背景として、従来のアナログ資料中心の保存概念を拡張し、媒体の違いを超えて保存を統合的に捉え直そうとする意図によるものと思われる。
  著者のElizabeth Joffrionは、西ワシントン大学図書館のアーカイブズ及び特別コレクション部門のディレクターであり、SAAフェローでもある。保存や利用分野で幅広く活動してきたほか、先住民コミュニティとの協働や資金調達の多様化など、現代的課題に対応するアーカイブズ実践を牽引している[3]。もう一人の著者である Michèle V. Cloonanは、シモンズ大学の図書館情報学専攻の教授であり、出版史やデジタル媒体の保存のほか、保存にかかる文化的・倫理的側面に関する研究で知られる。両著者共に、アメリカの保存分野における研究・教育の両面で長年にわたり重要な役割を果たしてきた人物である[4]。

1-2. 本書の構成
  まず、第1章「現代における保存の地平(Topography of Preservation Today)」の内容をもとに、本書の目的と構成を見てみたい。
  本書は、近年のアーカイブズ保存をめぐる変化を踏まえ、その考え方と実践を再検討するものとなっている。著者は、保存分野は、デジタル記録の増大によりアナログ資料(analog materials)とデジタル資源(digital resources)という二つの領域に分かれつつある一方で、アーカイブズ保存を支える基本原則自体は有効であり続けているとする。よって、原則を前提としつつ、変化する環境に応じた、アナログ・デジタルの保存を包括的に考える新たな実践を構想すること、そして保存の意味を改めて問い直し、理解を深めることを本書の目的としている。
  こうした問題意識のもと、本書は3部構成をとる。第1部では保存の歴史的展開、理論、文脈を整理し(第1章~第4章)、第2部では保存プログラムの計画と実施を扱う(第5章~第8章)。さらに第3部では、持続可能性や倫理といった現代的課題を取り上げる(第9章~第11章)。いずれの章にも、アーカイブズ機関で保存業務を実践する上で重要な考え方が示されていることから、ここからは第2章以下の内容を順に見ていきたい。

2. 第1部 保存のフレームワーク(Preservation Framework) (第2章~第4章)
2-1. 「第2章 アーカイブズ保存の歴史(History of Archival Preservation)」
  本章は、アメリカにおける保存活動の歴史的展開を通して、保存理論の形成を見るものである。
  近代以降、とりわけアメリカにおいては、保存実務は図書館的伝統に基づく利用者中心の発想と、大量の記録を前提とした公文書管理の発展の中で、分類・利用・選別と結びつきながら展開したため、評価選別と不可分の関係にあるものとして理解され、発展することになったという。19世紀以降の製紙技術の発展は紙質の劣化を招き、技術の進歩による品質の低下をもたらす状況を生み出した。こうした問題に対応する中で、保存は修復中心の実務から、環境管理や予防的措置を含む総合的な管理へと拡張されていく。20世紀後半になると、記録の量的増大とリソース制約のもとで、Mark A. GreeneとDennis Meissnerによる「More Product, Less Process(MPLP、より多くの成果を、より少ない整理での意)」のアプローチ[5]は、アメリカにおける保存分野に大きな影響を与えた。これは所蔵資料のバックログ問題[6]の解消を目的としたアーカイブズ記述分野で始まったものだが、Meissnerらは、実務の中心を個別資料の修復ではなく所蔵資料全体の維持管理に置き、利用を優先しつつ最小限の整理・保存を行う合理的アプローチと位置付け、MPLPを保存分野にも適用させた。また、デジタル資料の増大は、従来の保存モデルの検討を促すこととなり、保存は媒体を問わずリソースと制度的基盤が不可欠と考えられるようになったとする。
  このような歴史的展開をもとに、本章では、保存とは一義的に定義されるものではなく、機関の使命、利用の在り方、資料の性質、リソースや制度的条件といった多様な要因に依拠して判断される概念であることを示し、保存はこれらの条件のもとで何を優先し、どの水準で実践するかという判断の問題として理解されるべきものとしている。

2-2. 「第3章 アーカイブズ保存の原則(Principles of Archival Preservation)」
  本章では、既存の諸原則及び定義を整理した上で、アーカイブズ保存の基本原則とは、「価値があり有用である限りにおいて、真正なデジタルまたはアナログ資料の継続的かつ信頼できる利用及びアクセスを確保するための一連の行為や介入」と再定義し、保存は単なる技術的処置ではなく、保存科学、実務としての行為、さらに制度的責任としての管理を含む多層的概念として位置づける。
  デジタル時代における保存の枠組みとして、まず技術的措置を担うデジタル保存(digital preservation)があり、これを包含する形で、ライフサイクル全体にわたる価値付加を含むデジタルキュレーション(digital curation)が位置づけられる。さらにその上位概念として、デジタル資料の作成から保存、利用に至るまで、その価値を維持しつつ長期的に管理する責任と実践を指すデジタル・スチュワードシップ(digital stewardship)が置かれる。
  こうした概念整理を踏まえ、図書館、博物館等の保存修復分野の規範を参照しつつ、アーカイブズ保存に関する20の原則が提示される[7]。その内容は保存原則と言いつつも、利用のための保存、予防的保存や保存行為の文書化だけでなく、真正性やコンテクスト情報の維持、保存対象の決定における多様な文化的視点の必要性など、アーカイブズ記述や評価選別にも踏み込むものであり、保存が単なる技術的処置ではなく、アーカイブズ実務全体に関わることを感じさせる。
  また、本章はデジタル保存に特有の課題についても指摘しつつ、保存を導く基本原則自体はアナログ資料と共通であるとする。真正性の確保や継続的な利用可能性の確保等は、紙資料においては物理的形態と排架を通じて担保されてきた要素であるが、デジタル資料においてはメタデータの付与やシステム管理、継続的な移行・監査といった方法によって実現されるべきものという。すなわち、保存原則は媒体によって変化するのではなく、手段が異なるにすぎないと位置づけるとともに、急速に変化する情報技術、インフラ、そして人々の行動様式に対してアーキビストが柔軟に適応していく必要性を指摘して締めくくっている。

2-3. 「第4章 アーカイブズ保存の文脈(Context for Archival Preservation)」
  前章がアーカイブズ保存の原則を理論的に整理したのに対し、本章は、保存を取り巻く制度的・組織的・資源的条件という実践的な文脈から保存を捉え直すものである。ここで保存は、個別の技術的行為としてではなく、多様な機関類型や運営体制のもとで展開される社会的実践として位置づけられる。図書館・アーカイブズ・博物館をはじめとする多様な文化機関における保存の在り方が比較され、それぞれの使命、利用形態、資料観の違いが保存実務に与える影響が示される。その中でアーカイブズは、真正性や証拠性の維持を重視し、長期的保存を前提とする点において独自の位置を占めるとする。
  続いて、保存分野の形成を支えてきた調査研究や標準、ガイドラインを概観した上で、保存は個別機関の課題を超えて、分野横断的な知識基盤として発展してきたとする。特にデジタル保存においては、OAIS参照モデル[8]がアーカイブズの機能と責務を体系的に示す中核的な枠組みとして提示される。さらに、このOAIS参照モデルを基盤として、デジタルリポジトリ(長期保存に関する責務や機能を有するデジタル資源の保存機関[9]をさす)の信頼性を評価・認証するための基準が発展し、「ISO 16363:信頼できるデジタルリポジトリの監査と認証」[10]に結実する。同規格は、組織的基盤、デジタルオブジェクト管理、技術的インフラといった観点からリポジトリの適格性を評価する枠組みを提供し、OAISが示す概念モデルを実務的・制度的に具体化する役割を担うとする。そのほか、専門団体や国際・国内の各種組織による取組が紹介され、保存が専門職コミュニティ、標準化機関、研究機関、資金提供主体などからなる広範なネットワークによって支えられていることが示される。
  以上を踏まえ、本章は保存を単なる技術や個別機関の業務としてではなく、多様な主体の協働によって成り立つ制度的基盤として捉える視点を提示する。デジタル化の進展に伴い標準や実践はなお発展途上にあるが、こうした蓄積は、保存の新しい時代を切り開き、アーキビストが責任ある管理者としての役割を果たすための基盤となることを示している。

3.第2部 保存プログラムを実施・管理する(Implementing and Managing a Preservation Program)
3-1. 「第5章 保存プログラムを計画し展開する(Planning and Developing a Preservation Program)」
  本章は、アーカイブズにおける保存活動を、個別の技術や処置ではなく、組織的なプログラムとしていかに計画し運用するかを論じるものである。保存は、組織と技術、リソースの3要素が相互に支え合う、いわゆる「三本足の椅子(Three-legged stool)」[11]の構造として示される。
  保存プログラムは、まず、組織の使命(mission)とコレクション管理方針の明確化にあるという。特に組織的に承認された方針の存在は、組織改編や人事異動があっても、資料管理の一貫性を維持しうる体制を意味するとして重視する。次いで、コレクション、建物、環境、管理体制を対象とするニーズ評価(needs assessment)を行い、その結果に基づいて計画を策定する。前章で解説されたOAISやISO16363等の標準は参照しつつも、実際の制度設計は、各機関の実情に応じて行うべきことが説明される。さらに、保存活動は、限られたリソースのもとでコスト、リスク、効果を総合的に勘案し、現実的な意思決定を行う必要があることから、影響と実現可能性を基準にした保存活動の優先順位付けをすべきとする。加えて、資源確保の重要性を強調し、予算は組織の優先順位を示すものであり、保存の価値、効果、対応しなかった場合のリスクを明確に示しながら、内部予算のみならず助成金等の外部資金も含めて確保していく必要があるとする。
  以上のように、本章は、保存活動を評価、優先順位付け、意思決定、リソース配分を含む組織的プロセスとして捉え、その成否はマネジメントにかかっており、保存とは、技術の問題の前に、計画の問題であると結論づける。

3-2. 「第6章 保存プログラムを管理する(Administering a Preservation Program)」
  本章ではまず、保存が組織の意思決定に左右される点に注目する。近年、デジタル資料の急増により、所蔵資料の媒体別に領域が分化しがちであるが、保存活動を組織内で分散させれば、人員・予算・権限をめぐる競合を招く場合もある。したがって、媒体の違いを超えた包括的保存プログラムをいかに運営面から成立させるかが論じられる。
  そこで求められるのは、組織全体の現状とニーズの把握と、組織内の「政治的環境(予算決定権の所在、部署の影響力、優先課題)」を理解することとする。保存活動は施設管理、IT、資金調達、法務、利用部門、外部業者など多くの主体にまたがるため、保存担当者には、それらを結びつけるハブ(hub)としての役割が期待される。計画を実行段階へ移すにあたっては、達成可能な目標を設定し、難易度・効果・費用・時間軸を踏まえて優先順位を定める必要がある。また、小規模でも効果の高い方法を積み重ねることで、組織内の理解と支持を得ながら事業を軌道に乗せる考え方、たとえば、蛍光灯へのUVカバー設置、収蔵区域の照明タイマー化、簡易な環境モニタリングの導入など、低コストで即効性のある措置が例示される。
  後半では、アナログ資料とデジタル資料を、媒体ごとに異なる実務としてではなく、共通する保存原理のもとに統合的に理解し扱う視点が示される。アナログ資料に置いては、温湿度・光・害虫など保存環境の管理、利用時の取扱い、修復やデジタル化が重視される一方、デジタル資料においては、複数のデジタル複製物(バックアップ)の維持、異なる保存媒体・保存環境での分散保存、ハードウェア・ソフトウェアの更新管理などが求められる。これらは具体的手法こそ異なっていても、いずれも劣化・喪失リスクを減らし、長期的アクセシビリティを維持するという共通した考えにもとづくものであり、媒体の違いをこえて保存原理には連続性があることが示される。
  以上を通じて、保存プログラム成功の要点として、協働、回る仕組み(計画・委員会・体制整備)の構築、そして継続的更新が示され、保存とは、変化する環境とリソースの制約の中で回し続ける力であるとする。

3-3. 「第7章 アナログ及びデジタル媒体を保存する(Preserving Analog and Digital Media)」
  本章は、紙資料、写真、映像、音声、電子メールやウェブサイトなど多様な媒体について、「なぜコレクションは劣化するのか」をもとに、それぞれの特性と保存上の課題を整理している。媒体ごとに劣化の要因や必要な対応は異なるが、こうした理解を踏まえることで初めて適切な保存戦略を選択できるとする。同時に、デジタル以前の環境では受動的保存も許容されていたが、デジタル環境では能動的かつ継続的な管理への転換が強調され、保存は個別技術ではなく、ライフサイクル全体を見据えたマネジメントとして捉え直される。そのため、リスク評価や選択、関係者との連携といったガバナンスの枠組みが不可欠であり、各種フレームワークやツールはその実践を支える手段として位置づけられる。さらに、情報資源が巨大IT企業のサービス基盤の上で管理・提供される状況やクラウドサービスへの依存といった現代的課題にも言及し、保存をめぐる環境が現代において制度的・構造的にも変容していることへの警鐘が鳴らされている。

3-4. 「第8章 リスクマネジメント:プログラム的アプローチ(Risk Management: A Programmatic Approach)」
  本章は、保存活動を支える基盤としてのリスクマネジメントの考え方と、その実務への適用を概説する。リスクマネジメントとは、コレクションやシステム、施設に対する損害の発生確率と影響を踏まえ、それを評価し、計画し、軽減するための組織的な取組であるとする。リスクへの対応には、受容(acceptance)、回避(avoidance)、制限(limitation)、外部化(transference)という四つの基本的なアプローチがあり、各機関は自らの資源やリスク許容度に応じてこれらを組み合わせる必要があるとする。また、過去の事象や発生確率の分析に基づき優先順位を定め、実行可能な対策を設計することが重要とされる。
  さらに、計画を機能させるためには、組織全体の関与、明確な責任体制、定期的な訓練と見直しが不可欠である。特にデジタル環境においては、サイバー攻撃や人的ミス、システム障害に加え、クラウドサービスの利用によってリスクを外部に移転することで、ベンダーへの依存や事業継続性、セキュリティ運用の変化といった新たな脆弱性が生じうる点にも留意する必要がある。リスクマネジメントは、組織の情報資産とその使命を守るための枠組みであり、その継続的な運用が保存の基盤であることに改めて気づかされる章である。

4.第3部 現代の保存実務における倫理とモラル(The Ethics and Moral Implications of Contemporary Preservation Practice)
4-1. 第9章 持続可能な保存実践(Sustainable Preservation Practice)
  本章は、「持続可能な保存」をキーワードに、保存の考え方と実践の転換を考えるものである。気候変動やエネルギーコストの上昇を背景に、アーカイブズの保存は、従来の厳格な環境管理から持続可能性を重視する方向へ転換しつつある。持続可能な保存とは、理想的条件の維持ではなく、リスク管理を基盤に、効果・コスト・環境負荷のバランスをとる実践である。その中核には、建物や地域環境を活かした「パッシブ(passive)」なアプローチや、資料特性に応じた管理の差異化があるとする。デジタル保存においても、無差別なデジタル化から選択的・需要応答型の提供への転換、保存対象や保存水準の見直しが求められる。こうした変化は、単なる技術的改善にとどまらず、保存の理論と実務の枠組み自体の転換を伴うものであり、持続可能な保存は長期的コスト削減と資源の有効活用を実現するものとして位置づけている。

4-2. 第10章 保存する権利――誰が決定するのか(Right to Preserve: Who decides?)
  本章は、アーカイブズにおける保存行為を政治的・倫理的行為として捉え、特に周縁化されたコミュニティの記録をめぐる権利や主体性の問題を検討するものである。コミュニティ主導によるアーカイブズ活動やアーカイブズの共同管理、デジタル返還(digital repatriation、デジタルデータによる資料情報の共有やアクセスの回復)といった実践を通じて、記録の保存と利用に関する意思決定が複数の主体の関係の中で形成されるべきことが示される。さらに、ソーシャルメディアやデジタル技術の進展、個人情報保護の強化といった状況の中で、記録を包括的に保存することの限界が指摘される。こうした中で、保存は単なる技術的課題ではなく、何をどこまで残すのかという価値判断を伴う社会的な選択の問題であることが示唆されている。

4-3. 第11章 むすびにかえて(Final Remarks)
  最終章は、本書で論じてきたアーカイブズ保存に関する諸論点を振り返り、その将来の方向性について検討するものである。保存は、アナログ資料を対象とした専門的実務から、デジタル技術の進展や社会的変化を背景に、より広範で複合的な領域へと展開してきた。技術の発達により、保存の方法は体系的なリスク管理やデータ活用へと発展し、また持続可能性やコミュニティの関与といった観点から、保存は社会的・政治的側面を持つ実践としても捉えられるようになっている。さらに、デジタル文化の進展や利用形態の変化は、保存とアクセスの在り方に新たな課題をもたらしており、利用者研究やデジタル保存に関する実証的研究の必要性が指摘される。一方で、こうした変化の中にあっても、文化的遺産を将来にわたり利用可能な形で維持するという保存の基本的な目的は一貫している。本章では、こうした変化を踏まえつつ、保存の将来像について多様な論点が提示されているが、その多くを今後の検討に委ねて締めくくっている。

まとめ
  本書は、アーカイブズ保存をめぐる理論と実務を、アナログ資料とデジタル資料・資源を横断する形で統合的に捉え直し、デジタル環境の進展や社会的要請の変化を背景に多様な論点を含めて、その枠組みを体系的に提示している点に意義がある。その意味で、本書はこれからの保存をめぐる射程を示すとともに、議論の出発点となるものと言える。
  本書刊行後も、生成AIの急速な普及をはじめ、クラウドサービスへの依存拡大など、情報環境の変化はさらに加速している。将来的技術として言及される3DやVR等については、その後の展開は必ずしもそのとおりに進んではいないが、個別技術ではなくリスク管理や組織的意思決定を含めた保存の枠組みそのものを重視する本書の視点は、むしろ現在において重要性を増しているのではないか。保存には人的・財政的な制約が伴う。そのため、技術の進展に期待するだけではなく、何をどのように残し継承していくのかを、社会的責任や持続可能性との関係の中で継続的に問い直していく必要がある。本書は、そのための視点を与えてくれる一冊と言える。


[1]国立公文書館 アーカイブズ・シンクタンク「アーキビストの職務基準書」参照:https://www.archives.go.jp/thinktank/theme/archivist.html (アクセス:2026.4.17)
[2]“Preserving Archives and Manuscripts”の著者は、シリーズ1(1993)及び2(2010)を通じてMary Lynn Ritzenthalerである。
[3]本書末の「About the Authors」及びSAAのwebsite “Fellow: Elizabeth Joffrion”より:https://www2.archivists.org/recipients/2024/fellow-elizabeth-joffrion (アクセス:2026.4.17)
[4]同じく、本書末の「About the Authors」及びシモンズ大学ウェブサイト「Michèle Cloonan」より:https://www.simmons.edu/people/michele-cloonan (アクセス:2026.4.17)
[5]「The American Archivist」68号(2005)に掲載された”More Product, Less Process: Revamping Traditional Archival Processing”が基になったもので、Dennis MeissnerはSAAの本アーカイブズ基礎シリーズⅢの第2巻『アーカイブズと手稿を記述する』の筆者である。なお、この第2巻については拙稿「アーカイブズの「編成」と「記述」あれこれ~アメリカ・アーキビスト協会編アーカイブズ基礎シリーズⅢ『アーカイブズと手稿を編成・記述する』を読む~」(情報誌『アーカイブズ』第91号:https://www.archives.go.jp/publication/archives/no091/14804)参照のこと。
[6]アーカイブズ機関では、所蔵資料の利用提供等のため目録を作成するが、これら目録は記述標準にもとづいてコレクション・レベルからアイテム・レベルにいたる階層的記述が行われるため、当時アメリカのアーカイブズ機関では、一機関あたり平均して全所蔵資料の5割以上が目録未整理により利用者に公開・提供できないという「バックログ(Backlog、積み残し、等の意味)」が問題となっていたことをさす。前掲注5の拙稿参照。
[7]本書第3章、pp.38-39参照。
[8]Reference Model for an Open Archival Information System。詳細は 橋本陽「電子公文書の保存・利用-基本的考え方-(令和4年度アーカイブズ研修Ⅱ特集)」(情報誌『アーカイブズ』第88号、2023年6月)参照:https://www.archives.go.jp/publication/archives/no088/13935 (アクセス:2026.4.17)
[9]宇宙データシステム諮問委員会(Consultive Committee for Space Data System、CCSDS)「信頼できるデジタルリポジトリの監査と認証」の「Terminology」参照;https://ccsds.org/Pubs/652x0m2.pdf(アクセス:2026.4.17)
[10]「ISO 16363: Space data and information transfer systems — Audit and certification of trustworthy digital repositories」。2000年代初めに「信頼できるデジタルレポジトリ」の概念が提唱され、その具体化として2007年、OAISの考え方を前提としつつ、組織体制、デジタルオブジェクト管理、技術的基盤などの観点から、リポジトリの信頼性を評価するTRAC(Trustworthy Repositories Audit and Certification) が策定された。続く2011年に 前掲注のCCSDS によってTrusted Digital Repository: Recommended Practice,が公表された。ISO16363はこれに基づきISO化されたものである(本書第4章より)。なお、CCSDSによる「信頼できるデジタルリポジトリの監査と認証」(文書番号:CCSDS 652.0-M-2)はウェブサイト上から閲覧可能である(リンク先は注9参照) (アクセス:2026.4.17)
[11]Three-legged Stoolは、Anne Kenney とNancy McGovernが2003年のDigital Preservation Management Workshops で示した持続的に成功可能なデジタル保存プログラムの3つの側面をしめしたもの:https://www.nancemcgovern.org/DPMcheatsheet-DPMThree-leggedStool.pdf (アクセス:2026.4.17)