国立公文書館 統括公文書専門官室
公文書専門官 長岡 智子
はじめに
国立公文書館(以下「当館」という。)では、令和8年(2026)1月23日に、国際オンラインセミナー(以下「本セミナー」という。)を開催した。令和6年度[1]に続き、2回目の開催となる本セミナーについて概要を報告する。
1.セミナーの開催趣旨と令和7年度のプログラム
本セミナーは、諸外国の公文書館等との連携を促進し、アーカイブズ機関における実務者の能力向上に資することを目的に、令和6年度に当館の新たな取組として開始した。令和7年度の本セミナーは「アーカイブズ資料の保存と災害対策」をテーマに、Zoomウェビナーを用い、完全オンライン形式で開催した[2]。主な使用言語は英語で、日本語の同時通訳を行い、国内外から約100名の参加があった。
本セミナーは以下の二つのセッションで構成した。
第1セッション アーカイブズ資料の保存管理―概要と課題
第2セッション アーカイブズ機関の災害対策
第1セッションでは、フィリピン国立公文書館及び当館から資料保存の概要や課題に関する発表、第2セッションでは、インドネシア国立公文書館の新保存施設の建設計画に関する発表、また、国際公文書館会議(International Council on Archives、以下「ICA」という。)からは2024年に発行された災害対策のマニュアルに関する発表がなされた。また、学習院大学非常勤講師の青木睦氏と当館の阿久津智広業務課課長補佐(保存担当)がコメンテーターとして参加し、一般参加者からの質問も交えながら活発な質疑応答・意見交換が行われた。プログラムの詳細は、以下を参照されたい。
国際オンラインセミナー「アーカイブズ資料の保存と災害対策」プログラム
| 時間 | 内容 |
|---|---|
| 11:30-11:40 | 開会挨拶:古矢一郎(当館理事) 趣旨説明・全体司会:寺澤正直(当館上席公文書専門官) |
| 11:40-13:00 | セッション1 アーカイブズ資料の保存管理―概要と課題 発表: Remmel G. Talabis(フィリピン国立公文書館アーカイブズ保存課チーフ・アーキビスト) 「マイクロフィルム化の課題」 浅場沙帆(当館業務課修復係長) 「国立公文書館における保存と災害対策」 コメント: 青木睦(学習院大学非常勤講師、元国文学研究資料館准教授) 阿久津智広(当館業務課課長補佐(保存担当)) |
| 13:00-13:10 | 休憩 |
| 13:10-14:30 | セッション2 アーカイブズ機関の災害対策 発表: Achmad Dedi Faozi(インドネシア国立公文書館保存部長代理) 「インドネシア国立公文書館新保存施設の戦略的開発: 長期的なアクセスと災害レジリエンスの確保」 Emilie Gagnet Leumas(EGLコンサルタンツ代表) 「緊急事態管理と災害への備え:アーカイブズ保護のためのマニュアル」 コメント: 青木睦 阿久津智広 |
| 14:30-14:55 | 全体を通じての質疑応答、意見交換 |
| 14:55-15:00 | 閉会挨拶:中島康比古(当館統括公文書専門官) |
2.各報告の概要
2.1 フィリピン国立公文書館
フィリピン国立公文書館(National Archives of the Philippines、以下「NAP」という。)フィリピン国立公文書館(以下「NAP」という。)のRemmel G. Talabis氏からNAPの保存管理全般の概要と資料のマイクロフィルム化の課題について発表がなされた。Talabis氏はNAPのアーカイブズ保存課チーフ・アーキビストを務めている。
Talabis氏から、フィリピンは災害リスクが高く、NAPは3つの島にわたる複数拠点で紙資料、デジタル資料、マイクロフィルムを管理しており、保存対策としては災害対応計画や職員研修を実施しているとの説明があった。NAPでは資料の保存戦略としてデジタル資料からマイクロフィルムへの媒体変換も含めたマイクロフィルム化を進めており、関連サービス事業者の不足等の課題が顕在化する中で、外部委託から内製化に切替えを行っている。デジタルは利便性に優れるが長期保存に課題があり、両者の特性を踏まえた併用が最適であるとの報告があった。
本発表に関する意見交換では、NAPには全体で約150名の職員が在籍していること、書庫が満架のため移管受入れを停止中で新施設建設の計画があること、情報保全の観点からデジタルデータのバックアップを複数拠点で管理していることなどがTalabis氏から述べられた。また、技術の進歩に伴いマイクロフィルムの撮影技術や周辺機器も進化していること、全体の潮流としてボーンデジタル記録への移行が進んでいく中で100年単位の重要記録の保存や紙資料原本のデジタル化後の廃棄の問題等にも目を向ける必要があることなどの意見が交わされた。
2.2 日本国立公文書館
当館業務課の浅場修復係長から、当館の保存・修復業務の概要について発表がなされた。
本発表では、新館開館により三館体制となる予定であること、所蔵資料の概要、保存業務として書庫管理や受入れ時の虫菌害対策等を実施していること、修復業務として各種の手技やリーフキャスティングなどを資料の損傷状況に応じて使い分けていることなどが述べられた。また、被災公文書等救援チームを設置し、自治体の被災資料の救援活動への支援を行ってきた実績や、関係機関と連携して対応していることが紹介された。また、担当職員について、修復係に10名、保存係に8名が在籍し[3]、修復担当者は就業前に専門教育を受けていることが説明された。
本発表への意見交換では、第2セッション発表者のEmily Leumas氏から、通常の修復作業と被災時の救援活動として実施する修復作業について、異なる訓練を行っているかという質問が出されたのに対し、コメンテーターの青木氏から、救援後の修復作業には緊急対応と通常レベルの修復という2段階の作業が必要であり、発災現場における救援作業に従事するボランティア等への訓練について説明があった。また、Talabis氏からリーフキャスティング実施の際に使用するチップの計量方法について質問があり、浅場係長から具体的な説明がなされた。
2.3 インドネシア国立公文書館
インドネシア国立公文書館(以下「ANRI」[4]という。)のAchmad Dedi Faozi氏から、計画中のANRIの新保存施設について発表が行われた。Dedi氏はANRIの保存部長代理を務めており、当日は、令和7年11月の大規模洪水で被災したアチェにおける現地対応の合間を縫っての参加となった。
Dedi氏から、ANRIの新保存施設の建設は、資料の増加と既存施設の限界を背景に、フィジカル及びデジタルの両記録の長期保存とアクセス確保、災害レジリエンス向上を目的としており、新施設は持続可能性、技術統合、アクセシビリティ、拡張性を柱とし、省エネ型環境制御や自動化システムを導入することが述べられた。さらに立地選定や耐火・制震構造、冗長化空調、先進的消火設備などにより防災性能を強化していること、国内外機関との連携や国際基準の導入を通じ、将来世代に資する中核拠点の構築を目指していることが紹介された。
本発表への意見交換では、ANRIの保存・修復担当職員が約70名おり、約2億枚分の紙資料を所蔵していることが確認された。また、青木氏からANRIが参照しているISO11799「文書館・図書館資料の保管要件」で機械的手法に頼らないパッシブコントロールによる環境管理を推進している考え方について、ANRIではどのように受け止め取組に活かしているか質問が出され、Dedi氏からANRIでは当該ISOに準拠したガイドラインを策定中であり、インドネシア特有の多湿気候及び地震に対するレジリエンス確保が課題となっているとの説明があった。
2.4「緊急事態管理と災害への備え:アーカイブズ保護のためのマニュアル」[5]
Emily Gagnet Leumas氏から、ICAが作成・公表した『緊急事態管理及び災害への備え―アーカイブズ保護のためのマニュアル―(原題Emergency Management and Disaster Preparedness: A Manual for Protecting Archives)』(以下「マニュアル」という。)の概要に関する発表が行われた。Leumas氏は同マニュアルの共著者の一人で、米国のEGLコンサルタンツの代表を務めている[6]。
Leumas氏から、同マニュアルにおいて、自然災害や気候変動、紛争などの多様な脅威に対し、緩和・備え・対応・復旧の4段階からなる体系的な緊急事態管理を提案したことについて発表があった。災害計画は明確で実用的なものを策定すること及びテストを通じて見直しを行うことの重要性を述べた上で、リスク評価やバイタル(きわめて重要であり、必要不可欠な)記録の特定、デジタル保存対策、対応チームの整備、資金や保険の確保、資機材の準備などマニュアルにおける強調点を紹介した。また、発災時は人命優先のもと迅速な対応と記録保全を行い、復旧後は教訓を次の備えに活かす循環的プロセスが不可欠であるなどとし、連携ネットワークの構築や事業継続計画も含めた平時における計画的取組が組織のレジリエンスを高めると結論づけた。
本発表への意見交換では、Leumas氏から、マニュアルへの反響として、ICAの緊急事態管理・災害への備え専門家グループの関係者を始めユネスコ等からも好評を得ており、日本語を含む複数言語で翻訳が進んでいることが紹介された。また、資料への保険のかけ方に関する阿久津補佐の質問に対し、保険は主に民間機関の建物・設備が対象であり、基本的に代替不可能なアーカイブズ資料は保険で完全補償はできず、修復費用の補填等に保険が用いられるということが述べられた。さらに、マニュアルで事業継続計画の重要性が明確に記述されていたことに注目したとする青木氏のコメントに対し、Leumas氏から事業継続性においては各機関の機能を維持するために必要な情報を見極めることが重要で、優先的に守るべき資料の特定が不可欠であることが強調された。
2.5 全体を通じての質疑応答、意見交換
各発表及び発表直後の意見交換を踏まえて、一般参加者からも質問を受け付け、全体の質疑応答を行った。以下に主な論点を紹介する。
文化財の保存・修復に際して準拠すべき法令規則や基準等があるかという問いに対し、浅場係長から日本では文化財保護法等の関連規定が適用されることが説明され、Talabis氏からは、国際的な基準があるが、各国・地域の環境に応じた調整が重要で、唯一の正解はなく、コレクションの特性や保存環境に応じて柔軟に適用する姿勢が求められるという見解が示された。これを受けてLeumas氏は、ICAやISOなどの国際基準が指針となるが、技術革新による保存手法の進化等に伴い基準自体が時代と共に更新される一方で、災害時には国際基準の順守より迅速な対応が優先されること、また、地域ごとに蓄積された伝統的な知恵も有効であり、地域の経験を活かした柔軟な対応が重要であることが述べられた。
各国の政府機関におけるアーカイブズ資料に関する緊急事態対応の調整方法について質問があり、Leumas氏から、緊急対応の体制作りは一様ではなく、軍や災害対応機関、赤十字等が関与する場合もあるが、米国では連邦緊急事態管理庁(FEMA)等の公的機関に加え、専門の非政府組織も活動し、地域への教育や助言を行っていることが紹介された。
フィリピン及び日本で、自然災害によって記録が消失したことがあるかとの質問に対し、Talabis氏は、記録は理想的には守られるべきだが、実際には虫害等により日々失われている可能性があり、だからこそ保護のための計画が必要になり、記録の保護はその組織の使命を支える重要な責任であると答えた。同じ問いに対し、青木氏から、日本では1995年の阪神・淡路大震災で多くの文化遺産が失われた経験を背景に、文化庁の文化財防災ネットワーク等の関係団体が連携し、過去の消失事例を記録として残すと共に、災害時の初動対応チームの訓練等、対策強化に努めているとの説明があった。
最後に、阿久津補佐から、世界各地で災害が増加している現状と共に災害の備えを進めることの重要性を再認識したこと、資料増加による書庫不足も共通課題であると分かり、当館の新館整備にも参考となる知見が多く、今後も継続的な情報交換を行いたい旨の発言があった。青木氏からは、各発表は気候変動下におけるアーカイブズの持続的保存のための課題と対応策について多くの示唆を与えたこと、特にマニュアルは実践的な指針として有用であり今後の活用が期待されること、また、ISO11799[7]の改定により持続可能性の視点も強調され、新館整備を進める日本の国立公文書館においても、課題解決に寄与する拠点形成が求められることが述べられた。
おわりに
本セミナーでは、具体的・実践的なトピックについて多岐に渡る活発な議論を行うことができた。このような場が実現したのは、ひとえに発表者及びコメンテーター各位のお力によるもので、この場を借りて謝意を表したい。また、参加者からの質問が議論の活性化に繋がった点についても感謝申し上げる。各発表及び意見交換を通じて、共通の課題を確認すると共に、国際的な知見共有の重要性を再認識することができた。本セミナーで共有された知識や経験が、各現場の日常業務で活かされることを期待したい。

上段左から:寺澤正直上席公文書専門官、青木睦氏、阿久津智広課長補佐
下段左から:Emilie Gagnet Leumas氏、Remmel G. Talabis氏、浅場沙帆係長
[1]令和6年度のセミナーについては以下の記事を参照されたい。
https://www.archives.go.jp/publication/archives/no096/17221(2026年3月31日アクセス)
[2]発表者は、それぞれの所在地からオンラインで発表を行った。
[3]令和8年1月時点の数字。
[4]インドネシア語の正式名称「Arsip Nasional Republik Indonesia」の略。
[5]当館で日本語版を作成・公表した。日本語版及び英語版へのリンクは以下のとおり。
https://www.archives.go.jp/thinktank/database/standards/ica_standard.html(日本語版、2026年3月31日アクセス)
https://www.ica.org/resource/emergency-management-and-disaster-preparedness-a-manual-for-protecting-archives-authored-by-margaret-crockett-and-emilie-gagnet-leumas(英語版、2026年3月31日アクセス)
[6]Emily Gagnet Leumas博士は、アーキビスト及びレコードマネージャーとして25年以上の経験を有し、国際的なコンサルティング活動の他、ルイジアナ州立大学で教鞭を執っている。ICAの危機管理・防災専門家グループの議長やブルーシールドインターナショナルの理事を歴任するなど、国際的なアーカイブズ組織においても指導的役割を担っている。
[7]ISO 11799:2024 情報及びドキュメンテーション-記録保管所及び図書室資料のための文書保管要求事項(Information and documentation — Document storage requirements for archive and library materials)
https://webdesk.jsa.or.jp/books/W11M0090/index/?bunsyo_id=ISO+11799%3A2024(2026年3月31日アクセス)
https://www.iso.org/standard/82306.html(2026年3月31日アクセス)
併せて次の論考も参照されたい。竹内秀樹「気候変動時代における図書館・文書館資料の環境管理:持続可能な資料保存へ」(国立国会図書館カレントアウェアネス. 2024, (362), CA2075, p. 10-12.)https://current.ndl.go.jp/ca2075(2026年3月31日アクセス)
