2017年国際公文書館会議メキシコシティ年次会合参加報告

国立公文書館 理事 福井 仁史
同 統括公文書専門官室 公文書専門官 中山 貴子
同 公文書専門員 渡辺 悦子

 2017年の国際公文書館会議(International Council on Archives、以下「ICA」という。)年次会合が、11月27日(土)~29日(木)、メキシコのメキシコシティにおいて開催された。国立公文書館(以下、「当館」。)からこれに参加した三人から、会合に先立って行われたメキシコ国立公文書館の視察と、年次会合概要について報告する。

メキシコ国立公文書館内部:新館建設まで、旧独房エリアを書庫として利用していたとのこと

1.メキシコ国立公文書館視察

 メキシコ国立公文書館は1792年、スペイン王カルロス4世の命令に基づき設立されたことにはじまる。国の記録はPalacio Nacional(国立宮殿:大統領執務室等の連邦行政機能が所在)等で分散管理されていたが、1975年まで刑務所であった建物が、1977年からアーカイブズとして利用されることとなった(現本館)。2013年、同じ敷地内に事務スペース、書庫、修復スペースを備えた新館を建設。200m×20m×5層構造で80ユニットに分かれた書庫の収容能力は書架延長150kmに拡大している。
 建物は持続可能性、セキュリティ、アクセシビリティの確保を原則としている。南からの直射日光を避けるため北向きに設置、また5,000㎡のソーラーパネル[1]で必要なエネルギーの40%をまかなっている。書庫の入退室、温湿度、照明は自動管理システムを採用しており、防火のため超高感度煙検知システムを設置している。入室には指紋認証が採用されているほか、セキュリティシステムは顔認識機能を備え、敷地内の各エリアへのアクセシビリティは段階的に設定されている。現在、このセキュリティシステムは新館のみに設置されているため、将来的には敷地の全建物をカバーする予定とのことである。
 所蔵資料は現在、書架延長52km(内訳:新館の紙記録40km、視聴覚資料12km)で、磁気テープ等の視聴覚資料も、今後新館の書庫へ移す予定とのことであった。

書庫のモニタリング状況

屋根に設置されたソーラーパネル

2.開会

 11月27日(月)、メキシコ社会保障研究所21世紀医療センター(Centro Médico Siglo XXI)において、メルセデス・デ・ヴェガ・メキシコ国立公文書館長、デービッド・フリッカーICA会長、ヌリア・サンズ・ユネスコ・メキシコ事務所長、オソリオ内務大臣等から挨拶があり、同大臣の宣言により開会された。
 なお、今回のICA年次会合は、ICAラテンアメリカ地域支部年次会合と併せ開催され、ラテンアメリカ地域の国々を中心に、約40ヶ国からの参加があった。

3.基調講演

 開会式直後から、全体で6つの基調講演が行われた。その講演者と標題は以下のとおりである。




F.W.ラ・ルー(グァテマラ・ユネスコ交流情報長官補)

「人権」



L. デュランティ(カナダ、ブリティッシュコロンビア大学教授)

「真実のためのインフラ:デジタル形式の事実をアーカイブズ理論にゆだねる」



M.L.L.ボルティーリャ(メキシコ、国立自治大学名誉教授)

「異文化間交流」



Vint. G.サーフ(Google副代表)

「デジタルの羊皮紙」



J.M.M.ロウレット(メキシコ歴史学会名誉会員・教授)

「異文化間交流と先祖伝来の文化」



A.M.G.フレール(バルセロナ大学教授)

「アーカイブズと芸術的創作:現代アートにおけるアーカイブの類型学と家系学」

 これらは、現在のアーカイブズ理論の到達水準、現状の課題を認識させるものとして、それぞれに刺激的であるが、以下に、このうち、当館の問題意識に特に関係を持つと思われた2と4の概要を紹介する。

講演を行うデュランティ教授

3.1 L. デュランティ「真実のためのインフラ:デジタル形式の事実をアーカイブズ理論にゆだねる」
 現代の情報社会において、我々は間違った情報や故意に内容を変えた情報、「Alternative Fact(公の媒体が提供するものとは異なる事実の流布)」、また「ポスト真実(Post-Truth:真実の後に来るもの、脱真実。客観的事実よりも個人の信条や感情に訴える方が世論形成に影響を与えるということ)」といった、事実/真実とは何かという課題に直面している。誰もがインターネットを介して常に情報にアクセスしているため、そうした情報が瞬時に広まってしまう、あるいは技術的インフラの複雑さにより情報へアクセスする仕組み自体が見えにくいなど、「真実」をとりまく環境は難しい状況になりつつある。
 そもそも歴史的「真実」とは、事実が書かれた「記録」によって知り得るものであり、直接的にアクセスできるものではない。また、何を真実として見なすかは、その情報源がいかに信頼できるかに拠っている。InterPARES[2]は、信頼とは「リスク・アセスメントに基づく脆弱性・依存性の開示を含む、特定の行動や利益に対する価値体系が一致した当事者同士における信用」と考えている。
   活動の過程で作成・収受された文書群であるアーカイブズ/記録は、信用や価値が守られ理解されているものを通じて、基礎構造を形成している。このような記録の信用性(Trustworthiness)は、作成者と作成過程の統制による事実の提示としての文書の信頼性(Reliability)、記録の内容の正確さと精密さ(Accuracy)、記録の同一性・完全性に基づく真正性(Authenticity)に基づく。記録は事実と行動の永続的な記憶が保存されたものであり、作成と使用の手続きの統制によって真正性が保たれる。さらにそうした記録が公の場所(public space)に置かれることで、信頼性が保証されるのである。
 このようなアーカイブズの理論を実務に反映させる事例として、電子的な事実(digital facts)の真正性の問題が挙げられる。電子的な環境において記録の真正性を図る手段は、以下の3つが考えられる。
 1) 記録の真正性の土台となる合法的な管理のつながり(chain)
 2) 特定の日時に特定の状態にあったことを示すデータによって、変更に係る情報を保存する(管理における)電子的つながり(digital chain)
 3) 記録をホストするシステムの信頼性及び記録の保存と利用を統制する手続きとプロセスの信頼性に基づいていることの宣言(declaration)
 電子記録の真正性を保証する仕組みのひとつとして、電子署名(digital signature)がある。電子署名は、まずビット単位で完全性を保証する。また記録が原本であることや否認防止(利用者がインターネットで利用した証拠を残し、利用した事実を否定できないようにすること)の実現のほか、電子認証局による認証を経ていることで法的価値等を与えることもできる。一方で、電子署名の真正性は認証局の消滅や技術的陳腐化などに課題が残っており、今のところ永続性が保証されていないものでもある。
 これに対し、「ビットコイン」が可能とした技術に基づく、ブロックチェーン(Blockchain)の技術が注目されている。これは、取引が確定した記録を保存する情報の「台帳」であり、ネットワーク上のすべてのノード(サーバー)が対等(国家のように統制や介入を行うような中心的管理点がないという意味で)な分散的合意によって運営されている。ブロックチェーンでは、一定期間内の取引の塊を「ブロック」とし、各ブロックにおいて取引のセットをピアツーピア[3]で検証する。全てのブロックがその直前のブロックとつながり、付け加えることのみが可能なため草創期のブロックが現在まで途切れることなくつながっており、改ざんが困難である。記録の完全性や、記録がある時点において作成され存在したこと、また記録の作成順を確定することが可能な技術と言える[4]。
 InterPARESでは、こうしたブロックチェーンの技術を応用したTrustChainという、電子記録の信頼性を保証するシステムの構築に努めている。ブロックチェーンで使用されるハッシュ・アルゴリズムやハッシュ・ツリー、分散型合意形成といったコンセプトを応用し、プライベート空間のブロックチェーンで記録の形成過程を記録、承認されたノードのみが書き込み可能だが、誰もが情報にアクセス可能とするというものである。システムの仕組みとしては、信頼のあるアーカイブズ機関で形成したチェーンにおいて、記録管理・保存システムを記録のライフサイクルに沿って動かし、完全性・作成・存在の期間・時期、作成の順、否認防止、電子署名の信頼性を確定させるというものである。
 こうしたシステムを作成しても、「真実」が誰によってどのように扱われているかを理解するには、伝統的なアーカイブズの原則、コンセプト、方法論が必要である。技術的専門家と協力しながらも、アーキビストは絶えず自身の学問的・専門的知識を鍛え続けなければならない。真正で正確かつ信頼のあるコンテクスト化した記録に基づく完全な情報にアクセスできるよう、機能的要件・ツール・方法論・ガイドラインを策定しなければならない。
 また、信頼性のあるシステムを構築しても、我々はこうしたインフラの使用を社会に説明していかなければならない。そうすることではじめて、電子の世界においても、アーカイブズは誤った情報・故意に曲げられた情報を糾弾する手段となり、真実にたどり着く手段となりえるのである。

InterPARESによるTrustChainのコンセプト(Duranti氏の講演パワーポイント’An Infrastructure for Truth: Entrusting Digital Facts to Archival Theory’より引用)[図をクリック]

3.2 Vint. G.サーフ「デジタルの羊皮紙」
 デジタル情報は、数世紀残るコンテンツもあれば、残らないコンテンツもある。フロッピーディスクやVHSに見るように、保存メディアは次々に取って代わられる。
 近年広く作成されるようになっている実行形式のコンテンツ(Executable contents、シミュレーションモデルや知的教育システム、エキスパートシステムのようなAI技術をもとにしたコンピュータシステムを含む)をどのように保存するかは大きな課題である。Googleが関わってきたオリーブ・プロジェクト[5]は、実行形式のコンテンツとは何か、どう保存するかがいかに困難かを示す例となっている。ここでは、エミュレート(模倣)された仮想マシン(Virtual Machine:ソフトウェアによって仮想的に構築されたコンピュータ)上で旧式のハードウェアと旧式のソフトウェアを実行するには関連情報のパッケージが必要であるが、現在のマシンのハードウェア、OS(Operation System)等のような多層構造のものは、大きなハードウェアにすべてを取り込んで旧ソフトを実行するイメージとなる。実行形式ファイルの場合、課題はメタデータの保存であり、これはデータそのものと同様に重要なものである。コンテンツへのアクセスを確保するには、履歴情報を保存する必要があるが、一方でこうしたデータは知財保護の対象であることにも注意が必要である。
 将来的な技術的課題は多い。仮想マシンは年々大きくなるし、ネットワークスピードも早くなる一方である。ハードウェアの正確なエミュレーションも難しく、また仮想マシンを物理的に構築するか仮想空間で構築するかという問題もある。さらに、クラウドサービスのアーカイビングについても課題がある。
 デジタル保存の範囲について言えば、デジタル・オブジェクトは概して複雑である。言語や標準は様々であるし、URL(Uniform Resource Locator)はインターネット上の情報資源の場所を示す識別子の一種だが、現在のところ永久に保存されるわけではない点も課題である。加えて、著作権や特許、ライセンスと言った保存のための権利関係の枠組みも検討が必要である。
 今後、どのようなプロセスを取らなければならないかの道筋を示すとすれば、まず、電子的ストレージ媒体の取り込みと更新を行う技術的手段の検討が挙げられる。また、関連するメタデータの取得と表現についての検討も行わなければならない。デジタル・オブジェクトにかかる権利の明確化も必要である。デジタル・オブジェクトの完全性を確定する方策も検討せねばならない。また、いつ(から)その情報はアクセス可能になるか、といった版権の問題で、情報に係る権利をモニタリングする必要もある。長期保存のためのビジネスモデルの構築については、アーカイブズや図書館の職員は、ある程度の権限を付与されることが望ましいと考えている。
 インターネットは現在あるものしか保証できないということを認識しながら、課題と取り組む必要がある。

4.専門家プログラム

 11月27日~29日の三日間にわたって、約40のセッションが展開された。すべてをフォローできたわけではないが、ここでは日本からも報告者が参加した三つのセッションについて、概要を報告する。

4.1 パネル:アーカイブズ、説明責任、情報へのアクセスと個人情報保護




Stein Magne Os(ノルウェー)

「電子公文書-公的情報へのアクセスを容易にする」



Carlos Alberto Zapata(コロンビア)

「アーカイブズ、説明責任、情報へのアクセスと個人情報保護」(略)



福井仁史(当館)

「日本国立公文書館所蔵資料へのアクセス確保について」



Jose Guadalupe Luna Hernandez(メキシコ)

「憲法による人権擁護とアーカイブズの管理」

(敬称略)

4.1.1 Stein Magne Os(ノルウェー)「電子公文書-公的情報へのアクセスを容易にする」
 電子公文書は公的セクターをより開かれたものとし、市民が情報にアクセスしやすくなるツールであると考えている。公的機関が作成した記録の閲覧は民主主義の基本として法に定められており、裁判所や民主的に選出された組織の手続きに従って誰もが国や自治体の記録にアクセスする権利があるとしている。公的機関の記録は、管理にかかる体系を定めたアーカイブズ法や、市民の情報アクセスのため公的組織は記録を作成しオンラインで公開しなければならないことを定めた情報自由法などによって運用されている。
 情報のアクセスには、その情報がどこに存在し、どこで見ることが出来るかがわかっていることが必要不可欠である。ノルウェー政府では、全ての政府機関が記録に関する情報を同じ標準に基づいて記述(件名・作成/受信者・作成日・公開/非公開の状況など)しその情報を集約した、全政府記録(全ての省庁と首相府)を一元化してオンラインで検索可能にしている共通システムを作成している。利用者は検索ページから必要な記録を検索してそこから情報公開請求を行うことができ、公開の判断が下れば、当該記録はeメールによって無料で利用者に送付される(通常請求から2~3日後)仕組みとなっている。
 電子記録公開の取組みにつとめ開かれた政府を目指すことはノルウェーの現在の行動計画の一部であり、今後も更なる発展を進めたい。

プログラム・ボード前にて(当館の福井理事)

4.1.2 福井仁史(当館)「日本国立公文書館所蔵資料へのアクセス確保について」
 当館は国の機関及び独立行政法人等から移管を受けた文書等を保存し利用に供している機関である。受入れから1年以内の目録作成・公開や、来館を伴わない閲覧への対応のための「国立公文書館デジタルアーカイブ」の充実をはかっており、当館所蔵資料で利用頻度が高い資料のデジタル化を優先して行い搭載するほか、アジア歴史資料センターへのデジタル画像提供、地方の公文書館との横断検索の実施など利用者の便につとめている。一方で、来館による資料の閲覧の充実を図るため、専門職員の配置を行うなどの取組みも行っている。2020年代半ばには新館建設も控えており、アクセス面での改善事項の検討が急がれている。利用と個人情報の保護のバランスを図りつつ、諸外国の取組みを参考にしながら、今後も発展に努めたい。


4.1.3 Jose Guadalupe Luna Hernandez(メキシコ)「憲法による人権擁護とアーカイブズの管理」
 フランス人権宣言第16条は、「権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない」としている。メキシコ憲法は第1条で人権の保障とその保護、第3条で公的権力が個人の人権を尊重し、それを犯すことがあってはならないことを述べ、また、いかなる公的機関が所有する文書・記録・情報も、閲覧・調査することができる機会も等しく与えられており、記録の作成・管理担当者は各種の決定に至る記録を作成・保存し、公的情報にアクセスできるよう必要な措置を取る必要がある。
 市民の情報へのアクセス権は、記録された文書に対するものが主であり、法の下の保護において、メキシコの国家と自治体行政が保有する公的透明性とアクセスに関する条項[6]では、市民は各種の基準を国家や自治体行政が適切に行っているか、監視しなければならないとされる。
 にもかかわらず、情報が見つからないことがある。作成すべき文書が作成されていなかったり、作成した者が任期終了後に持ち去ってしまったり、記録を収受した者が適切に保管しなかったり、さらにはアーカイブズで適切な管理がされていないことが原因で、公権力の犯罪の隠ぺいや市民の冤罪事件が発生している。憲法による人権擁護を進めるために、今後さらにアーカイブズの管理に努めていかなければならないと考えている。

4.2 パネル:被災アーカイブズ資料にかかる災害後の活動




Emilie Gagnet Leumas(アメリカ合衆国)

「ハリケーン・カトリーナによる被災資料レスキューの経験」



熊谷賢(陸前高田市立博物館)

「ふるさとの宝は失われていない」



Cao Jiania(中国)

「中国における自然災害による被災紙媒体記録のレスキューと修復」(略)

(敬称略)

4.2.1 Emilie Gagnet Leumas(アメリカ合衆国)「ハリケーン・カトリーナによる被災資料レスキューの経験」
 2005年にアメリカ南部を襲ったハリケーン・カトリーナやその後のルイジアナ州で起きた災害における資料レスキューから得た経験についての報告である。
 アーカイブズ資料のレスキューにおいてアーキビストがすべきことは、災害前(どのように備えていたか)・災害発生中(何が起こるか)・災害後(どのように回復・再構築するか)の3つの段階に分けられる。
 災害前は、どのような所蔵資料があり、どのような状態で所蔵されているかの把握であり、この情報は回復において重要となる。この段階で、最も優先されるべき資料は何かといった救出の順序も整理しておき、必ず記録化しておくべきである。災害発生中は災害により機関、地域、国全体がどのような影響を受けているかを把握しなければならない。被災状況や資料にどのような被害を受けたかについての記録も取っておく。災害後はプロジェクト・マネジメントが鍵となる。復興後のアーカイブズをどのような形にしたいかを念頭にしながら、リカバリー・プロセスを作ることが必要である。災害は時に、改革のための最大の機会とすることもできる。新しい機材の導入や資金提供の申請、ボランティアの調整など、地域の文化遺産を保護するために、未来に起こりうる可能性を常に意識しておくことが重要である。
 全てに万能な解決策はなく、大切なことは計画とマネジメント、行動の記録と、いかに継続的に続けられるかにある。

発表を行う熊谷氏(陸前高田市立博物館)

4.2.2 熊谷賢(陸前高田市立博物館)「ふるさとの宝は失われていない」
 平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震、その後の大津波によって、岩手県陸前高田市は、岩手県沿岸部の中でも最も甚大な被害を受けた。同市には、市立博物館、海と貝のミュージアム、市立図書館、および埋蔵文化財保管庫の4つの文化施設があり、約56万点の文化財が海水損した。しかし、その後の文化財レスキューによって、約46万点が救出され再生に向けた安定化処理を現在も継続している。海水損した文化財の処理方法は国際的にも未確立な部分が多く、試行錯誤を繰り返しながら処理が進められているが救出された資料は膨大で、素材も多岐にわたるため、その再生には多大な困難をきたしている。これまでにある程度確立されていた紙資料の水損被害の修復の方法をもとにして、標本や木製の民俗資料といった多岐にわたる資料についての被災資料修復と安定化処理にかかる、震災直後からこれまでの歩みについて報告された。

 熊谷氏は、これまでにある程度確立されていた紙資料の水損被害の修復の方法をもとにして、標本や木製の民俗資料といった多岐にわたる資料についての被災資料修復と安定化処理にかかる、震災直後からこれまでの歩みについて報告された。Q&Aセッションでは、会場から災害時の資料レスキューにかかわる人的組織化の方法や関わる人々の心のケアなどについての質問があり、多くの聴衆が、陸前高田市の経験(「生き残った」学芸員資格者は報告者のみだった)に、感銘を受けていた。

4.3 パネル:地域的協力とアーカイブズ:政府と市民社会による経験と実例




Yolanda Gabriala Bisso Drago(ペルー)

「ラテンアメリカの外交アーカイブズの協力」(略)



Trudy Huskamp Peterson(アメリカ合衆国)

「他者の思いやりへの信頼:マーシャル諸島における核実験被害請求権裁定にかかる記録の保存」



Joan Boadas i Raset(スペイン)

「マーシャル諸島の核実験記録の協力にかかる取組み」(略)



Enrique Vargas Flores(スペイン)

「協力のための事務局」(略)



辻川敦(尼崎市立地域研究史料館)

「市民が利用する地域文書館-日本国尼崎市の文書館の事例から-」

(敬称略)

4.3.1 Trudy Huskamp Peterson(アメリカ合衆国)「他者の思いやりへの信頼:マーシャル諸島における核実験被害請求権裁定にかかる記録の保存」
 第二次世界大戦後、1946年から1958年まで、米軍により67回にわたる核実験が行われた。1986年、マーシャル諸島のアメリカ合衆国による信託統治からの独立に伴う自由連合協定により、核被害補償請求裁判所(Nuclear Claims Tribunal)が設置、20年にわたり被害の訴えや損害状況を調査して米国への補償要求及び住民への補償金支払い代行を担ったが、補償請求に係る裁判記録の保存は十分に行われておらず、温暖化による海面上昇とも相まって危機的状況となっていた。
 2012年、Elsevier基金の資金援助により、裁判記録保存のプロジェクトが開始された。記録は紙媒体のみならず電子媒体記録、オーディオテープ、ビデオテープ、CDや地図、写真など多岐にわたるものであった。記録保存にあたって、2012年、視聴覚記録の保存で世界をリードするスペインのジローナ市公文書館に協力を要請、同市公文書館は無償で500近いオーディオテープ、ビデオテープのデジタル化を行い、遠隔地データ保存としてその複製物の保存も行っている。また2014年にはスイス連邦公文書館の協力を得て、紙媒体資料の電子化及び電子媒体記録の保存が行われている。
 今後はマーシャル諸島共和国自身が国立公文書館を整備し、こうした記録の保存とアクセスへの取組みを行っていけるようすべきと考えている。

発表を行う辻川氏(尼崎市立地域研究史料館)

4.3.2 辻川敦(尼崎市立地域研究史料館)「市民が利用する地域文書館-日本国尼崎市の文書館の事例から-」
 尼崎市立地域研究史料館は、レファレンス・サービスを重視し、多様な利用者の誰もが容易に利用できるサービスを目指している。来館者に対する閲覧室でのサービスにとどまらず、行政機関や地域団体などからの要請に応じて多様な学びの場に協力し、さらには他の行政部門と連携してまちづくり事業や市民のコミュニティ活動に参画する。その貢献の実績は、尼崎市及び市民による、史料館の必要性に対する理解と評価、そして市民から館へのボランティア協力につながっている。報告は、尼崎の事例から、地域社会に貢献し、広く地域社会に支えられる文書館事業のあり方を提示したものである。


5.閉会式

 29日、閉会式において、メキシコシティ宣言が採択された。現在のアーカイブズをめぐる事情についての適切なダイジェストにもなっており、参考訳をご覧いただきたい(→コチラ)。

FIDAセッションにおいて菊池氏からの寄附目録を手渡す当館の福井理事

6.総会等

   このほか、年次会合においては、27日の総会で、元副会長(元当館館長)菊池光興氏を含む物故会員に対して敬意が表された後、財政報告、分担金・予算案の承認が行われ、次期年次会合をヤウンデ(カメルーン)で開催すること、次々期会合をエジンバラ(イギリス)で開催することなどが了承された。
 また、本会合中に、地域支部議長会合、執行委員会、二国間での懇談などの場において、各国公文書館や地域における課題について、関係者相互の懇談、意見交換が出来たこと、29日の国際アーカイブズ開発基金(Fund for the International Development of Archives,FIDA)セッションの会場にて、故・菊池光興氏の遺志による夫人からの寄附の公表があり、満場の拍手を以て感謝の意が表されたことも附記しておきたい。



[1] ソーラーパネルは、Instituto Politécnico Nacional(国立工科大学)との協働プロジェクトで設置されている。
[2] International Reserch on Permanent Authentic Records in Electronic Systems(殿堂システムにおける記録の永続的真正性に関する国際研究プロジェクト)。本講演者であるデュランティ教授が主導している。
[3] peer to peer。対等の立場で通信を行うノード同士が、対等にデータの提供および要求・ アクセスを行うネットワークモデルのこと。P2Pとも略記される。日本ネットワークインフォメーションセンター「P2Pとは」より。available at: https://www.nic.ad.jp/ja/basics/terms/p2p.html (access: 2018/1/16)
[4] 但し、この技術は記録管理システムではなく記録がそうした状態であることを保証するものであるため、記録自体はチェーンの外で管理が必要である。また、分散型合意形成による運営という特質から、権限・管轄を超えたものであること、法的強制力(信頼性の証明)の欠如、さらにスマートコントラクト(契約の自動化)による記録等、法的な課題も残っていること等には注意が必要である。
[5] オリーブ実行形式コンテンツ・アーカイブ(Olive Executable Archive)。アメリカ国立科学財団(National Science Foundation)の資金提供を受けたデジタル保存に係るプロジェクトで、図書館やアーカイブズ機関が研究データ等を保存できるよう、実行形式のコンテンツを保存・検索・管理・利用に供するためのプラットフォームを開発すること等を目的としたプロジェクト。詳細はOlive ArchiveのHPを参照されたい。available at: https://olivearchive.org/about/ (access: 2018/1/16)
[6] 18条:文書作成の義務、19条:情報が存在することの推測、131条:合理的な調査の保証、138条:情報が見つからない場合の補償、139条:情報が失われることを避ける措置など。